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24.灰谷さんは東風原さんがお気に入り

『伊摩ちゃん、隣太郎くんを誘って一緒に遊ばない?』

「は? 何です、急に?」


 地獄のスイーツバイキングから数日。

 伊摩のスマホに十和からの電話がかかってきたのでは、残りの夏を乗り切るための低カロリーメニューの夕食を終えた、しばらく後だった。

 着信を見た伊摩が、何の用なのかと首を捻りながら電話に出てみたら、十和は挨拶もそこそこに遊びの誘いを口にしてきたのだ。

 正直、わざわざ自分を誘ってくる理由が、伊摩には分らなかった。


「先輩と遊ぶのが嫌なわけじゃないですけど、隣太郎を誘うなら二人きりの方がよくないですか?」


 言葉の通り、伊摩は別に十和と遊びたくないわけではない。

 少し面倒な性格の先輩ではあるが、隣太郎が好きという点では趣味が合っているとも言えるし、そこはかとなく親近感を覚えていた。

 しかし想い人である隣太郎を誘うなら、やはり二人きりの方がいいだろう。

 わざわざ敵に塩を送るような真似をする必要があるのだろうか。

 亜緒や瀬里の気持ちを焚き付けたことを棚に上げて、伊摩はそう考えていた。

 そんな彼女の耳に、十和の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


『だって隣太郎くん、私が誘っても来てくれるか分からないし……』

「あー、なるほどね」


 確かに隣太郎は、十和に対して苦手意識を持っている節がある。

 嫌っているとまでは行かないだろうが、部活の用事ではなく単なる遊びに誘った場合、果たして受けてくれるのか十和には自信がなかった。


「でも、それなら亜緒に声をかけた方がいいんじゃないですか? 亜緒が誘えば、隣太郎も二つ返事で承諾すると思いますけど」

『えっと、その……亜緒ちゃんと一緒だと、私が蚊帳の外になるんじゃないかなって、ちょっと不安で……』

「あたしと一緒なら、安心って言いたいわけ!? 多分、そうだろうけどさ!」


 図星を突かれたような気分になり、伊摩は思わず声を荒げた。

 隣太郎の想い人は間違いなく亜緒なのだから、伊摩や十和に対する時と彼女が相手の時では、隣太郎の態度が変わるのは仕方がない。実際はどこまであからさまに変わるか分からないが、そうなっても不思議ではないだろう。

 そう思った伊摩だったが、十和からは返ってきたのは意外な答えだった。


『もちろん、そんなつもりじゃないのよ? ただ、あんまり大勢だとこの前と似たような感じで終わりそうだし』

「まあ、そうね。いい雰囲気になるのは、ちょっと無理っぽいかも」

『でしょう? それなら人数は少なめで、あと亜緒ちゃんは仲間外れにしたいわけじゃないけど、せっかくだから隣太郎くんと仲良くなりたいし』

「あー、それだと確かに、亜緒を呼ぶと都合悪いか……」


 人数少なめで、なおかつ亜緒は呼ばないとなると、残るは伊摩か瀬里となる。

 十和は伊摩よりも先に瀬里と知り合っていたので、どちらかといえば後者を選びそうなものだと、伊摩は思っていたのだが……。


『その……せっかくだから、伊摩ちゃんとも仲良くなりたいなって……』

「…………」

『あ、あの……伊摩ちゃん?』


 この先輩は、天然でこういう物言いをしているのだろうか?

