22.雨葦さんと梔さんは選ばせたい
伊摩と十和が火花を散らし合う少し前、隣太郎は伊摩の提案に従い、もう一組のペアに合流していた。
「あれ? トナリくん、伊摩と一緒にいたんじゃないの?」
隣太郎が亜緒と瀬里を見付けて近寄ると、伊摩たちのペアに同行していると思っていたらしい瀬里から、訝しげな目を向けられる。
「その伊摩に言われてな。まず君たちと一緒に行って、しばらくしたら向こうに来いってさ」
「そうなんだ。なら一緒に行きましょうか」
隣太郎が説明すると瀬里は納得したように頷いたが、亜緒は何やら嬉しそうに笑っている。
隣太郎が自分の表情に疑問を覚えた事に気付いたらしい亜緒が、その笑顔を崩さないまま口を開いた。
「ふふっ。正々堂々と同行ストーキングできますね、トナリ先輩」
「まだ引っ張るのか、その謎の言葉」
嬉しそうにストーキング呼ばわりする亜緒に、隣太郎は苦笑で返した。
二人きりのデートなら言い訳したいのも分かるが、今日は最初から五人で遊びに来ているのだから、わざわざストーキングと言い直す必要はないだろうに。
とはいえ、目の前で楽しそうに笑う亜緒の顔を見れば、決してネガティブな意味で言っているのではないだろうと、隣太郎は思った。
なお、ストーキングと聞いて瀬里が冷や汗を流していたのだが、幸いと言うべきか誰にも気付かれていなかった。
「さあ、二人とも! まずは水着を選ぶわよ!」
「あ、そうですね。話してばかりだと、伊摩先輩たちをお待たせしてしまいますから」
いろいろと誤魔化したい瀬里が、威勢よく二人を促す。
まさかストーカーが二人もいるとは思っていない隣太郎と亜緒は、顔を見合わせながら瀬里の後に続いていった。
「そういえば、トナリ先輩は水着、買わないんですか?」
「まあ、買っても別に使うところがないだろうしな」
水着売り場に入ったところで、亜緒が隣太郎に問い掛けた。
隣太郎としてはせっかくなので水着を新調してもいいのだが、今のところ買っても役立てる予定はないので、勿体なく感じる。
そういうつもりで答えたのだが、亜緒は意外そうな顔を向けてきた。
「え? でも伊摩先輩が後日、このメンバーで海に行くって言ってましたよ?」
「何? いや、俺は全く聞いてないんだが……」
隣太郎としても亜緒の水着を見られる機会など望むところなのだが、自分の与り知らぬところで予定が決まっているのは流石に困る。
別に否定的な意味合いではなかったのだが、隣太郎の発言を聞いた亜緒は表情を曇らせた。
「トナリ先輩、もしかして来られないんですか……?」
「いや行く。絶対に行く。何があろうと行く」
「いや、必死過ぎでしょ、トナリくん」
急に前のめりになった隣太郎に、瀬里が思わずツッコミを入れた。
そうは言われても、亜緒が好きと公言している隣太郎としては、彼女の笑顔が曇るなら万難を排して参加せざるを得ない。
「このメンバーって事は、瀬里も来るのか」
「もちろんよ。何気に海で遊ぶのって初めてだから、ちょっと楽しみだわ」
言葉の通り瀬里は、海水浴というものをした事がなかった。
観光地の海などには行った覚えはあるが、本格的に遊ぶのは今回が初めてだ。
「そう言われると、俺もそうだな」
「私もです」
亜緒は言わずもがなインドア派で、隣太郎もあまりアウトドアに打ち込むようなタイプではない。
この場にいる全員が、海水浴初心者であると明らかになってしまった。
「……伊摩は行った事あるって言ってたわね、確か」
「十和先輩は、勝手な想像ですが行った事なさそうな気がします」
「まあ、確かに先輩はそんなイメージだな」
本当に勝手な想像ではあったが、十和が海水浴未経験なのは大正解である。
隣太郎たちが海を楽しめるかは、伊摩の仕切りにかかっていた。
「まあ遊び方は伊摩に聞くとして、海を楽しむためには確実に水着が必要よ。亜緒ちゃんは手持ちの水着ってあるの?」
「いえ、学校指定のしかありませんね。瀬里先輩はどうですか?」
「私も似たような感じ。あったとしても小学生の時に買ったやつだから、どうしようもないわね」
昔から本の虫だった亜緒は、水辺で遊ぶ機会自体がなかった。
流石に幼少期の頃にはあったかもしれないが、水着云々の話をしている現状では経験がないのも同然だろう。
「俺は中学の時に川で遊んだ事があったから、探せばあると思うが」
「へえ、意外。トナリくんって結構インドアなイメージだったわ」
「私もそう思ってました。あまり遊び回るイメージはないですね」
実際、隣太郎が自発的に遊びに行ったわけではなく、霜馬を含む友人に引っ張られて行ったので、亜緒たちのイメージが実態から大きく外れているわけではない。
何だかんだで、当時の隣太郎は水辺のひと時をエンジョイしていたのだが。
