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26.追っかけくんは渚のハーレムクソ野郎

 青い海、人でごった返した砂浜。

 うだるような暑さに、照り付ける日差し。

 まさに夏を象徴する光景が、そこにはあった。


「いやー、ついに来たな……海」


 レンタルのビーチパラソルを立てるという仕事を終えて一息ついていた隣太郎は、周囲の様子を見て自分が海にいるという事実を実感していた。


 現在、隣太郎は一足先に水着に着替え、女性陣が戻るのを待っている最中である。

 売り場で一度は見た彼女たちの水着姿だが、それはそれとして緊張していた。

 やはり海で見るとなると、売り場の時とはまた雰囲気が違うだろう。


「しかし女子四人と海か……霜馬に知られたら、何を言われるか分からんな」


 夏休み前に亜緒たちと買い物に行く事を知られた時には、友人である霜馬から「てめえ、このハーレム野郎!」と大いに罵られたものだ。

 さらに海となると、勢い余って暴力に訴えてくる可能性も否定はできない。

 隣太郎自身、霜馬が複数人の女子を連れて海で遊んでいたりしたら、うっかり殴ってしまうかもしれない。

 嫉妬というより、何か無性に腹が立つ。


「うん、アイツにはバレないようにしよう」

「何がですか?」


 独り言に返事があった事に驚いた隣太郎が声のした方を向くと、そこには亜緒をはじめとした女性陣の水着姿があった。


「あ、あのトナリ先輩。どうでしょうか?」

「最高に可愛いよ、亜緒ちゃん! そうでしょ、トナリくん?」


 恥ずかしがる亜緒を褒め称えながら、瀬里が「お前も早く褒めろ」と言わんばかりの視線を送ってくる。

 言われなくとも、隣太郎としては最優先で亜緒を褒めるつもりである。

 とはいえ、その隣に立つ瀬里の水着姿が素晴らしいのも事実だ。


「やっぱり海は日差しが凄いわねえ。後で日焼け止めの塗り合いしましょう? 伊摩ちゃん」

「まあ、いいけど。それにしても人が多いわね……」


 伊摩と十和も前回の映画以来、かなり距離感が近くなっている。

 隣太郎の認識では割と残念な面が目立っている二人だが、相当な美人であるという事実に変わりはない。

 男女問わず周囲から、それなりの視線を集めていた。

 美人二人が親しげな雰囲気なのも、視線の理由に含まれるだろう。


「ふふん、どうよ隣太郎。……って言っても、アンタはこれ買った時に見てるか」

「いや、たしかに初見じゃないが、君らが魅力的な事に変わりはないぞ」

「ん……! そ、そう? それなら良かったわ」


 隣太郎から素直に水着姿を褒められて、伊摩は赤い顔で身震いした。

 実は先日から、隣太郎の強い視線や興味を向けられると、喜びに快感が伴うようになっていた。

 自称姉により、完全にいけない扉が開かれてしまっているのだ。


「亜緒もよく似合ってる。もちろん瀬里もな」

「あ、ありがとうございます……」

「まあ、トナリくんの厳選なんだから、あなたが気に入るのも当然だよね」


 恥ずかしげな亜緒と、このくらいは何でもないという態度の瀬里。

 強気な発言だが、瀬里の顔は耳まで真っ赤になっている。


「十和先輩も、よくお似合いで」

「うふふ、ありがとう。隣太郎の水着姿も、とっても素敵よ?」


 十和は流石に余裕の態度を見せているが、実は内心で飛び上がりたいほどに喜んでいると分かるのは、伊摩くらいだろう。


「アンタ、見事に全員褒めたわね……」

「いや、この状況で特定の誰かを褒めるって、かなり難しくないか? もちろん無理に褒めたわけじゃないが」

「ん……そう、いい心がけじゃない。流石はみんな大好き隣太郎ね」

「その『みんな大好き』って、確実にいい意味じゃないよな?」


 伊摩が言っているのは「みんなから好かれている」という意味ではなく、「みんなの事が大好き」という意味だろうと、隣太郎は解釈した。

 博愛主義者のような言い方だが、単なる四股野郎である。

 実際は前者の意味でも、決して間違ってはいないのだが。


「まあ、とりあえず遊ぶか。それに日焼け止めも塗るんじゃなかったか? 早くしないと、あっという間に日焼けするぞ」


 一応は突っ込んだものの、ハーレム云々の話はあまり長引かせたくないので、隣太郎は話を逸らすことにする。

 とはいえモデルの伊摩が、日焼けには特に気を遣わないといけないのは事実なので、苦し紛れに適当なことを言ったわけでもない。


