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18.東風原さんと梔さんは今日も仲良し

 時は昼休み。学校の中庭にて、瀬里は友人である伊摩と昼食を共にしていた。


 伊摩はモデルの仕事があったり、他の友人関係があったりで、実のところ瀬里と一緒に行動する機会はそれほど多くない。

 しかし瀬里はそれでも彼女に対して相応の友情を感じていたし、多少間が空いてもこうして会えば楽しく過ごせる関係である。


 しかし今日に限っては、ただ平和なだけの時間とは言えなかった。


「ねえ、伊摩。ちょっと聞きたい事があるんだけど」


 持参した弁当を半分くらい食べ終えたところで、瀬里が口を開いた。

 ちなみに今日の彼女は、伊摩からの誘いを優先して隣太郎の観察は止めている。

 なかなか時間の合わない友人を大切にするという良識が、彼女にはまだあった。


「何よ、瀬里。やけに改まって」


 対する伊摩も買ってきたパンのひとつを胃に収め、ペットボトルの紅茶で喉を潤すと、神妙な顔で瀬里に聞き返す。

 こうして瀬里と真面目な話をする事など、これまで伊摩には経験がなかった。

 一体何を言われるのだろう。相談事だろうかと、密かに身構えていると……


「あなた最近、トナリくんと仲良さそうよね?」


 瀬里はどこか真剣みを帯びた表情と声で、伊摩にそう尋ねてきた。



 ――新たな修羅場が、ここで始まろうとしていた。



「トナリくんって、隣太郎の事?」


 大体想像は付いているが、念のため伊摩は尋ねた。

 つい先日、伊摩が宣戦布告をした後輩もそんな呼び方をしていた気がするが、その名前が目の前にいる友人の口から出てくるとは、思ってもいなかったのだ。


「そう、笈掛 隣太郎くん。そういう呼び方をするって事は、本当に仲が良いみたいね」


 対して彼との関係性を追求する瀬里は、当然ながら落ち着いている。

 こんな質問をしている時点で、ある意味では落ち着いていないのだが。


「彼とあなたが話してるところ、何度か見かけたから気になったの」


 自らの質問の理由をそう話す瀬里だが、厳密には見掛けたというよりは、覗いていたという表現が正しい。


 ここ最近、瀬里が様子を窺っている前で、伊摩は何度も隣太郎に接触していた。


「伊摩って男嫌いだと思ってたから、びっくりしちゃった」


 瀬里は会話の端々から、ずっと伊摩は男性に嫌悪感に近い感情を持っていると認識していた。

 本職ではないがモデルという仕事上、伊摩は異性の視線に晒される機会が多い。

 撮影中は言うまでもなく、目を引く美人である事から学校でも同様だった。

 異性に興味がある年頃の男子生徒からすれば、モデルという肩書のある彼女は「視線を向けてもいい相手」という認識が強いのである。

 他の女子相手なら、不躾な目で見るのはデリカシーがないと躊躇われるが、伊摩はモデルだから「そういう目」で見られるのが当たり前。そんな言い訳が通るのだと、周囲からは思われていた。


「まあ、そうね。男にはあんまり良い印象がないかな」


 そして伊摩自身も、瀬里のその考えを肯定する。

 時折、今日のような機会に愚痴を言った覚えもあるので、そういう風に思われていた事には、特に驚かない。


「けどアイツとは、いろいろあってね」

「それって前に言ってた、『ムカつく男』の事?」


 どこか含みがあるように聞こえた伊摩の言葉に、瀬里は思い当たる節があった。

 少し前、彼女から男子と揉めて暴言を吐かれた件について、話を聞いた記憶があったのだ。


「う……そうね。ぶっちゃけると、アイツがそうよ」


 瀬里に言われて、かつて自分が話を盛りまくった事を思い出した伊摩は、決まりの悪い顔をしながら頷いた。


「ごめん、瀬里。本当はアイツにそんな酷い事、言われてなかったの。なんていうか、その場の勢いでアイツに責任押し付けちゃって……」


 流石にもう誤魔化せないと観念して、今更ながら嘘を吐いたことを謝罪する。

 伊摩としても、好きになった相手を悪く言ったままだったのは収まりが悪いので、ようやく肩の荷が下りたような気分だった。


「そうなんだ。もう、伊摩ったら……でも良かった。トナリくんが、そんな事する人じゃなくて」


 隣太郎の存在が思い当たった時点で、僅かながら不安を覚えていた瀬里は、聞いていた言動が嘘だった事に胸を撫で下ろした。

 もちろん瀬里は隣太郎がそんな人間ではないと思っているが、往々にして人間関係というのは難しいものである。非常事態に激しく揉めたり、咄嗟に口が出るという事は、彼にもないとは言い切れない。


