第32羽 世界の半分
「世界だと? それが貴様の野望か」
「野望か、愚かなライガーよ。貴様に世界を教えてやる。歴史を教えてやる。……が、その前にだ。おい、女、いいかげん狸寝入りはやめろ」
「え?」
ライガーがバニラを見る。
ゆっくり上体を起こしたバニラが、恥ずかしそうな顔をする。
「バニラ、無事か?」
「うん、大丈夫みたい。ありがと、助けにきてくれたんだね。でもいったい何がなんだかわからないんだけど、ここは何処? というか寒いと思ったら天井凍ってるし、ライガーはライガーなのにゼンライガーみたいな人いるし」
言いながらバニラが身をよじる。寒いからというだけではなく、どこか照れた様子がある。
「いつから起きていた?」
「ついさっきよ。寒くて、大きい笑い声が聞こえてきて、私の血がどうのこうの言うし怖くて。そしたらライガーが私を取り戻す。って言って」
「嗚呼、そのつもりできた。しかし雲行きがどうも……」
「ふん。まぐわうのは後にしろよ。まずは講義だ」
帝が放つ、冷ややかな空気に、二人は身を寄せ合って縮こまる。
「大名やアカヤシについては、お前の言うことで正解だ、しかし長い時間というのは大抵の物事を変化させる。まして死んでいたのだ。心の在り方が変わって、人の姿を維持できないのも無理からぬこと」
帝の妙な物言いにライガーは戸惑う。
バニラは背筋に寒いものを感じていた。目覚めた部屋、寝ていた机。チグハグではあるものの、見たことがあるよう気がした。
保健室だか、理科室だかの薬品が入っているような棚。今はグラスや酒のボトルが入っている。
寝かされていたベットは、理科室の大きな机だ。壁には黒板らしきものの残骸が残っている。
扉や帝の座る椅子には見覚えがない、それでも大名達が再現する必要性がなく、なおかつこの世界にないはずのものがあった。
「大名やアヤカシの召喚というのはだな、つまるところ死者蘇生だ。その女は死者だ。はるか昔のな。今からおよそ千年前のことだ。この地に召喚されたのはこの建築物だ。土地ごとと言ったほうがいいか。土地には死者の霊魂が何体もこびりついていた。幸い朝廷の管轄する土地の一部に、上書きされる形で堕ちてきたので人民に被害はなかった。ちなみに召喚したのは当時の帝だそうだ。何故そんなことをしたのかは精確な文献が残っておらぬ。しかしその後の研究結果を見れば目的は察する」
バニラは気分が悪かった。しかし驚きはなく「そうか、それで」という変な納得があった。そしてこれから帝が話す内容に検討が、ついてしまった。
異なる世界にしては既視感が強いのだ、ここは。
まるで、時代が違うだけの同じ土地であるような。
「目的、それは兵士、あるいは兵器だ。虹の下がまだ日の本と呼ばれていた頃には国にも政府にも力があり、広い地域を統括していたらしい。今では山を二つか三つ超えた先は魔界と同義。再び統一する為には力がいる。その為、遥か昔から死者を土地ごと召喚し、その死者の願いを実現する形で兵器を製造したのだ」
「ヒノモト。それが世界の本当の名前なのか?」
「否。日の本は世界の一部でしかない。日の本が五体バラバラになったのは海の外の国々のせいだ。大きな戦があったらしい。星を焼く争いだ。結果こうなった。海の外がどうなっているかは知らぬ。知らぬが虎視眈々とこっちを狙っているかもしれぬ。ひょっとしたら虹の下の外側は、もう外の国もモノになっているかもしれぬ。だから力がいる。虹の下が用意出来る最大の力を求めたのだろう。今の余の姿ことがその結晶だ。この力があれば日の本の統一に留まらず、世界を、星を統一できるであろう」
「なるほど、で、俺にその世界とやらの半分をね」
「悪い話ではなかろう?」
「……確かに」
「ちょ、ちょっとライガー……」
ライガーはバニラの方を向かない。剣を背中に収め、目を閉じて考える。
それから器用に片方の目を開けて、口を開く。
「それは、交換条件という訳ではないのだろう? 見逃すから仲間になれ。という訳ではなく、仮に断っても逃がしてくれるのだろう?」
「いかにも。しかしこれは好機だぞ。これほどの正義はあるまい、国を、世界を救うのだ。英雄になる、またとない機会だろう」
ライガーは、また目を閉じて考え出す。帝も焦るつもりはないのだろう、掌を見つめて握ったり、開いたりしている。
「ちょっとまって、勝手に話を進めないで。えっと待って。えーと私の力。変化って盗られたわけよね。返してくれないの?」
「正義の為に有効活用してやる。ヒーローというのは正義を行う者なのだろう? ならば余ほどのヒーローはおるまい」
バニラは歯軋りした。
「人を殺しておいて、ヒーローを名乗るなッ!」
対して帝はこう答えた。
「ならばアヤカシを殺したお前達はどうなのだ?」
「それは……」
ぱんっ! と両手を叩いてライガーが目を開ける。
「話は解った。帝の主張も理解した」
「ほう。では……」
「断る」
ライガーは帝を見据えて、はっきりと口にした。
「…………理由は?」
「俺は、バニラの剣だ」
「もうその女に戦う理由がない、戦う力がない、戦う正義がないとしてもか?」
「これからもお前は人を殺すのだろう。ならば守るために戦う。戦う力はお前から奪い返せばいい。そして正義は朽ちない」
そう言ってライガーは帝を指さす。
「バニラの正義のカタチ、返してもらうぞ」
「死ぬぞ?」
「だろうな、バニラ。先に帰れ」
「ちょっと! 勝手なこと言わないでよ! 私の剣なんでしょ? だったらこれからも私を守ってよ。死んだりしないで、帰るなら一緒に帰りましょう。変化なんていらない。貴方がいれば、私……」
帝が立ち上がって叫ぶ。
「天使、いるか?!」
扉を開けた鴉が一礼する。
「はい、ここに。帝様、変化の獲得、おめでとうございます」
「お帰りだ。女だけな、連れて行け」
「承知しました」
鴉がそういうと他の鳥達も部屋に入ってくる。白鳥がバニラを後ろから羽交い絞めにした。
「ほら、いくわよ」
「イヤッ! 離して、ライガー! ライガぁー」
扉が閉まり、部屋には二人だけになった。
静寂と冷気が部屋を満たしていく。
「賢いかと思ったが、気のせいだったな、氷の像にしてやろう」
立ち上がった帝が、床に刺した剣を手にする。
ライガーは剣をまだ手に取らない。
「これは、俺の変心だ」