「それもそうね。ほら十和先輩、塗ってあげるから早く寝なさいよ」

「はーい。私も後で塗ってあげるわね、伊摩ちゃん」

「はいはい、よろしくね」


 元から宣言していた通りに、塗り合いを始める伊摩と十和。

 残った亜緒と瀬里も、同じようにするつもりらしい。


「じゃあ、こっちも塗っちゃおうか、亜緒ちゃん」

「では僭越ながら、先に私が瀬里先輩に塗りますね」


 最近はこうして取り残される事が多くなってきた隣太郎だが、美少女たちが日焼け止めを互いに塗るという場面を間近で眺められると思えば、特に疎外感はなかった。

 そもそも取り残されなかったとして、自分に塗ってほしいと言われても困る。

 それに女性同士、仲がいいのは大変結構な事だ。


「よし、セッティングができたぞ。四人とも早く塗るといい」

「何でアンタが、そんなに気合入ってるのよ……」


 気を遣ってパラソルの下にスペースを作ったりしていたら、何故か伊摩に呆れられてしまう隣太郎だった。





「最初は海に行って何するのって感じだったけど、意外に楽しいのね」

「そうだな。人が多いからやれる事は限られるが、みんなでワイワイやってるだけでも結構イケるもんだな」


 男子禁制の日焼け止めイベントという、めくるめく乙女の花園を堪能した後、隣太郎たちは伊摩の仕切りに任せて海をエンジョイしていた。

 とはいっても隣太郎が言った通りに他の客も多いので、水をかけ合ったり砂浜で遊んだりと、平和な遊び方が大半だ。

 伊摩も海ガチ勢ではないし、他に水泳ガチ勢がいるわけでもないので、何となく緩いノリを楽しんでいた。


 現在は隣太郎と瀬里が、パラソルの下で休憩中である。

 亜緒は伊摩に手を引かれて、波打ち際を走り回っている。何だかんだで、伊摩のテンションが一番高いかもしれない。

 インドア派の亜緒はついて行くのが大変そうだが、それでも表情は明るいので、きっと楽しんでいるのだろう。


「こうやってトナリくんと海に来るなんて、中学の頃からは考えられなかったね」


 派手めな美人と気弱そうな少女の競演を隣太郎が楽しんでいると、横に座っていた瀬里が少しトーンを落とした声で言った。

 思わず隣太郎が顔を見ると、まさしく過ぎ去った過去を懐かしむような、どこか寂しげで優しい表情をしている。


「まあ仲は悪くなかったと思うが、男女で遊ぶような感じでもなかったしな」

「それが高校に入ってから、こんなに仲良くなるなんて思わなかった……ううん、違うかな」

「瀬里?」


 含みのある言い回しをしたかと思えば、瀬里は大切に隠してきた秘密を告げようとするように、静かに言葉を続けた。


「本当はもっとトナリくんと仲良くなりたいって、ずっと思ってた。中学の頃、あなたに励ましてもらってから、ずっと」

「励ました? 俺がか?」


 言われて隣太郎は中学時代を思い返すが、瀬里を励ました記憶は特にない。

 その反応で隣太郎が覚えていない事は察しただろうが、瀬里は気を悪くした様子もなく笑う。


「一年の最初に私が学級委員長になった時、覚えてない?」

「一年の時の委員長……ああ、もしかして『頑張り過ぎ』って言ったアレか?」

「そう、それ」


 言われてみれば、そんな事もあったと隣太郎は思い出す。

 とはいえ、隣太郎がそんなに特別な事を言ったわけでもなければ、瀬里に特別大変な事件があったわけでもない。

 単に入学後、いきなり委員長になった瀬里が張り切り過ぎていたので、周囲との関係も心配して『そんなに頑張り過ぎると、君もみんなもきついぞ』と声をかけただけだ。


「あのくらいなら、誰でも言える事だと思うけどな」

「その誰でも言える事を私に言ってくれたのが、トナリくんだったの」


 当時の瀬里には、自分が張り切っているという自覚がなかった。

 中学生になって少し大人になったような気分になり、任された仕事をきっちりこなすのが大人として当たり前だと、無意識のうちに気負い過ぎていたのだ。

 早い段階で隣太郎が気付いて指摘してくれたので、特にこれといった問題は起こらなかったが、何も言われなければ厳しい態度がエスカレートして、他のクラスメイトとの間に軋轢が生まれていたかもしれない。


「確かに事情が分かってたら、他の人でも似たようなこと言うかもしれない。だけど入学したばかりの浮ついた時期に、まだ碌に話した事もない私のそういう部分に気付いて、はっきり言葉にしてくれるのって、本当の意味で誰でも出来る事じゃないと思う」

