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14.米峰くんは状況が分からない

 隣太郎の友人である米峰 霜馬は、ここ最近の友人を取り巻く人間模様について頭を悩ませていた。


 中学時代からマイペースで、ずっと恋愛など興味がないという顔をしていた隣太郎が、今年になって後輩女子に恋をしたと思ったら、いつの間にか告白して振られるところまで進んでいた。

 その時点で相当驚いたのだが、さらに隣太郎は振られた相手のストーカーになることを明言。最近も足繁く例の後輩の下に通っているのだ。

 いつ教師や国家権力の厄介になるか心配していたのだが、何故か相手の女子にはストーキングが知られているのにも関わらず、拒絶されたりはしていないらしい。

 一体、どういうことなのだろうか。


「その辺、マジでどうなってるんだよ? トナリ」

「どうした急に」


 唐突な友人からのキラーパスに、隣太郎は面食らった表情を見せる。


 現在、二人は学食でランチタイムの真っ最中だった。

 隣太郎は亜緒への付き纏いを始めて以来、基本的に弁当持参なのだが、毎日のように通い詰めると亜緒の友人関係に悪影響があるだろうと考え、間を空けて彼女を訪ねることにしている。

 そのため今のように霜馬と昼を共にする機会も、それなりにあるのだ。


「例の後輩ちゃんだよ。雨葦ちゃんだっけ? お前、まだ付き纏ってんの?」

「そうだな。まだ付き合えてないから、続けてるぞ」

「いや、ストーキングして付き合えるようになるっていうのが、そもそもおかしいだろ」


 冷静にツッコミを入れる霜馬だが、言われた隣太郎はどこ吹く風だ。

 慌てるわけでもなければ反論するわけでもなく、涼しい顔で弁当を突いている。

 中学の頃から相変わらずマイペースな性格の友人に、霜馬は溜息を吐いた。


「実際のとこ、どうなんだ? 雨葦ちゃんと少しは仲良くなれてるわけ?」

「別に悪くはないと思うけどな。この間も、二人でカフェに行ったし」

「は? 何だそれ?」


 皮肉半分の問いに予想外の答えが返ってきて、今度は霜馬の方が面食らう。

 ストーカーとその被害者が二人でカフェとは、まるで恋人同士のデートのようだが、一体どうなっているのかと。


「え、何? お前、普通に雨葦ちゃんとデートとかしてんの?」

「彼女が言うには、デートじゃなくて『同行ストーキング』らしいぞ」

「同行ストーキングって何だよ。わけ分かんねえよ」


 複雑な事態に加えて謎の言葉まで出てきて、さらに混乱を深める霜馬。

 言葉自体も謎が多過ぎるが、隣太郎ではなく亜緒の方からその不思議な名称が出てきたというのが、余計に謎だった。

 まだ会ったことはないが、亜緒という少女も相当な変人なのだろうか。

 瀬里だけでなく霜馬の中でも、亜緒に対するおかしな勘違いが深まっていた。


「そういや……」


 言いながら霜馬は、少し離れたテーブルへとさり気なく目を向けた。

 そこには他の女子と談笑しながら、こちらをチラチラと覗く瀬里がいる。


「梔とは、最近どうだ?」

「どうだって言われても、俺と梔は何もないぞ。中学から相変わらずだ」


 急に話が変わって隣太郎は眉を顰めるが、霜馬からすれば瀬里のことも、さっきまでの話題に絡む重要事項である。

 なにせ彼女は隣太郎がストーキング宣言をしてから、それを追って度々教室から姿を消しているのだ。

 具体的にどういう行動を取っているのかは霜馬も把握していないが、言動の端々から碌な事になっていないというのは感じ取れる。

 隣太郎は気付いていないので、友人の問い掛けにピンと来ていないようだが。


「そういえば、ちょくちょく図書室で見掛けるようになったな」

「やっぱりか……アイツ、何やってるんだ」

「読書の夏ってヤツじゃないか? 梔だって本にハマることはあるだろう」


 自らの置かれた状況を知らず暢気な言葉を返す隣太郎に、霜馬は嘆息する。

 とはいえ、まさか中学からの付き合いの女友達が、いつの間にか自分のストーカーと化しているとは、なかなか想像が付くものではないだろう。

 いくら隣太郎自身が、惚れた女のストーカーを名乗っていたとしても。


「あ、隣太郎じゃん!」


 隣太郎と霜馬が噛み合わない会話を続けていると、横から声が掛かった。

 二人が声の方向を見ると、にこやかな顔で近付いてくる伊摩の姿があった。


「ああ、東風原さんか」

「やっほー、今日は学食?」

「俺は弁当だけどな。君も今日は学食なのか?」

「そうね、たまには良いかなって、友達と話しててさ」


 先日、微妙な状況で別れた二人だが、今は特にぎこちない様子はない。

