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19.雨葦さんは灰谷さんに会いたい

「今日は放課後に用があるから、図書室には行けない」


 既にお約束となった第二書庫での昼食の後、隣太郎は亜緒に向けて言った。

 隣太郎が図書室に行くのは、あくまで自称ストーキングによるものであり、亜緒に断わりを入れるのは明らかにおかしいのだが、今の自分たちが一般的なストーカーと被害者とは言い難いのは二人とも理解しているので、特に違和感なく放課後の予定を話していた。


「先輩、たまに用があると言って図書室に来ませんけど、そういえばいつも何をされてるんですか?」


 亜緒から返ってきた問いに、隣太郎は「おや」と思った。

 今となっては亜緒も、自分の事を何とも思っていないわけではないと隣太郎は理解しているが、それでもこうはっきりと距離を詰めてくるのは珍しい。

 同じように「放課後は予定がある」と亜緒に伝えても、今までなら「そうですか」と素っ気なく返されていたはずだ。


「ちょっと部活の関係でな。しかし君が俺の予定を気にするなんて、珍しいな」

「いえ、その……ちょくちょく予定があるようなので、毎回同じ内容なのかと」


 自分がいつもより積極的になり過ぎていたと気付き、しかし実際に予定は気になるので、亜緒は誤魔化すように質問の意図を告げた。

 先日、伊摩から隣太郎への好意を焚き付けられて以来、自分からも隣太郎に近付きたいと思うようになった亜緒だが、急な方針転換だったので以前の自分とはかなり違う部分がある。

 伊摩には「変わって見せる」と宣言したとはいえ、まだまだ自分に自信が持てない亜緒としては、あまり隣太郎と急接近するのも心臓に悪い。


「先輩って、何か部活に入っているんでしたっけ?」


 言いながら亜緒は、今まで隣太郎と交わしたの話の内容を思い出すが、特にそういう話を聞いた覚えはなかった。

 ただ隣太郎と違い、最近まで亜緒は自分の恋愛感情を認識していなかったので、彼の話を全て覚えているという自信はないのだが。


「写真部だ、一応な」

「写真部ですか……念のため確認しますが、盗撮などはしてませんよね?」


 隣太郎から出た「写真部」という名前に嫌な予感を覚えた亜緒は、自分の盗撮をしていないか彼に確認を取る。

 よくよく考えれば、実際に盗撮していたところで素直に白状するはずもないのだが、それでも聞かずにはいられないのが人情である。

 相手が隣太郎だと、意外とあっさり「ああ、撮ってるぞ」などと言いそうな気がしないでもないが。


 もし隣太郎が盗撮をしていたら……と、亜緒は考える。

 とりあえずすぐに止めてもらって、撮った写真で変なものがあれば破棄してもらって……というところまで考えが進んで気付く。いつの間にか自分の写真を隣太郎が持っている事を、普通に受け入れていると。