「ん、ごめんね。それにしても、アンタも隣太郎と知り合いなのね」


 最後にもう一度謝罪の言葉を述べてから、伊摩は自分からも質問をする。

 言いながら思い返してみれば、隣太郎から聞いていた所属クラスは、瀬里のクラスと同じだった事に気付いた。


「あ、そういえば二人って、同じクラスだったっけ」

「そうね。それにトナリくんとは、同じ中学の出身なの」


 隣太郎との関係性に気付いた伊摩の言葉を、瀬里がさらに補足した。

 中学からの付き合いという情報に、伊摩が羨ましそうな顔をする。


「えー、いいなあ。幼馴染ってやつ?」

「いや、中学からは幼馴染って呼ぶには遅くない? それに顔見知りだったから高校でも気軽に話せただけで、実際そんなに仲良かったわけでもないし」


 瀬里が自分で言った通り、彼女と隣太郎は中学時代から特別親しかったわけではない。

 会えば挨拶くらいはする関係だったが、どちらかと言えば高校に入ってからの方が話していると瀬里は思っている。

 新しい環境での見知った顔というのは、瀬里にとっても隣太郎にとっても安心感があるものだったのだろう。


 ちなみに霜馬も同じ条件なのだが、当然ながら話題に出てくる事はなかった。

 瀬里は伊摩が霜馬の事まで知っているとは思っていないし、伊摩の方も隣太郎の横にいる霜馬を何度か見かけた事はあるが、特に意識した事はなかった。

 霜馬本人がこの状況を知ったら、また項垂れていた事だろう。


「んー、まあね。でも転入生のあたしにとっては、年単位の付き合いってだけで羨ましいかな」

「それはまあ、そうかもね」


 軽い口調で話しているが、伊摩の表情が少し寂しげな事に、瀬里は気付いていた。

 今でこそ友人も多いし、好きな相手ができて充実した日々を過ごしているが、以前住んでいた場所での日々が充実していなかったわけではない。

 現状に不満がないとしても、望郷の念というものは湧くのだろう。


「で? 瀬里は隣太郎のどんなとこが好きなわけ?」

「ごっ!」


 伊摩の心境を慮っていたはずの瀬里は、その伊摩から強烈なキラーパスを受けて、思わず吹き出しかけた。

 本当に思わぬタイミングだったせいか、吹き出したにしてもあり得ない発声だった気がするが、今の瀬里にはそれを恥じる余裕もなかった。


「すっ、は? ちょ、伊摩、あなっ、何?」

「いや、いくら何でも動揺し過ぎでしょ……もうちょっと落ち着きなって」


 もはや支離滅裂で何を言っているのか分からない瀬里に、伊摩は呆れた目を向けた。

 自分が言った言葉のせいだと伊摩も理解しているが、それにしてもこの焦り様は過剰ではないだろうか。


「はいはい、深呼吸ね。吸ってー、吐いて―」

「すぅーはぁー」


 とりあえず瀬里を落ち着かせるため、深呼吸をするように促す。

 ついでに瀬里は気付いていないが、横に置いてあったお茶のペットボトルが倒れていたので、伊摩は拾って蓋を締めておいた。

 少し零れてしまったが、まあ仕方がないだろう。


「よし、落ち着いた? 瀬里」

「え、ええ、大丈夫だけど……それで伊摩、あなた急に何言い出すの?」


 ようやく動揺が収まった瀬里が、伊摩にジト目を向ける。

 突拍子もないことを、という抗議のつもりだったが、視線を向けられた伊摩は涼しい顔で答えた。


「何って、好きでもないのに、あたしと仲が良いとか気にしたりしないでしょ? ちなみにあたしは好きよ、アイツの事」

「へえ?」


 何の気なしに放たれた伊摩の言葉に、瀬里は素っ頓狂な声を上げた。