「……何かそういう表現されると、俺が大層な事をしたみたいだな」


 予想以上に過去の行いが持ち上げられて、隣太郎は恥ずかしげに目を逸らした。

 彼としては本当に何となく、当時の瀬里を見て思った事を口にしただけなのだ。

 瀬里に言わせると、そうやって口にできること自体が特別なようだが。


「あの時の私にとっては、大層な事だったの。だから……ありがとう、トナリくん」


 隣太郎に言われた直後の瀬里は、まだ自分が頑張り過ぎている事に気付いていなくて納得できずにいたのだが、それでも時間が経つにつれて徐々に態度が柔らかくなっていった。


 そうしているうちに「そんなに締め付けなくても、クラスは上手く回る」と認識して、やがて現在のように緩急のバランスが取れた、周囲に気を配れる委員長になっていったのである。

 そうした自分自身の変化に手一杯で、最初に自分を変えるきっかけをくれた隣太郎に、ずっとお礼を言えないままだったのだ。

 高校で彼と親しくなった後で、いまさら中学時代のお礼を言うのは、何となく照れ臭かったというのもある。


「やっとあの時のお礼が言えた……。教室だと、こんな改まった話しづらいし」

「そうかもしれないが、もっと気楽に言えばよかったんだよ。瀬里はいつも考え過ぎだ」

「あー、そうかも? ふふっ、またアドバイスされちゃったね?」


 そう言って笑う瀬里を、隣太郎は「可愛いな」と素直に思った。

 中学に入った頃からなので、そろそろ彼女との付き合いは五年目になるが、昔はもっとお堅い性格だと感じていたのだ。

 何だかんだで、数年で結構美人に成長したとも思う。


「これからも私の事よろしくね? トナリくん」

「まあアドバイスくらいなら喜んでするが、少しは君も頑張ってくれよ? お菓子作りとかな」

「うっ……! そこも含めて、よろしくお願いします……」


 数日前の情けない「お願い」を持ち出すと、瀬里はバツが悪そうな顔になった。

 瀬里としては可愛い後輩である亜緒に見栄を張るためとはいえ、隣太郎に自分のそういった部分を晒すのも苦渋の決断であった。


 一方で隣太郎も、情けない表情になった瀬里に安心感を覚えていた。

 さっきまでのしんみりした態度より、こういうどこか抜けた感じの方が瀬里らしいと隣太郎は思う。


 そのまま瀬里と話していると、横から隣太郎に声が掛かった。


「ねえ隣太郎。十和先輩、ちょっと遅くない?」


 隣太郎が横を見ると、いつの間にか戻ってきていたらしい伊摩がいる。

 後ろには亜緒もいて、心配そうな顔つきをしていた。


「十和先輩、『ちょっと席を外す』って言ってたよね? てっきりトイレかと思ってたんだけど」

「私もそう思ってました。混んでるだけかもしれませんが、念のため見に行った方がいいかもしれません」


 瀬里と亜緒が話している通り、隣太郎も十和はトイレにでも行ったのだろうと思っていた。

 彼女が席を外してから、すでに十分以上が経っている。混在していればそのくらいはかかるかもしれないが、何かトラブルがあった可能性も否定はできない。


「なら俺が見てくる。君らはここで待っててくれ」

「そうね。頼んだわよ、隣太郎」


 とりあえず隣太郎は、一人で様子を見に行くことにする。

 万が一、暴力沙汰にでもなった場合、女性が多い方が不利になるかもしれない。

 荷物もあるし、人目の多い砂浜なら彼女たちを残しても大丈夫だろう。

 流石に考え過ぎかなと思う隣太郎はだが、こういう時に警戒して損はない。


「気を付けてね、トナリくん」

「トナリ先輩、ご武運を」

「亜緒のは何か違うな……」


 やけに物騒な亜緒の物言いに苦笑しつつ、隣太郎は十和を探しに歩き出した。




 結論から言えば、十和は割とすぐに見つかった。


「お姉さん、美人っすね! 俺らと遊びましょうよ!」

「あっちでバーベキューやってるんですよ! 一緒に来ませんか?」

「寿司もありますよ!」


 伊摩たちのいるパラソルから少し歩いたところで、若い男たちに話し掛けられていたのだ。

 どうやらナンパされているようである。相手の年齢は割と若く、おそらく隣太郎と同じ男子高校生ではないかと思われる。


 十和の事とは全く関係ないが、隣太郎としてはバーベキューに寿司を持ち込む意味が、非常に気になった。

 クーラーボックスにでも入れてきたのだろうか。一体何のために?

