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20.追っかけくんはハーレム野郎

 夏休みに入って二日目の朝。隣太郎は駅前に立って、人を待っていた。

 待ち合わせの相手は当然、想い人の亜緒――だけでなく、女友達の伊摩と瀬里、そして同じ部活の先輩である十和も含めた、女子四人である。

 男性が自分一人なのに対して女子が四人というだけでも普通ではないのに、その女子が四人ともタイプの違う美人・美少女となれば、もはや尋常の話ではない。


(一体、どうしてこんな事になったんだろうか……?)


 日差しを浴びながら悩む隣太郎だったが、答えはどうしても出なかった。

 彼としては、ただ亜緒と恋人同士になりたい一心で行動してきたはずなのだが。

 ちなみにその亜緒とさらに十和まで一緒に遊びに行く事になったと伝えた際、伊摩と瀬里からは非常に冷ややかな視線を向けられてしまった。最終的には二人とも納得してくれたのだが、伊摩が「まあ、ちょうどいいか」と零していたのが、些か不安ではある。


(何もなければいいんだがな……)


 おそらく無理だとは思うが、そう願わずにはいられない隣太郎だった。


 さて、ここまでは心配事を思い浮かべて、ある意味ではそれどころではなかった隣太郎だが、冷静になってみると七月下旬の午前という時間帯は当然のように暑い。かろうじて日陰に入って女性陣を待っているものの、そもそも気温や湿度が高いので涼しさとは程遠い状況だった。

 スマホを取り出して時間を確認してみると、現在は約束の十分前。気の早いタイプの人間なら、そろそろ集まってきても不思議ではない頃合いだった。

 隣太郎も女子を待たせるのはご法度だと思ったので、こうして早めに来ている。


(……最初に来るのは誰かな)


 暑さからの逃避も兼ねて、隣太郎はどうでもいい予想に思考を巡らせる。

 亜緒はこういう時、キッチリしていそうなイメージがある。十和も似たような感じというか、遅刻して醜態を晒す彼女というのが隣太郎には想像できない。

 隣太郎としては、女性陣で一番軽いイメージがあるのは伊摩だが、彼女が見た目ほどに軽薄ではないというのも数度の交流で理解しつつある。

 残る瀬里は……どうだろうか。基本的に真面目な性格の彼女だが、あれで意外に抜けたところもあるのだ。彼女は伊摩と一緒に来ると聞いているが、だらしない伊摩を注意する姿も、逆に寝坊して伊摩にどやされる姿も、どちらも割とあり得るように思えた。


 ここのまでの考えを総括して、誰が一番最初に現れそうかと言えば……。


「まあ十和先輩かな、やっぱり」

「そうね、やっぱり私よね」

「うおっ!?」


 予想だにしないタイミングで相槌を打たれて、陳太郎は思わず飛び退いた。

 振り返ってみれば、私服姿の十和が笑顔で立っていた。


「と、十和先輩……驚かさないで下さいよ」

「うふふ、ごめんなさい。それとおはよう、隣太郎くん」

「あ、はい、おはようございます」


 何食わぬ顔で挨拶してくる十和に、隣太郎は乱れた息を整えながら返す。

 目の前の先輩が驚かせるような行動を取るのはいつもの事だが、だからといってそれに慣れて驚かなくなるというわけでもない。


「ところで隣太郎くん、何が私なのかしら? 一番グッとくる女の子とか?」

「いや、なんでこのタイミングで、俺がそんな独り言を漏らすんですか……。そうじゃなくて、暇潰しに誰が最初に来るのか予想してただけです」

「あら、そうなの?」


 隣太郎の返答に、十和はつまらなそうな顔を見せた。まさか本気で隣太郎が、グッとくる女子の順位付けをしていたなどとは、彼女も思っていないだろうが。

 その証拠にと言うべきか、すぐに十和は笑顔に戻って口を開いた。


「それじゃあ、隣太郎くんは見事に正解したわけね。うん、偉い偉い」


 そう言いながら、十和は隣太郎の頭に手を伸ばして軽く撫でてきた。


「あの……恥ずかしいんですけど」

「うん? 気にしない気にしない。うふふ……」


 隣太郎の僅かながらの抗議は聞き届けられず、そのまま一分ほど十和に撫でられる事になるのだった。


 そして約束の五分前になり――。


「い、伊摩……そんなに急がなくても……」

「アンタが寝坊するから急いでるんでしょうが!? ほら、キリキリ走る!」


 何やら言い合いながら、伊摩と瀬里が走って来た。

 聞こえてくる会話の内容からすると、どうやら瀬里が寝坊したようだ。

 図らずも隣太郎の予想した通りのことが起こったようである。


 二人は隣太郎と十和の目前まで辿り着くと、息を切らしながら挨拶してきた。


「ぜぇーはぁー、り、りんたろ……お、おはよ……」

「はぁー、もうダメ……」


 正確には伊摩は挨拶しようとしたが、上手く口が回っていなかった。

 瀬里に至ってはバテバテで、挨拶をする素振りすら見せていない。


「おはよう、二人とも。まだ時間前だから、慌てなくて大丈夫だぞ」

「ほらぁー、言ったでしょ伊摩。あんなに急がなくても間に合うって」

「ハァ? 瀬里、アンタね……。あたしたちは走ってきたから間に合ったんであって、そもそもアンタが寝坊しなきゃ、歩きでもこの時間に着いてたわよ」


 言いながら伊摩は、不機嫌そうに眉を顰めた。

 幸い遅刻せず待ち合わせの五分前には到着したものの、あれだけ走ってこの時間なら歩いていた場合にどうなったかは推して知るべきだろう。にもかかわらず暢気な態度を見せる瀬里は、なかなかの大物ぶりだと隣太郎は思った。