「そうは言っても、着れるか分からない当時の水着を探すより、せっかくだからここで新しい水着を買っておくか」
「そうね。一人だけ中学時代の水着っていうのも、ちょっと味気ないかも」
こうして事前にみんなで水着を買いに来るのも、海で遊ぶ醍醐味の一つに含んでもいいだろう。
新調を決めた隣太郎に、瀬里は賛同の意を示した。
「ですが水着というのは、初めて選ぶので勝手が分かりませんね……」
「あー、確かに。伊摩もこっちに来てもらえば良かったかも」
今更ながら失敗だったと嘆く瀬里だが、当然ながら十和も自分で水着を買った経験などないので、参考になるアドバイスを得ようと思ったら伊摩に頼る事になる。
そうなれば結局は、全員で一緒に行動する事になっただろう。
「まあ、悩むのも買い物の醍醐味じゃないか? 俺も感想くらいは言うぞ」
「ありがたいけど……男子の水着は選ぶの簡単そうで、いいわね」
隣太郎としては、この店で全員一緒に行動するというのは、勘弁願いたいところだ。
水着売り場を女性四人と一緒に回る男など、周囲にどう見えるか想像に難くない。
女性二人となら大丈夫かと言われると、そんなことは断じてないのだが。
「まあ、とりあえず選んでみましょうか……とは言っても、こうしてたくさんの水着が並んでいると、どういう基準で選べばいいのか分かりませんね」
「とりあえずビキニタイプが無難じゃないか? 高校生でワンピースタイプというのは、ちょっと子供っぽいような気がする」
「……はい?」
唐突に舌が回り始めた隣太郎に、亜緒は目を丸くした。
隣太郎といえば割と淡々と話すイメージがあったのだが、こんなに淀みなく話すところを見るのは、もしかしたら初めてではないだろうか。
「亜緒は身長だけ見ると小柄だが、スタイルは決して悪くない。多少大胆な感じのビキニでも、よく似合うと思う。恥ずかしければパレオを巻くという手もある」
「あの、トナリ先輩? な、何か地の文みたいになってますけど……?」
かつてなく朗々と水着について語る隣太郎の瞳は、輝きに満ちていた。
彼に好意を持つ亜緒と瀬里でも、ぎりぎり引きそうになったレベルである。
「えーっと、トナリくん? 私はどういうのが似合うと思う?」
このままでは亜緒の水着について延々と語り続けそうだと危惧した瀬里が、自分の水着を選ばせる方向に話題を誘導する。
しばし考え込む仕草をした隣太郎は、瞳の輝きを消さないまま口を開いた。
「瀬里なら、タンキニなんかいいんじゃないか? ボーイッシュな感じで似合うと思うが」
「なんで今、ボーイッシュ路線に限定した?」
キラキラとした目で語っていた隣太郎だったが、瀬里の声が一気に低くなったのを聞いて、流石に正気に戻って口を閉じた。
決して亜緒と瀬里の一部を見比べての提案ではない。単に瀬里には、そういった水着が似合うと思ったから言ったまでである。本当である。
「ていうか、トナリくんは何なの? 海で遊んだ事ない割に、水着に対してガチ過ぎない?」
「いや、女子である君には理解し難いだろうが、男というのは水着に対して拘りのひとつやふたつあるものだ。霜馬だって、きっと聞けば喜んで語ってくれるはずだぞ。今度聞いてみるといい」
「……やめとく。聞いてみて本当に語りだされても、ちょっと嫌だし」
隣太郎の語りに押され気味だった瀬里だが、同じように語ってくる霜馬を思い浮かべると、嫌そうな顔をして首を振った。
隣太郎の事は何だかんだで受け入れたというのに、酷いものである。
もしこの場に霜馬がいたら、人目も憚らずに号泣していたかもしれない。
「と、とりあえず、トナリ先輩のアドバイスを参考にして、選んでみましょう!」
「そうね。結構、参考にはなりそうだし……何かちょっとアレだけど」
「言い方が酷くないか?」
隣太郎が抗議を入れてくるが、亜緒と瀬里は軽やかに無視をする。
いかに好意を寄せる相手であろうと、キモいものはキモいのだ。
とはいえ、水着素人の女子二人にとっては、男性目線の具体的な意見というのは大変参考になる。
しかも水着を見せたい相手が自分から意見をくれるので、どんなものを期待されているのかが分かって、とにかくやりやすかった。
それなのに、この複雑な気持ちは何なのだろうかと、気に入った水着の試着を始めながら二人は溜息を零した。
「えっと、こんな感じになりました。ど、どうでしょうか?」
「私も終わったわよ! こうなったら、思いっきり見るといいわ!」
試着室のカーテンを開き、水着姿を披露する亜緒と瀬里。
この後、二人は隣太郎からの熱い水着評論を受ける事になり、軽はずみに自分の水着姿を見せた事を後悔する羽目になる。
そして隣太郎は、続いて合流した伊摩からも冷たい視線を受け、十和からはエロ水着でガンガンからかわれるのだった。