 ちなみに言われている十和も、その点が気になって困惑している。そもそもバーベキューに寿司があることが、何のアピールになるのかと。

 若さとは大抵、無軌道なものなのだ。


「ごめんなさい。私、お友達と来てるから戻らないといけないの」

「じゃあ、お友達もご一緒にどうっすか!」

「人数多い方が楽しいですって!」

「カレーもありますよ!」


 十和が断りを入れようとしても、男たちは引く素振りを見せない。

 そしてどうやらカレーもあるらしい。焼肉、寿司、カレーときたら、それはもう何とか太郎ではないだろうか。


 完全にどうでもいい事を考えていた隣太郎だが、妙に間抜けな雰囲気とはいえ同行者がナンパされている事には変わりない。

 男たちを諫めるべく、少し低めを意識して声を上げた。


「悪いが、その人は俺の連れなんだ。ナンパなら遠慮してくれると助かる」

「は? 何だよ、いきなり……って、お前!?」


 ナンパの邪魔をされたと気勢を荒くしかけた男の一人だったが、隣太郎の顔を見た途端に驚愕の表情を浮かべた。


「隣太郎くん! もしかして探しに来てくれたの? だとしたら嬉しいわ」

「ええまあ、そうですよ」

「隣太郎って……やっぱトナリか! てめえ、こんなとこで何してやがる!?」


 嬉しそうな顔をした十和が隣太郎の名前を呼ぶと、男Aが声を上げた。

 妙な反応に疑問を覚えた隣太郎だが、目の前の男をよく見ると知り合いである事に気付いた。


「んー……? あ、何だ、霜馬か」


 やたらと髪をがっちりセットしていたので分かりづらかったが、対面すると友人である霜馬だとすぐに分かる。

 よくよく見ると他の二人も、クラスメイトではないが見覚えがあった。

 おそらく霜馬が所属している、バスケ部の仲間だろう。


「何だじゃねえよ! お前、こんな美人のお姉さんと何してんだよ!?」

「あー、この人はアレだ。前に話した写真部の部長」

「隣太郎くんのお友達だったのね。はじめまして、隣太郎くんと一緒に写真部をやってる、灰谷 十和です」


 隣太郎の説明に続いて、十和が霜馬に向けて自己紹介をする。

 ナンパ男には違いないが、隣太郎の関係者ならそれなりの対応をするらしい。


 そして急に丁寧な挨拶をされた霜馬は、挙動不審な様子を見せ始めた。

 彼は年上の淑やかな女性に弱いのだ。どうも姉が気の強い性格らしく、タイプの違う年上は調子が狂うと、以前に隣太郎は聞いたことがある。

 海に来て気持ちが大きくなっていたものの、十和が同じ学校の生徒だと分かって通常状態に戻ってしまったらしい。


「ど、どうも、トナリのクラスメイトやってる、米峰 霜馬っす。って、おいトナリ。お前、部長さんとは付き合ってないって言ってなかったか?」

「言ったぞ。実際、付き合ってないしな」

「は? 付き合ってない?」


 隣太郎から十和と付き合っていないという事実を聞かされて、霜馬は目を丸くした。

 見れば後ろにいる他二人も、霜馬と同じように動揺している。


「お前、彼女でもない先輩と一緒に、海に遊びに来たってのか!?」

「そういう事だな」

「どういう事だよお!? そんなの、もうデートじゃねえか!!」

「いや、違うって」


 実際にデートではないのだが、とても「彼女以外にも女子が三人います」とは言い出せない空気なので、隣太郎は適当に誤魔化そうとする。

 どうしたものかと困っていると、別の方向から声がかけられた。


「隣太郎、何か揉めてんの? 大丈夫……って、アンタどっかで……?」

「あ、トナリ先輩のお友達の……米峰先輩でしたよね? お久しぶりです」


 隣太郎にとっては「声がかけられてしまった」と表現した方が正確だろう。

 そこには伊摩と亜緒の姿があった。

 元はといえば彼女たちが危険な目に遭わないように残ってもらったのだが、現状は別の意味で危険である。主に隣太郎の立場と、霜馬との友情が。


 隣太郎が美人の先輩どころか、後輩女子と同い年の読モまで連れている事を知り、いよいよ霜馬の嫉妬心が上限に達する。


「トナリいいい! てめええええええ!!」

「うおっ!? おい、落ち着け!」

「落ち着いてられるか! 何だよ女子三人と海って!? 意味分かんねえよ!」

「三人じゃないわよ?」


 それほど大きくないはずだが何故だか妙によく通った伊摩の声に、興奮して叫んでいた霜馬は動きを止める。


「アンタも瀬里と同じクラスよね? あの子、あっちで荷物見てるから四人ね」