 普段は割と慌てている姿が目立つ瀬里だが、寝坊に関しては肝が据わっているらしい。普通なら、それこそ慌てるべきだろうに。


 そして隣太郎たちは知らないが、読者モデルとしてこの中で唯一働いた経験のある伊摩は、基本的には待ち合わせ時間に厳格である。遅刻をすれば撮影スタッフや事務所、同じ現場で撮影するモデル仲間にも迷惑がかかるという事を、彼女はしっかりと理解していた。

 そんな彼女からすると余裕のない状況下での、瀬里の暢気な態度が気に障るのも仕方ないだろう。プライベートの話なので、そこまで声を荒げたりはしないが。


「ハァ、まあいいわ。おはよ、隣太郎。それと――灰谷先輩ですよね?」

「ええ、そうよ。よろしくね、東風原さん?」


 伊摩は十和の盗聴趣味について、瀬里から情報を貰っていた。

 自分の名前をあっさりと呼んだ事についても、特に驚いた様子は見せない。

 それどころか、にこやかに笑って見せる余裕まであった。


「伊摩でいいですよ。あたしも十和先輩って呼んでもいいですよね?」

「もちろんよ、伊摩ちゃん。あ、瀬里ちゃんもおはよう」

「あ、はい。おはようございます」


 初対面の伊摩と十和が仲良くやれそうで良かった、と隣太郎は安堵した。

 実際は彼が思うほど、三人の胸中は単純なものではないのだが。


 挨拶が一通り済んだところで、伊摩が辺りを見回して首を傾げた。


「亜緒はまだ来てないの? あの子、こういうのは早く来そうなのに」

「そうねえ……何かあったのかしら? 少し心配だわ」

「あー、えっと……亜緒ちゃんって、一年の子だよね?」


 話題が亜緒のことになった途端、瀬里が不自然な感じに疑問を口にした。

 彼女は図書室で一度亜緒と会っているが、その時はお互いに自己紹介をしていないし、隣太郎も二人は初対面だと認識している……と瀬里は思っている。実際は瀬里が図書室にいたのは隣太郎にバレていて、亜緒と話している姿も目撃されているのだが。

 あまり意味がないであろう偽装を凝らす瀬里に、伊摩は冷ややかな目を向けた。


 そんなやり取りの裏側に、隣太郎は当然気付いていない。

 特に疑う余地もなく、素直に瀬里の問いかけに答えた。


「ああ、そうなんだが……確かに遅いな。まだ遅刻じゃないとはいえ――」

「す、すみません! 先輩方!」


 隣太郎の言葉を遮るように、慌てた様子の声が飛び込んできた。

 四人が声のした方向を見ると、駅から小走りに出て――出ようとして改札にぶつかっている、亜緒の姿が見えた。

 つっかえながらも無事に改札を通り抜け、息を切らしながら駆け寄ってきた亜緒に、隣太郎たちはそれぞれ声をかける。


「亜緒。まだ集合時間になってないから、大丈夫だぞ」

「そうよ、亜緒ちゃん。ちょっと心配してたんだけど、何事もなくて良かったわ」

「そうそう。遅刻したわけじゃないし、全然気にしなくていいからね」

「いや、瀬里は反省しなさいよ……。それと……おはよ、亜緒」


 時間ぎりぎりではあったが責めることなく自分を迎えてくれた先輩たちに対して、亜緒は息を整えてから挨拶を――。


「は、はい……お、おひゃようごじゃましゅ……」

「言えてないぞ、亜緒」


 しようとしたが、基本インドアの亜緒には厳しかったようだ。

 そのまま一分ほどかけてから、ようやく落ち着いた様子を見せた。


「意外とぎりぎりだったわね、亜緒。アンタなら、もうちょっと早く来るかと思ってたんだけど。や、別に責めてるわけじゃないわよ? 間に合ったわけだし」


 寝坊しておいて反省の様子が見えない瀬里とは違い、亜緒はあからさまに申し訳なさそうにしているので、伊摩の対応に差があるのも仕方ないだろう。


「あ、はい。えっと、それがですね……」


 伊摩の様子から言葉通り責められていないと理解した亜緒は、恥ずかしげに顔を伏せながら、遅刻しそうになった理由を語った。


「皆さん、お綺麗ですから……。こうやって出かけるのも慣れてないので、恥ずかしくない格好をしようと迷っていたら、時間がかかってしまいました」


 そう言って頬を赤く染めた亜緒の姿に、先輩一同は揃ってときめく。


「か、可愛い……可愛いわ、亜緒ちゃん! お持ち帰りしたいくらい!」

「やるわね、亜緒。流石はあたしの後輩だわ」

「そうだな。思わず追いかけたくなる可愛さだ」

「いえ、トナリ先輩。その表現はちょっと……」


 騒ぐ先輩たちと呆れる亜緒の傍らで、瀬里は一人戦慄を覚えていた。


「こ、これが雨葦さん……! なんてあざといの……」


 どう聞いても何かを勘違いしているとしか思えないのだが、残念ながらそこを突っ込めるクラスメイト(霜馬)は、この場にはいなかった。

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