 恋する乙女というのは、時に不可解な思考をするものである。


「信じてくれるか分からんが、盗撮なんてしてないぞ。それに俺は写真部に籍を置いてるだけの、俗にいう幽霊部員だからな」

「まあ、先輩がそう言うなら信じますが……というか、幽霊部員なんですね」


 盗撮はしていないという隣太郎の言い分を、あっさりと信じる亜緒。

 というより、元から彼の事はそういう方面で疑っていたわけではなく、あくまで亜緒としては確認のために聞いただけだった。


 それよりも亜緒にとっては、隣太郎が幽霊部員という事が意外だった。

 目の前の先輩は変人ではあるが意外に真面目な部分もあるので、そういった活動をサボタージュするという印象はなかったのだ。


「亜緒は写真部の噂って、聞いた事ないか?」

「噂ですか?」

「ああ、うちの写真部は無駄に伝統だけはあるから、部を存続させたい学校側が幽霊部員で部員数を稼ぐのを黙認、というか推奨してるって話なんだが」


 何だその意味不明な言い分は、と一瞬思った亜緒だったが、思い返してみれば以前にそういう話を小耳に挟んだ記憶があった。

 その噂を聞いた亜緒は、そんなわけの分からない部が学校に認められるわけがないと思い、与太話として聞き流していたのだが。


「そういえば、聞いた事ありますね。完全に与太話だと思ってました」

「まあ、そう思うよな。でも実際にそういう部があるんだよ、これが」


 まだ半信半疑という顔をしている亜緒に、隣太郎が言い聞かせるが、どうにも腑に落ちないらしく亜緒は疑問を投げ返してきた。


「そんな方法で写真部を存続させて、歴代の部員は喜ぶのでしょうか……?」

「俺もそう思う」


 呆れた声で問い掛けてくる亜緒に、隣太郎はつい力強く頷いてしまった。

 言っている隣太郎自身、そんなアホな話があるのかと思っているくらいである。


「でもトナリ先輩は、幽霊部員なんですよね? 部活には参加しないのでは?」


 これ以上、話を聞いても疑問は解けないと理解したのか、亜緒は最初の話題に戻る事にしたらしい。


「そうなんだが、部長からいろいろ頼まれる事があってな。部の活動をあの人だけに押し付けるのも何だから、呼ばれたら手伝うようにしてるんだ」

「部長さんですか……その方は、ちゃんと活動されてるんですね」


 隣太郎からの説明に、亜緒は納得した様子を見せた。

 いくら他の部員が実質公認の幽霊でも、だからといって部長一人に何もかも任せて知らん顔というのは、なかなか心苦しいものがある。

 隣太郎なら見かねて手伝うくらいはしそうだと、亜緒は密かに微笑んだ。


 しかし、そんな亜緒の様子を見て、隣太郎はバツの悪そうな表情を見せる。


「いや、実はその……部長も、いわゆる幽霊部長なんだ」

「はい? 何ですか、それ?」


 幽霊部長という斬新な肩書に、亜緒は驚きと呆れが混ざった声を上げた。

 つまり写真部は、誰一人として真面目に活動していないという事だろう。


 その辺りの事情を隣太郎が説明すると、亜緒は何とも言えない表情を作った。


「私が言う事じゃないかもしれませんが、もう廃部にした方がいいのでは?」

「俺も本当にそう思う」


 心底呆れた声で放たれた亜緒の言葉に、隣太郎は再度、力強く頷いた。




「しかし何だって君も、ついて来たいなんて言い出したんだ?」


 放課後になり、亜緒と連れ立って廊下を歩きながら、隣太郎は問い掛けた。

 視線だけを横に向けると、どこかむくれた様な雰囲気の亜緒がいる。


「別に……トナリ先輩が入ってる部活というのを、見てみたかっただけです」


 受け答えは普通にしているものの、ツンとした態度が見えている亜緒。

 昼休みの会話中、「写真部の部長」について隣太郎から詳細を聞いた後、彼女はずっとこんな調子だった。

 隣太郎からすれば、むくれた亜緒も非常に可愛らしいのだが、かといって機嫌が悪いまま放っておくのも得策とは思えない。


