第27羽 四十年
レオナはおばさんである。
もう四十年以上この世界にいる。
若作りなどはとうに止めた。
己の年齢を受け止め、境遇を受け止め、運命を受け入れている。
人生の味を知り、腹の奥に納めている。
おばさんと呼ばれても柔和に「なんですか?」と言える方のおばさんである。
レオナは三人目の自殺者だ。自分を訪ねてきた可愛い後輩。二十一人目からレオナ大名などと呼ばれるのはくすぐったいのだ。だから言ってあげた。
「うふふ。おばさんで構いませんよ」
部屋の造りはティナの所と大差がない。それもそのはず、レオナがオリジナルなのだ。この中世の日本のような文化様式の世界に、現代日本に見られる文化を意欲的にもたらしたのがレオナである。
建築物はその最たるものだ。
「いえいえ、そういう訳には……」
二十一人目の死者、レオナの向かいにいくらか浅く座ったバニラは、恐縮をしている。
それを見て私にもあんな頃があったからしらね。と、おぼろげな記憶を探ってはレオナは微笑んでいる。
おばさんでも、なんならおばあさんでも構わないのだ。女性に年齢を聞くのは失礼だというが、レオナにとっては自分の年齢などただの数字にしか過ぎなかった。
「おばさんでいいのよ」
「いえいえそういう訳には……」
同じやり取りが繰り返される。後輩には申し訳ないが、レオナにとっては心地のいいやり取りだ。
微笑は、長くは続かなかった。
長らく笑顔の裏にしまったものを引きずりだされたからだ。
バニラの横に座る、背の低い女子が言った。
「おば様を朝廷側の人間ではなくバニラ大名と同じ、元日本人として相談致します。朝廷を倒すのってどうしたらいいかしら?」
「――待って、今なんて……。いや! いいわ、言わないでちょうだい。ちょっと待って。え? どうして……」
バニラとレオナのやり取りを、まだるっこく感じたフクオカは、アヤカシと大名のことも、これまでの経緯もすっ飛ばして質問した。
「朝廷はアヤカシと繋がっているのはご存知ですか? いえ、ひょっとしたら繋がっているどころではないかもしれないのです。ここのバニラ大名は朝廷にその身を狙われています。私達にとっては朝廷は信用できる相手ではないのです」
「ダメよ」
否定の言葉は冷たい刃物のようで、それまでの柔らかい印象はない。
「突然こんな話をされて混乱するのも解ります。ですが一つずつお話を聞いて貰えば信用して頂けると思います」
「違うわ、そういう問題じゃないの。もうやめて」
「それは、おば様はもう朝廷側の人間ということでしょうか?」
レオナは目をつぶり首を振る。フクオカに代わって再度バニラが、レオナに申し出る。
「ごめんなさい。失礼なのは重々承知しています。でも私達が頼れる相手はもういないんです。朝廷やアヤカシ、それに私達のことを教えてくれるだけでいいんです」
「だから、待って。私を巻き込まないで!」
「巻き込むって……レオナ様も大名でしょう? レオナ様にも関係があると思うの、ヒスイの里というところで……」
「だから、もうだまってッ!!」
高そうな石のテーブルを叩き、ヒステリックに叫んだレオナ。あがった息とは裏腹に、顔色は青白い。
顔を両手で隠すようにして、テーブルに肘を置く。
一同が沈黙した中、直立不動のまま話の成りゆきを聞いていたライガーが軽く首を回した。
「御仁、何を恐れている?」
レオナは顔を手で覆って伏せてたままだ。ソファに深く座ったレオナの髪毛に白いものが混じっている。
「黙れと言われてはいそうですか。とはこちらも行かぬのだ。それぐらいの事情はある」
レオナは同じ姿勢で、イヤイヤするように首をふるのみ。
「レオナ様が話をしてくれれば恐れるものを無くせるかもしれない。それが互いにとって一番利に通ずるのではなかろうか?」
「わかってないのよ」
顔を覆った手の隙間から搾り出すような声。
「何が?」
「……帝の恐ろしさよ」
レオナは、手を顔から額へとずらす。指先は髪を掻き分けてしまってセットが乱れた。