 彼女が混乱した意味はふたつ。自分が隣太郎を好きだと言い切られた事と、伊摩が隣太郎を好きだと当たり前のように暴露してきた事だ。


「あれ? もしかして瀬里って、自覚してなかったタイプ?」


 そんな瀬里の様子から、伊摩は互いの認識の違いに気付いた。

 てっきり亜緒と同じように意地を張っているのだと思っていたが、どうやら瀬里自身も好意を自覚していないパターンらしい。

 隣太郎について少し話しただけの伊摩でも、すぐに分かるレベルなのだが。


「じ、自覚って……それにあなた、トナリくんの事が、その、好きって……」

「ほら、またテンパる。あー、それとあたしが隣太郎を好きなのは、本当だからね。何となく瀬里もそうじゃないかと思ったんだけど、違った?」


 伊摩に宥められながら、瀬里は考える。

 思えば、最近の自分はずっと隣太郎の事を気にしていた。

 元より隣太郎に対しては、()()()()()()()()()()()もあって、恋愛とは関係なしに好感を覚えていたように思う。

 それが高校に入って交流が増え、一年が経つと後輩のストーカーを始めると言い出した彼を心配して、目だけでなく物理的に追うようになっていた。

 思い返してみれば、自分の行動は単なる仲の良いクラスメイトの範疇を超えていると、今更ながらに瀬里は気付いた。本当に今更なのだが。


「違う、とは言い切れないわね……」

「あらま、煮え切らない返事」


 伊摩からは茶化すような口調で返されてしまったが、瀬里にとっては本当に無自覚だった感情なのだ。

 おそらくそうだろうと今となっては納得しつつあるが、違和感なく受け入れられるようになるには、もう少し考える時間が必要だろう。


「まあ、いきなりで飲み込めてない部分もあるから……でも、多分そうなんだと思う。そうじゃないと、あんな風に追いかけたりしないし」


 まだ断言できるほどではないが、きっと自分は隣太郎が好きなんだろうと思えるような心境に、瀬里はなっていた。

 そんな自分の気持ちに気付いた一方で、自分がとんでもない失言をしているという事実には気付いていなかった。


「……ん? 追いかけた? え、ちょっと瀬里、どういう事?」

「あ」




 ――瀬里による、赤裸々なストーキング告白が執り行われた後。



「瀬里、先に謝っておくわ、ゴメンね。でもアンタ、マジで馬鹿じゃないの?」

「うぅ……」


 伊摩による渾身の「馬鹿じゃないの?」を受けて、瀬里は真っ赤な顔で項垂れていた。

 友人相手に罵倒をするのは自分でも嫌だったらしい伊摩なので、これでも瀬里に対する発言はオブラートに包んだ方なのだろう。


「ストーカーをストーキングって……しかも、そこまでしといて、自分が相手を好きかどうかも分かってないって……」

「も、もう止めてよぉ……」


 呆れた声で事実を羅列する伊摩に、瀬里は思わず弱々しい声を漏らした。

 ほんの少し前には「彼の事が好きか断言はできない」などと日和った事を言っていたが、これまでの自分の行動を振り返ってみれば、完全に好きな男性をストーキングするヤバい女だった。

 むしろこれで隣太郎に好意を持っていなかったら、単なる趣味がストーキングのサイコ女である。


「認めます! 私はトナリくんの事が大好きな、ストーカー女ですー!」

「や、まあ、うん……そうね、その通りよ」


 ヤケクソになって叫ぶ瀬里に、伊摩は何とも言えない目を向ける。

 亜緒と同じく、隣太郎を好きだが素直になれないでいる友人を焚き付けるつもりだったのだが、蓋を開けてみれば隣太郎が好きなのは確かだが、彼をストーキングしているという驚愕の事実が明らかになってしまった。


