第33羽 変心。神に吼える
「これは俺の変心だ」
「へんしん?」
「心変わりさ、帝よ、お前は言ったな。俺とバニラの間にあったものはもう無いと?」
「で、あろう? ゼンライガーに変身出来ぬのだから」
ライガーが大剣を構える。正眼の構え。柄にある宝玉は無色透明。前までは紅く輝いていた。今はもう色がない。
「違うな」
ライガーは揺るがない。
「絆があるとでも言いたいのか?」
帝のもつ剣。その剣の柄には蒼く煌く宝玉
「だから心変わりさ、今でも俺は剣が持てる。それで十分なのだ、だから俺は変身なんていらない、そんなものはお前にくれてやる」
「異なことを、この力の為に闘うのではなかったのか?」
「半分は嘘だ。バニラの為には力は取り戻したほうがいいのだろうが、俺はもうゼンライガーに興味がない。そうさ、お前も、アヤカシも、俺の剣で斃す」
「不可能だ」
「どうかな、俺はまだ炎を感じている。バニラが灯した炎までは奪えなかったようだな」
「なんの話だ?」
「俺とバニラの間にあったもの。力がなくなって残ったものの話さ!」
ライガーは突撃した。小さな火の玉が、巨大な氷山にぶつかるかのように。
手にした大剣を振るう、そこにかつての威力はない、速度はない。
簡単に弾かれる。それでもやめない、停止したら死んでしまうとでもいうかのように振るう。振るい続ける。
全力の一撃を積み重ねる。
ただの一太刀も入りはしない、帝の剣で、あるいは掌で、あるいは指先で、全て払い落とされる。
ライガーの手に霜がかかる。冷えすぎた膝は、曲がっているのか伸びているのか解らない。視界が白く濁る。眼球の水分が凍っているのかもしれない。
「ウオオオオおおおォォォォォォォぉぉッ!!」
雄叫び。
何かが狂っていた。歯車がかみ合っていなかった。
帝が壊さぬよう、形が崩れぬように凍らせていく。
暴れる鳥の翼を折らぬようにして、その羽根をもいでいくように。
飛べなくなるまで、一本一本引き千切っていく。
空を飛ぶことが鳥の生き様だと知りながら、それでもと。
氷で覆われ、動かなくなっていくライガー、悲鳴はない。あがるのは雄叫びだけ。鳥は吼えない。吼えるのは獣の証。
獣が吼える。
最後の咆哮
帝は何も言わない。
これまで多くの命をもてあそんできた。
他者の運命を玩具かなにかのように扱うのは、悦びだったはずだ。
それがライガーであっても、何も変わらないはずだった。
悲しい訳でもない、目的は達成した。この力があれば国を広く強くすることが出来るだろう。
残念。思い当たる一番近い感覚はそれだ。しかしその言葉だけでは自己の感情が説明できないでいた。
「ライガー」
ただ一言つぶやいた。
鳥達は正門前にバニラを降ろした。地面に降ろしたとき、ひとしきり泣き叫んで大人しくなった様子であったバニラが走り出し、硬く閉ざされた正門を叩きながら愛しい男の名前を泣き叫ぶ。
……やがて鳥達は去り、門番すらいなくなる。
暗闇の中、降りしきる雨。
強い雨がバニラの体温を奪ってゆく。ライガーは今頃どうしているのか、まだ戦っているのか、それとも――。
これまで出来事を繰り返し思い出す。楽しかったこと辛かったこと。
ライガーと共有した沢山の出来事。
ライガーがあの冷たい部屋で凍えているとしたら、この雨の刺すような冷たさすら心地よい。
このまま雨に打たれて死ぬのもいい。
ライガーがもう――いないのならば。
雨音のなか、足音がした。
今のバニラの聴力は一般人のそれだ。すぐ近く、背後で足音がした。
「ライガー!」
勢いよく振り返る。
「よぉ久しぶり」
努めて明るく出した声。ガーベラが立っていた。背中におぶったフクオカが傘をさしている。
「ライガーは? ライガーを知らない? 一緒じゃないの?」
いたたまれない。あまりにいたたまれなかった。
話を聞いたガーベラとフクオカは、バニラを連れて都内の家に帰った。
待った。毎日待った。待ち続けた。
朝廷にも何度も足を運んだ。ただの一度も中には入れなかった。
塞ぎこんだバニラを一人には出来なかった。ガーベラもフクオカも泣きたかった。こっそり一人で泣いた。
ある日、バニラを里に連れて帰ることにした。
バニラは嫌がったが、痩せたバニラには抵抗する気力も体力も無かった。
都に居続けたらライガーの事しか考えられなくなる、生きていく為には里で新しい暮らしをしたほうがいい。……少しぐらいは忘れたほうがいい。
フクオカが決めたことだった。
帝が国号を虹の下帝国に改めた。
玉座に座った帝が号令を出す。
平定に向けて動き出した。
朝廷の地下にはアヤカシが千体以上いた。魂と適当な肉があれば量産可能だった。技術は完全に確立した。
ひけらかす必要はないが、ことさら秘密にする必要もない。これまで以上に大々的に使用するのだから次第に公然となっていくのだろう。
予定通り、アヤカシを兵器として運用していく。
鳥は高く、雲は尚も高く、青い空に大きな虹がかかる。都でも、遠く離れた山里からでも虹は見えた。
鳥達が虹の下を飛んだ。
遥か過去から召喚された土地。その地下深く。
誰もいない部屋に一体の氷像が置かれている。
猛々しい表情、力を込めた腕、振りかぶられた大剣。
今にも動き出すのではないか、そんな迫力があった。
国に虹がかかる。
人々に虹がかかる。
七色の虹のように異なりながら束ねられる。
いつしか虹は消えるだろう。そしてまた架かるだろう。
『あとがき』
これまで虹徹剣羽ゼンライガーをご愛読下さり、誠にありがとう御座います。
これにてゼンライガーは一旦幕を閉じます。
続きはいずれまたどこかでやりたいと思っております。ではまた。
『次回予告』
虹徹剣羽ゼンライガー 《徹の章》
獣であることをつらぬき徹す者がいた。彼は自らを虎徹と名乗った。