「……は?」


 困惑の声を漏らした霜馬は、どこかぎこちない動きで隣太郎に顔を向ける。

 自分を見てくる霜馬が何を言いたいのか、聞かずとも察してしまった隣太郎は、色々なものを諦めた表情でこくりと頷いた。


「トナリ、お前……」


 その仕草で全てが事実であると理解した霜馬は俯きながら、わなわなと身を震わせる。

 まるで噴火前の火山を思わせるような姿だった。

 そして顔を上げて隣太郎を睨み付けると、涙目になりながら叫んだ。


「このハーレムクッソ野郎がああああああ!!!」


 叫びながら踵を返すと、霜馬はその場から物凄い勢いで走り去っていく。

 残された男子二人もそれを追いかけて行き……。


「あっ、転びましたね」

「あちゃー、痛そうね……」

「あらあら、大丈夫かしら」


 走る勢いのまま霜馬は盛大にすっ転び、友人たちに起こされていた。

 心配そうな声を上げる亜緒たちを余所に、隣太郎は胸中で霜馬に謝罪する。


 ――すまん、霜馬。でも今日のお前、ちょっとキモかったぞ。




 霜馬の醜態を目の当たりにした後も、隣太郎たちは海を楽しんだ。

 散々遊んで、現在は帰りの電車に揺られているところである。

 すっかり遊び疲れたのか、ほとんどのメンバーが居眠りをしていた。


「……隣太郎くんは寝なくていいの?」

「荷物とかあるし、流石に全員寝るわけにも。十和先輩こそ、疲れてるならどうぞ」


 寝ていないのは隣太郎と十和だけで、二人は小声で会話をしている。

 居眠りを勧めてきた隣太郎に、十和は小さく首を振った。


「私もそんなに眠くないの。むしろ、まだ興奮が醒めてないくらいよ」

「先輩、結構はしゃいでましたからね」

「だって楽しかったんですもの。隣太郎くんだって、そうでしょう?」

「まあ、そうですね。楽しかったですよ、凄く」

「ふふ、それに隣太郎くんの格好いいところも見れたしね?」


 そう言いながら、十和は大切な思い出を噛み締めるように微笑む。

 格好いいところとは、隣太郎が霜馬のナンパを止めようとした場面の事だ。


「そんな大した事はしてないですけどね。ちょっと一声かけただけだし」

「あら、その一声が最高に格好よかったわよ? 録音しておきたかったくらい」

「俺の声なんて、録音しても仕方ないでしょう……」


 隣太郎は呆れながら返すが、残念ながら十和の発言はガチである。

 水着の中にボイスレコーダーを仕込んでいなかった事を、本気で後悔していた。

 とりあえず今夜も決まりだろう。ナニとは言わないが。


「隣太郎くん、好きよ」



 ――唐突に、決定的な一言が十和の口から飛び出した。



「……は?」


 何となく、もしかしたらと思っていた部分はあったが、このタイミングで来ると思っていなかった隣太郎は、呆気にとられた顔で声を漏らす。

 まじまじと十和の顔を見ると、笑顔の中にとても真剣な感情が浮かんでいた。


「十和先輩……それは……」


 続く言葉を言いあぐねる隣太郎を見て、十和はクスっと笑顔の質を変えた。


「隣太郎くんの声、凄く好きよ。相性かしら? ずっと聞いていたくなるの」

「は?……あ、ああ、そういう……」


 急に悪戯っぽくなった十和の様子に、自分がからかわれていたと気付いた隣太郎は、緊張が解けて安堵の溜息を零す。

 もし十和の言葉が本気で、それに隣太郎も真剣に答えていたのなら、この心地よい時間が二度と味わえなくなったに違いない。

 今はまだこの時間を失うには惜しいと、隣太郎は思っていた。


「あら、もう少しで着くわね。そろそろ、みんなを起こしてあげないと」

「あ、そうですね……」


 やはり全て冗談だったのか、何事もなかったように話す十和を見て、隣太郎は少し落ち着いた気分になる。

 そのまま言われた通りに寝ている女子を起こそうとすると、その直前に十和が耳元に口を寄せてきた。


「隣太郎くんの声が大好きなのは、本当だからね?」

「……っ!?」


 耳元で囁かれた甘い声とその内容に、隣太郎は思わず少し飛びのく。

 そんな自分を見て楽しそうに笑う十和を見て、彼は心から思った。


 ――やっぱり十和先輩は、ちょっと苦手だ。


 その「苦手」が以前と同じ意味なのか、それは自分でもよく分からなかった。

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