 友人に対する見方が、すっかり変わってしまった伊摩だった。


 とはいえ、考え様によっては大事になる前に自分が気付いて、良かったと言えるだろう。

 幸いというか隣太郎はまだストーキングされている事に気付いていないし、これからは素直に彼を攻略していけばいいはずだ。


「けどまあ、隣太郎にバレる前に気付けて、良かったじゃない? これからはストーキングなんて止めて、ちゃんとアイツと仲良くなればいいのよ」

「え?」


 実に真っ当な事を言ったつもりだった伊摩だが、何故か瀬里からは動揺した様な声が返ってきた。

 どこに驚く要素があったのか分からないが、思わずという様子で顔を跳ね上げ、伊摩を見つめている。

 訝しんだ伊摩が顔を覗き込むと、瀬里は「何を言われたか分からない」とでも言いたげな目をしていた。


「ちょっと、瀬里。アンタ、何で今『え?』って言ったの?」

「え、だって……トナリくんのこと見てると、凄く楽しいし……」


 伊摩は心底呆れた目で見たつもりだったが、瀬里はどうしてか顔を赤くした。

 いや、正確には瀬里が言いたい事は伊摩にも分かっているのだが、言い分が異次元過ぎて理解が及んでいないのだ。

 瀬里の顔が赤い理由も、さっきまでとは全く違う理由だろう。赤くする要素が、一体どこにあるのかは分からないが。


「瀬里、アンタ……ストーキングにハマってるんじゃないわよっ!!」

「だ、だってぇー」


 いよいよ堪忍袋の緒が切れた伊摩の叫びと、全く可愛らしくない理由で上げられた瀬里の情けない声が、昼休みも終了間近の中庭に響き渡った。




「お、伊摩と瀬里か」


 昼休みが終わり、亜緒の下から教室に帰る途中。

 連れ立って歩く女友達の姿を発見した隣太郎は、気楽に声を掛けた。


「あ、トナリくん」

「やっほー、隣太郎」


 声をかけてきた相手が隣太郎だと気付くと、二人は安心した様子で返事をする。

 何やら二人の視線に、安心以外の感情も含まれるように感じた隣太郎だったが、突っ込むと藪蛇になりそうだったのでスルーを決め込んだ。


「君ら、友達同士だったんだな」


 危険そうな部分は回避して、隣太郎は他に気になった点について言及する。

 伊摩と瀬里は親しいが都合が合わない時も多かったので、隣太郎は二人が一緒にいる姿を見た事がなかった。

 ある理由で、これからは一緒にいる機会が多くなるのだが。


「まあね、隣太郎は知らなかったかな」

「クラスは違うけど、伊摩とは気が合ったから」


 二人揃って、隣太郎の言葉に同意する伊摩と瀬里。

 女の子同士が仲良くしている姿はいい、などと考えている隣太郎は、二人の楽しげな様子の裏に隠されたものに気付いていない。


「そうだ。今度、隣太郎も一緒に遊び行かない? もうすぐ夏休みだし」

「え? 俺もか?」


 伊摩からの唐突な誘いに、隣太郎は驚きながら返す。

 確かにあと一週間もすれば夏休みが始まるが、まさか自分に女子からの誘いがあるとは、夢にも思っていなかった。

 どうやって亜緒と連休中の約束を取り付けるかで、悩んでいたところである。


「そうね。伊摩とも仲が良いみたいだし、せっかくだから三人で出掛けましょうか」

「瀬里も乗り気なのか? それなら、たまにはいいかな」


 二人とも乗り気だと分かり、隣太郎は誘いを受ける事にする。

 考えてみれば、瀬里とは中学からの付き合いだが、実際に校外で遊んだりした事は一度もない。

 伊摩とも仲良くなれた事だし、この機会に親交を深めるのも一興だろうと、隣太郎は思った。


「よっし、じゃあ決まりね! そのうち予定決めるから、よろしく!」

「トナリくんと遊びに行くなんて、初めてかも。楽しみにしてるね?」


 隣太郎の了承を得て、嬉しそうな様子を見せる女子二人。

 亜緒に悪いという気もしないではないが、隣太郎にとっては二人とも大事な友人なので、こうしてコミュニケーションを取るのも重要だろう。

 流石に正式な彼氏彼女の関係だったら、遠慮したかもしれないが。



 隣太郎は知らない。伊摩から焚き付けられた事で、瀬里も本気になった事を。

 そして亜緒以外にも目を向けさせるため、二人が共同戦線を張った事を。


 夏休みはもう、すぐそこまで迫っていた。

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