 思わず閉口してしまった伊摩は、隣太郎が彼女の相手を苦手に思っている理由が、なんとなく理解できたような気がした。

 しかし、こういう言い方をされると、決して突き放せないのが伊摩である。


「ハァ……分かったわよ。それじゃあ、あたしから隣太郎に声かけてみるから」


 いつの間にか、伊摩は自分が電話の向こうの先輩に対して、すっかりタメ口になっていたことに気が付いた。今日の十和が、妙に頼りないせいだろうか。

 敬語に直すべきかと悩んだが、十和の方も特に文句を言ってくるわけでもないので、いっそこのままにしようと密かに決める。


『本当!? ありがとう、伊摩ちゃん! あっ、でもね……』

「ん? まだ何かあるの?」


 今の言葉に嬉しそうな声を返してきた十和だったが、直後に何やら言いづらそうな空気をスマホ越しに漂わせてくる。

 まだ何か気になる事があるのかと首を捻る伊摩に、十和は恥ずかしげな声で語りかけてきた。


『もし隣太郎くんが都合悪くても、二人で遊びましょうね?』

「……まあ、考えとく」


 こういう健気さを、隣太郎の前でも見せていれば――と思った伊摩だったが、流石にそこまで敵に塩を送る趣味はないので、口には出さなかった。




 伊摩と十和の電話越しのやり取りから、一夜が明けた午前中。

 隣太郎は数日前に来たばかりの街中で、女子二人が来るのを待っていた。ちなみに前回の反省から、今回は駅近くの大型ショッピングモールが集合場所となっている。室内なので、日差しも気温も気にならないのがありがたい。


 伊摩からの唐突な誘い――しかも一緒に行くのが十和だけと聞いて、大いに驚いた隣太郎だったが、驚いただけで断る理由も特にないので、あっさりと了承した。

 欲を言えば亜緒も誘い出して親交を深めたいところだったが、向こうも急に言われても都合があるだろうと、隣太郎は特に連絡を入れなかった。被害者のプライベートに一定の配慮を示す、ストーカーの鑑である。

 当の亜緒はストーカー呼ばわりしている手前、自分から連絡を入れるのは気が引けるので、隣太郎の連絡を待っていたりするのだが。


 そんな事を考えていた隣太郎の視界に、モールの入口をくぐる伊摩と十和の姿が入ってきた。

 向こうも入口近くにいた隣太郎の姿を捉えたようで、すぐに近づいてくる。

 

「やっほー、隣太郎。もう来てたんだ、早いわね」

「ああ、おはよう、伊摩。まあ、女子を待たせるのは、よくないからな」

「うむ、感心感心。流石は伊摩ちゃん大好き隣太郎ね」

「女子全般だからな。君だけじゃないぞ」


 伊摩と軽く出会い頭の会話を済ませた隣太郎は、十和の方にも目を向ける。


「先輩も、おはようございます」

「ええ、おはよう、隣太郎くん。今日はよろしくね?」

「はい――ところで、今日は何をするんですか? 伊摩からは『明日のお楽しみ』って言われてるんですけど」


 隣太郎の言葉通り、伊摩は今日の予定について、前日の電話で隣太郎に詳細を何も話していなかった。内容は「明日のお楽しみ」で、「ある程度のお金を持って来ればOK」という程度の、ざっくりとした情報しか伝えていない。

 伊摩に限ってそんなに無茶な事はしないだろうと、隣太郎は言われた通りに最低限の荷物だけを持って、この場に臨んでいた。


 当然ながら伊摩と十和は、前日の時点で予定を決めている。

 二人は頷き合った後、隣太郎に向き直って高らかに今後の予定を宣言した。


「今日は映画を見るわよ、隣太郎!」

「うふふ、楽しみね。隣太郎くんは、何か見たいものあるかしら?」




 モール内にある映画館に到着した後、三人は何の映画を見るか話し合った。

 結果として選ばれたのは、意外にもスパイが題材のアクション映画である。

 ちなみにこの映画を一番推していたのは、他でもない十和だった。


「十和先輩がこういう作品を選ぶのって、なんだか意外ですね」


 無事に三人並んだ席のチケットも購入して、現在は会場で上映開始を待つだけの状態である。

 スクリーンに映される「史上最大!」と頻繁に謳われるプロモーションを流し見しながら、隣太郎は隣の席に座る十和に声をかけた。ちなみに伊摩は十和の逆側……つまり女子二人が隣太郎を挟んで座る形になっている。