「さっきも言ったが、ちょっとした頼まれ事を手伝うだけだぞ? 他の幽霊部員は呼んでも来ないらしいから、俺が出張ってるだけだ」

「……でも部長さんって、凄く美人な方なんですよね?」


 あくまで「ただの部活動」と言い張る隣太郎に、亜緒は拗ねた態度で返す。


 昼休みが終わって自分の教室に戻った後、亜緒は隣太郎から聞いた「灰谷 十和」という先輩について、クラスメイトに尋ねていた。

 すると「写真部の部長」という情報が少なからずあり、それ以上に「かなり美人な先輩」という情報が大量に出てきたのだ。主に男子から。


「まあ、あの人が美人なのは否定しないが。別に俺とは何もないぞ?」

「やっぱり、トナリ先輩から見ても美人なんですね……」


 隣太郎が「何もない」と言っても、亜緒は一向に落ち着く様子を見せない。

 こうして嫉妬されているような態度が亜緒から出てくるのは、隣太郎にとって悪い傾向ではないのだが、それはそれとして気が気ではない。


「とにかく、見学は問題ないはずだ。どうせ誰も真面目にやってないしな」


 今の亜緒は何を言っても聞き入れそうにないので、隣太郎は仕方なく話を流す事にした。

 少なくとも自分と十和がそういう関係でないのは事実なので、十和が変な事を言い出さない限り、本人に会えば亜緒も納得するだろう。

 問題は十和が変な事を言わない保証がない点だが、そうだとしても彼女に会わせない事には、亜緒は納得してくれない気がする。

 とにかく十和との会話を上手くリードしなければと、隣太郎は覚悟を決めた。


「先に言っておくが、十和先輩は結構な変わり者だ。突拍子もない事を言われるかもしれんが、あまり真に受けないでくれ」

「十和先輩……また名前呼び……」


 一応、先に忠告を入れる隣太郎だが、亜緒は全く別の部分に引っかかっていた。

 どうでもいいが「また」というのは、もしかして伊摩の事だろうか……と思いつつ、隣太郎は写真部の扉を軽くノックした。



「はい、どうぞ。隣太郎くん――雨葦さん」



 室内から聞こえてきた穏やかな声に、隣太郎は身震いした。

 隣太郎は余裕がなくて見えていなかったが、彼の横では亜緒が同じ様に驚愕の表情を浮かべている。

 十和は底知れない人物だと以前から感じていた隣太郎だが、今日ほど彼女を恐ろしいと思った事はないだろう。

 先に隣太郎から忠告を受けていた亜緒も、十和という人間の片鱗を体感して、すっかり目が覚めたような表情になっている。

 実際は第二書庫での会話を、いつも通り盗聴されていただけなのだが。


「失礼します」


 とはいえ、扉の前でまごついていても仕方がない。

 改めて覚悟を決めると、隣太郎はお決まりの挨拶をしながら扉を開けた。

 隣太郎が部室に足を踏み入れると、亜緒もおずおずと彼の後ろを付いてきて、そのまま扉を閉める。


「相変わらず他人行儀ね、隣太郎くん。『ただいま』でいいって言ってるのに」


 教室奥にある部長用の席に座る十和は、隣太郎に微笑みかけながら言った。

 相変わらず隣太郎の目には、美人だが捕食者のような姿にも見える。

 ちなみに大正解である。


「だから部室に入って『ただいま』は、何か違いますって。それと今日は、見学者を連れてきました。一年生の――」

「雨葦 亜緒さんでしょ? ようこそ写真部へ。ゆっくりしていってね、雨葦さん」


 隣太郎が自分の後ろにいる亜緒を紹介しようとすると、十和の方からフルネームを言い当てられてしまった。

 入室前に名前を呼んだ時点で予想はしていたが、実際に名前を知られている事実を目の当たりにすると、隣太郎も亜緒も冷や汗が流れ出るのを止められない。


「よ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。とは言っても、うちは私も含めて幽霊部員なのよね、恥ずかしながら。雨葦さんは、写真に興味あったりするのかしら?」