 隣太郎としても良く分からないものの、自然に振る舞う事に決めていた。


「ところで隣太郎。あたし、どこか変わったところない?」

「変わったところ?」


 言われて隣太郎は、伊摩の容姿をさっと観察する。

 無遠慮に女子を見るのは躊躇われるが、本人の要望なので仕方がないだろう。

 数秒眺めていると、何となく答えと思われる部分に見当が付いた。


「髪が少し短くなったか? あとパーマの具合が違う……気がする」

「お、せいかーい。隣太郎、ちゃんと見てるじゃん」


 どうやら希望の答えを返せたらしく、嬉しそうな顔を見せる伊摩。

 見ても断言できないほどの小さな変化だったので自信がなかったが、言い当てられて良かったと、隣太郎は胸を撫で下ろした。

 彼女に目を向けるという、隣太郎にとっては謎の約束ではあったが、やると言ったからには守るべきだろうと思っている。

 伊摩の顔がほんの少し紅潮していることには、幸か不幸か気付かなかった。


「ありがと、隣太郎。それじゃ、友達のとこに戻るから、またね」

「ああ、またな」


 そう言って伊摩は、友人がいるであろう方向に立ち去って行った。

 随分と話し込んでしまったので、事情を知らない霜馬には申し訳なかったかな、と思いながら隣太郎が正面に座っている友人に意識を戻すと、何故か得体の知れないものを見るような目を向けられていた。


「話し込んで悪かったな、霜馬。ところで、どうかしたか?」

「どうかしたかって……お前、今のって例のモデルやってる転入生じゃねえの?」


 どうやら霜馬は、伊摩の事を知っていたらしい。

 隣太郎は本人に聞くまで存在自体を知らなかったのだが、伊摩も自分で言っていた通り意外に有名だったようだ。


「霜馬も知ってたのか。やっぱり結構有名なんだな、東風原さん」

「そりゃそうだろ。うちの街なんて大した都会でもないし、転入生ってだけじゃなくて現役の読モなんて、どう考えても噂の的だろ」

「そういうもんなのか? 俺はこの間まで、全然知らなかったんだが」

「何で転入生に、そんな無関心でいられるんだよ……」


 霜馬から「信じられない」という目を向けられるが、隣太郎にとってはそれが事実なのだから仕方がない。

 流石に「亜緒に夢中で、転入生に気付いていませんでした」とは言わないが。


「そのくせ、あんな仲良さそうにしてるって、一体どうなってんだ?」

「いや、何かこう、いろいろとあってな。廊下で知り合った」

「廊下って何だよ!? 『いろいろ』の一言で端折り過ぎだろ!?」


 またも理解不能な事態に見舞われて、いよいよ霜馬が吠える。

 しかし、そう言われても隣太郎自身、伊摩と親しくなった経緯で良く分かっていない部分が多々あるので、具体的に説明の仕様がなかった。

 廊下で鉢合わせて口論するのを繰り返していたら、いつの間にか仲良くなっていました――などと言ったところで、霜馬が納得してくれるとも思えない。


「まあ、アレだ。少なくとも彼女とか、そういうのじゃない」


 彼女から意識されている気はするが、とは口に出さなかった。

 言っても仕方がない事だし、仮に事実だったとしても隣太郎には応えられない。

 彼女を見るくらいなら応じるが、亜緒が好きという前提は変わらないのだ。


「そういう関係だったら、驚くどころじゃねえな……ん? 何か音してないか?」

「そうか?……って、ああ、俺のスマホだ」


 言われて落ち着いてみると、ズボンのポケットに入れたスマホが振動していた。

 取り出して画面を覗いた隣太郎の目に映ったのは、『灰谷 十和』の文字。

 失礼かと思いつつも、本人がいないので存分に眉を顰めた。


「何だ? 迷惑メールでも来たか?」

「いや……部活の先輩からだ」


 一瞬、「似たようなものだ」と言いそうになったが、流石に本人の与り知らぬところとはいえ失礼にも程があるだろうと、隣太郎は穏便に答える。

 そのまま着信の内容を見ると、新着メッセージが一件届いていた。

 十和から連絡が来るのは珍しくないので、特に身構えることなく読み始める。


「……今日の放課後、活動に付き合ってほしい、って話だな」

「あれ、トナリ。お前って幽霊部員じゃなかったか?」

「基本的にはな。まあ一応は部員なんで、頼まれ事くらいは聞くって感じだ」


 霜馬も写真部の実態は知っているので、隣太郎は隠さずに説明する。

 伝統ある写真部が幽霊部と化しているのは、校内における暗黙の了解なのだ。

 そう思うと、必死に部を維持させている学校側が、益々滑稽になってくる。


「部長も別にカメラやってるわけじゃないから、写真部としての活動で呼ばれる事なんて、ほとんどないんだけどな。多分、顧問から『たまには活動してる振りをしてほしい』とでも言われたんじゃないか?」