「そう? 私、こういうのって結構好きなのよ。せっかく大きい画面で見るんだから、迫力があった方がお得な気がしない?」

「まあ、その感覚はなんとなく分かります」

「あたしも大人しいのより、派手な方がいいわね」

「君も大概分かりやすいな」


 もう少し趣味がバラけるかと思っていた隣太郎だったが、予想以上にすんなりと見る作品が決まったので、むしろ拍子抜けしてしまった。

 ちなみに隣太郎は特に拘りなく何でも楽しく見れる、言わば雑食派である。


「それにネットで評価を見たんだけど、この映画の爆発シーン、凄いらしいのよ?」

「え? 爆発シーンなんてあんの? これ、サイバーアクションよね?」


 十和の口から出てきた意外な情報に、伊摩は思わず目を丸くした。

 パンフレットやポスターを見た限りでは、これから上映されるのはネット世界を舞台にしたサイバーアクション作品のはずである。

 現実世界の情報はどこにもなかったが、本編中では描写されるのだろうか。伊摩だけでなく隣太郎もそう思ったが、十和はとにかく楽しそうな顔をしていた。


「まあ何でもいいじゃないの。やっぱり映画は爆発よね……!」

「十和先輩、爆発好きだったんですね」

「しかも爆発以外への関心は、かなり雑っぽいわよ。人は見かけによらないわね」


 伊摩が呆れ気味に零した言葉に、隣太郎が「確かに」と頷いたのとほぼ同時のタイミングで、映画の本編開始を告げるブザーが場内に鳴り響いた。




「うーん、楽しかったわね。やっぱり映画は爆発だわ」

「確かに当たりでしたね。爆発以外の見どころも結構ありましたけど」


 会場を出た後、伸びをしながら楽しそうに語る十和に、隣太郎は同意を示した。

 映画は非常に楽しく、前情報に違わず爆発シーンの迫力も相当なものだった。

 作品ジャンルがサイバーアクションで、舞台がネット世界だと認識していなければ、何の疑問もなくその迫力を楽しめただろう。

 むしろ疑問を覚えながらも結果的に楽しめたあたりに、映画の完成度自体が高かったのだと実感させられてしまった。


「ほんと、ド派手だったわね。十和先輩が爆発にこだわるのも、分かる気がするわ……!」


 上映前は爆発ばかり気にする十和に呆れていた伊摩だったが、映画が進むと潤沢な予算を費やした爆発シーンに心を奪われ、すっかり目を輝かせていた。

 エンドロールに入っても動こうとせず、かぶりつきになっていたほどである。


「伊摩ちゃんも爆発の良さを分かってくれたみたいで、凄く嬉しいわ。今度、私の家で爆発映画の鑑賞会をしましょう?」

「マジで!? 行くわ! ハァ……いつかあたしも、あんな爆発する映画に出てみたいわね……」


 爆発映画とは、一体どういったジャンルなのだろか?

 隣太郎は疑問に思ったが、聞いたら話が長くなりそうなので、口には出さなかった。

 何のジャンルであっても、大抵の愛好家というのは語りたがるものなのだ。

 それよりも、隣太郎はさっきから切に感じていることがあった。


「君ら、すっかり仲良くなったな。まるで姉妹みたいだ」


 伊摩と十和――二人は顔立ちこそ似ていないが共に美人で、そんな二人が同じ映画の話題で楽しそうに盛り上がっている姿は、隣太郎の目には仲睦まじい姉妹のようにも映った。

 そんな感想を聞いた十和は、映画の時以上に嬉しそうな顔を見せる。


「まあ、いいわね……! 伊摩ちゃんみたいな可愛い妹なら、大歓迎よ?」

「えー……あたし、お姉ちゃんにはリードしてほしいタイプなんだけど」


 本気で嫌そうというわけではない様子で言う伊摩に、隣太郎は苦笑を漏らす。

 彼女はしっかりしているので姉っぽい印象だったが、意外と妹の伊摩というのも悪くないのかもしれないと、隣太郎は思った。


「今日は素敵な休日ね……映画は楽しかったし、隣太郎くんとも遊べたし。それに、可愛い妹も出来たし」

「だから、あたしは……や、まあいいか」


 妹扱いを繰り返されて文句を言おうとした伊摩だったが、十和の心底楽しそうな表情を見て、言葉を引っ込めた。

 代わりに不敵な笑顔を浮かべて、十和の顔をビシリと指差す。

 

「あたしの姉を名乗るなら、もうちょっとしっかりしてもらうからね、お姉ちゃん!」

妹・伊摩ちゃんという新境地。

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