 短い挨拶の後、亜緒に写真への興味について尋ねる十和。

 当然、盗聴犯である十和は亜緒がここに来た理由も察しているが、自らの犯行をバラしたいわけではないので、穏便に話を進める。


「い、いえ。実はそういうわけではなくて……」

「あら、そうなの。じゃあ興味があるのは()()()()かしら?」

「!」


 十和の含みのある発言。そして彼女が向ける視線に、亜緒は既視感を覚えた。

 それはまさしく数日前、自分を導いてくれた伊摩が見せたものと似ていた。


「あの、変な事を聞いてもいいでしょうか?」

「ええ、いいわよ。ちなみに先に答えておくと、多分『YES』よ」


 亜緒が遠回しに隣太郎との事を訊こうとすると、先回りしたように答えられる。

 まるで心を読んだかのような受け答えだが、当然ながら十和は超能力者などではなく、単に盗聴で得た情報と勘の良さによるものである。亜緒が分かりやすいというのもあるが。


 しかし言われた亜緒は盗聴の事も知らなければ、自分の分かりやすさにも気付いていないので、十和への恐れをさらに強めていた。


「とりあえず立ち話も何だし、お茶にしましょうか。隣太郎くん、手伝って頂戴」

「あ、はい、分かりました」


 そんな亜緒を尻目に、お茶の提案をする十和。

 女性二人の何やら緊迫した会話に圧倒されていた隣太郎は、準備を手伝うように言われ、呆けた声で答えた。




 十和と隣太郎が用意した紅茶を囲む三人の間には、何とも落ち着かない空気が流れていた。

 隣太郎としては、亜緒を連れてきた身として彼女をもてなすべきだと思っているのだが、この空気では迂闊な発言は躊躇われる。

 亜緒はチラチラと十和の顔を窺い、十和はそんな視線を感じながらも優雅にお茶を飲んでいるので、どう会話を切り出すべきか隣太郎は悩んでいた。


 すると最初に声を上げたのは、意外にも最年少の亜緒だった。


「灰谷先輩。伊摩先輩……東風原先輩って、ご存じですか?」


 亜緒が唐突に伊摩の名前を出した事に、隣太郎は内心で首を傾げた。

 隣太郎のイメージでは、十和と伊摩に交流があるとは思えないし、この場面で彼女の名前が出てくる理由も思い当たらない。

 しかし十和は、意外にも亜緒の言葉に、微笑みながら頷いた。


「東風原さんね。ええ、知ってるわよ。ちゃんと話した事はないんだけど」

「そうですか。やっぱりご存じなんですね」


 困惑する隣太郎をよそに、亜緒は予想通りの回答だと得心していた。

 どういう手法かは定かではないが、十和は隣太郎や亜緒の情報を得ている。それを確認すると同時に、亜緒はもうひとつの関心事についても追及しようとしていた。


「先輩の事、十和先輩とお呼びしてもいいですか?」

「ええ、もちろんよ、亜緒ちゃん。私とも()()()()()()()()()()()?」


 涼しい顔で答える十和に、亜緒は「やはりか」と心中で唱えた。

 十和が言ったセリフは、伊摩が亜緒に対して言ったのと同じものである。

 そうなると十和は、亜緒だけでなく伊摩の気持ちも知っているという事だろう。


 そして亜緒の予想通りなら、おそらく十和自身も――。


「亜緒ちゃんと仲良くなれて嬉しいわ。きっと気が合うと思ってたの」

「気が合う、ですか……」


 十和の思わせ振りなセリフの真意を読み解くべく、亜緒は思考を巡らせる。

 一方で、横で聞いている隣太郎は、完全に話題に取り残されていた。


「ええ、きっと気が合うわ。東風原さんも多分、同じじゃないかしら」

「!……そう、そうですか。それなら、きっと気が合いますね」


 ここに来て亜緒は、完全に確信を得ていた。


 ――灰谷 十和は、笈掛 隣太郎の事が好きである。


 つまりは彼女もまた、伊摩と同じく自分の恋敵という事だ。

 ならば亜緒は、十和がどんなに強敵でも一歩も引くわけにはいかない。

 あの日、自分の背を押してくれた伊摩に、そう誓ったのだから。


 その決意を言葉にしようと、亜緒は口を開き――。



「そ、そういえば先輩は、夏休みの予定は何かあるんですか? 亜緒もどうだ? 俺はこの間、伊摩ともう一人の友達から遊びに行こうと誘われたんだが……」



 唐突に割り込んできた隣太郎のセリフに、亜緒は口を開けたまま固まった。

 よく見ると十和の方も、先程とは違い呆気に取られた様子を見せている。


 何やら話が厄介な方向に行きそうだと感じた隣太郎の、苦し紛れながら渾身の話題転換であった。

 二人とも伊摩の事は知っている様なので、話題に出してみたのだが……。


「はい?」

「あらー?」


 亜緒も十和も、先程までとは全く違う緊迫感を漂わせていた。

 よく考えれば、この状況で「他の女子と遊びに行くぜ!」などと言えば碌な事にならないに決まっているのだが、隣太郎は話題を変えるのに必死で、変える先の話題を選ぶ余裕はなかったのだ。


 なお、この約束は廊下で行われたので、十和も流石に盗聴できていなかった。


「隣太郎くん、もう一人の友達って、もしかして瀬里ちゃんかしら?」

「瀬里ちゃん……? トナリ先輩、他にも女性のお友達がいたんですか!?」


 案の定、隣太郎は女子二人から詰め寄られる事になった。

 ちなみに亜緒は瀬里に会った事があるが、瀬里の名前を聞いていなかったし、彼女が隣太郎の友人である事も知らない。


「え? いや、はい、瀬里ですけど。あ、亜緒、彼女もただの友達だからな!」


 予想外の食い付きに動揺しながら、隣太郎は二人に答えた。

 以前から「お前はマイペースだ」と霜馬に呆れられていたが、やはり自分はマイペースではないのではないかと、隣太郎は感じていた。

 そうでなければ、こんなにも彼女たちに圧倒されるはずがない。


 そんな的外れな事を考えている隣太郎を尻目に、亜緒と十和は互いの顔を見て頷き合うと、次に隣太郎の方に顔を向けて同時に口を開いた。


「私も行きます」

「私も行くわよ」


 流石に異口同音とはいかなかったが、何を言われたかは隣太郎にも分かった。

 分かったのだが、女友達との約束に他の女性を混ぜるのは、いかがなものか。

 そう思った隣太郎は、二人を思い止まらせようと口を開く。


「いや、流石に――」

「行きます」


 今度は完全に異口同音だった。

 怒鳴ったりするわけではないが、それ以上にも思える女子二人の剣幕に、もはや隣太郎は反論する術を持たない。


「……はい、分かりました」


 力なく頷く隣太郎。

 そんな彼の返事に、女子二人は互いに手を合わせて喜んでいた。

 図らずも、隣太郎の甲斐性を犠牲に、女子たちの仲は取り持たれたようである。



 ちなみに後日、隣太郎は霜馬から「このハーレム野郎!」と罵られる事になる。

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