「やる気なさ過ぎだろ。お前んとこの部活」


 噂や隣太郎の話で聞いてはいたものの、想像以上にやる気を感じられない写真部の様子に、霜馬は呆れた表情を見せた。

 これでも霜馬はバスケに真剣に打ち込む部活少年の一面があるので、写真部の体たらくが信じられないのだろう。

 自ら希望して入部したバスケ部と、名前だけ貸すように頼まれた写真部を比較するのも、ナンセンスだろうが。


「そんな面倒な顔してるのは、手伝いが嫌だからか?」

「いや、そういうわけでもないんだが、部長がちょっとな……」

「部長さんって、そんなに嫌な人なのか?」


 らしくもなく躊躇する隣太郎に、霜馬は訊ねた。

 この友人は非常にマイペースで、大抵の事は涼しい顔でやり過ごすイメージがある。

 その隣太郎が嫌がるという事は、件の部長は相当な曲者だろうと思ったのだ。

 ちなみに曲者なのは、完全に当たっている。


「嫌な人というのは違うな……単に俺が苦手なだけだ」

「お前にも苦手なもんがあったんだな」


 聞き様によってはあんまりな発言だが、霜馬がそう感じるのも無理はないだろう。

 隣太郎という人物は、それだけ彼を振り回してきたのだ。


「どんな人なんだ? その部長さんって」

「そうだな……見た目は間違いなく美人なんだが」

「ちょっと待て」


 部長とやらの人となりを聞き出そうとした霜馬だったが、早くも隣太郎の口から聞き逃せない発言が飛び出したので制止をかける。


「何だ? まだ話し始めたばかりだろ」

「いや……美人なのか? 部長さん」

「まあな、好みはあるだろうが、個人的には東風原さんにも劣らないと思う」

「それってさっきの現役読モだろ。あの人に劣らないって、かなりじゃねえか」


 部長が美人というところに妙な食い付きを見せる霜馬だが、実際に隣太郎の基準ではそうなのだから仕方ない。

 ちなみに想い人である亜緒の名前を出さないのは、伊摩や十和の方が一般受けするだろうという判断である。

 隣太郎自身としては、やはり亜緒が一番と主張したいところだ。


「そうなんだが、どうにも癖の強い人でな。俺は少し苦手だ」

「お前が言うって相当だな」


 中学時代から隣太郎に振り回されてきた霜馬からすると、彼が苦手意識を持つほどの曲者というのは、一般人かどうかも怪しいレベルである。

 実際、隣太郎の声が好きという理由で彼を盗聴している事を思えば、一般人の範疇に入るかどうかは微妙なところだろう。


「でも美人なんだよな……それもモデル並みに」


 言いながら霜馬は、友人の周囲にいる女性の姿を思い浮かべる。

 伊摩については言うまでもないだろう。現役読者モデルであり、霜馬も実際に見た事はあるが確かに目を引く美人だった。

 十和は残念ながら見た事はないが、隣太郎の主観では伊摩に劣らぬ美人らしい。隣太郎は変わり者だが美的感覚でズレを感じた事はないので、実際に十和の容姿も期待できる。

 そして霜馬にとってもクラスメイトであり、中学からの付き合いである瀬里。彼女もモデル並みとまでは言わないが、クラスの中では可愛い方だと霜馬は思っている。付き合いの長さのせいか、どうにも色気というものは感じづらいのだが。


 個人の好みはあるだろうが、いずれ劣らぬ美人・美少女である。

 そんな女性たちと親しくしているとは、一体このストーカー野郎に何が起きているのかと、霜馬は世の不公平を嘆いた。

 隣太郎の容姿は決して悪くはない。だが、その実態は自称ストーカーだ。他人から呼ばれるのもどうかとは思うが、自分でストーカーを名乗るのも違った意味で変人と言えるだろう。


 この上、まだ見ぬ意中の後輩女子まで可愛かったら、霜馬はもう何を信じればいいのか分からない。

 いっその事、自分もストーカーを始めるか悩むのではないだろうか。


「せ、先輩……」

「ん?」


 そんな事を考えたのが、まさしくフラグだったのか。


「お、雨葦さん。奇遇だな」

「は、はい。そうですね」


 気が付けば、雨葦 亜緒(噂の後輩女子)がそこにいた。

ヒロインまとめ、みたいな回です。

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