「帝? 朝廷ではなく?」
「帝は、ただの朝廷における最高権力者じゃないわ」
そこまで語ったレオナは、立ち上がって窓の外を素早く確認すると大きなカーテンを閉めた。続いて扉を開けて外の様子をうかがう。誰もいないことを確認するとドアを閉めて鍵をかけ、ソファにどかっと座りなおした。
明かりをつけていないので室内は薄暗くなったが誰も文句を言わない。
「帝に逆らうのはよしなさい。バニラさんを差し出すのが一番だけれど、それが出来ないのなら、せめて遠くまで逃げなさい。虹の下の外まで出ればそう簡単には掴まらないだろうから。外は外で言葉が通じないとか大変だろうけど、帝に捕まるよりはマシでしょうよ」
虹の下とはこの地。朝廷が納めている国と里についた名前だ。遥か昔はもっと遠くの土地までも虹の下だったが、ここにいる誰もがそんな過去のことを知りはしない。
「どうしてですか? このライガーは強いわ、アヤカシだって今まで何体も倒しているの、それに私だって多少は闘えます」
「もう知ってるんでしょ? アヤカシの正体を。それでも闘えるの?」
「…………」
「わたしは幸運にも闘いに向いた異能はないけど、あったとしても闘いなんてまっぴらゴメンよ。元クラスメート、学友同士で殺し合いなんてしたくないわ。友達だった人もいるのよ」
「……」
「俺は闘える。バニラが闘えないとしても俺が闘う」
ライガーをちらりと見たレオナは、視線を外して目をつぶった。
「無理ね」
「どうして? お兄様は強いのよ」
フクオカも食いつくが、レオナは首をふる。
「ライガーさん、貴方、私がなにを恐れているか聞いたわね」
「いかにも。どなたかを、アヤカシにでもされましたか?」
かねてより予想していたことであった。大名がアヤカシになってしまうのであれば大名は潜在的に人類の脅威である。大名自身にとっても避けたい事態だろう。帝にその能力があるのであれば、大名であるレオナが恐れるのも無理からぬことである。
しかし――。
「逆よ。帝はアヤカシを人にしたの」
「え? それってどういう?」
バニラもライガーもフクオカにも言ってることが、よくわからなかった。
「どうせだから……見ていきなさいな」
レオナは立ち上がり、カーテンを開け、カギのを解除して扉を開けた。
「ついてきなさい」
ライガー達は頭に疑問符を浮かべたまま、そう言うレオナの先導につき従った。
里のはずれ、小さなお堂があった。道の途中は苔が生え、人の往来が滅多にないことをうかがい知れた。
「ここに人がいるんですか? 元アヤカシの」
バニラの問いにレオナは答えない。
覚悟を決めた。そんな顔をして、かんぬきを外すと扉を左右に開いた――。
そこには確かに人がいた。
うつ伏せのような身体をくねらせた、決して寝やすい体勢ではない。変な形で倒れている。
その姿勢で動かない。一瞬、死んでいるのかとバニラは思った。
ちがう、生きているとか死んでいるとか、体勢が変だとかそんなことよりもあからさまな異常がある。あからさま過ぎて嘘のようであった。
レオナは倒れた人物まで歩いてしゃがむと、人物を仰向けにした。抵抗もなくごろん、と無造作に転がされる。そしてその頭髪のない頭を引き寄せて膝枕をした。
髪はないけど女の人だ。その人物には……。
目が無かった。
鼻が無かった。
口が無かった。
耳が無かった。
頭部はただ髪が無いのではない。肌というには無機質に感じるほど光沢がある。透き通った素肌同様に毛穴というものが無かった。
「この娘は見ての通りのっぺらぼうよ、ついでに下の方もないから排泄をしない。さらに触覚もないの。つまり五感の全てがないのよ、意思の疎通も出来ず、死ぬこともなく四十年近くこんな状態よ。……こんな状態で何が人だよと思うかもしれないけど、私にとっては人よ。こっちで最初に出合った時の血を求め、暴れ狂ってた時を知っているから。……遥か以前。前の世界、でいいのかしらね? あっちでは友人だったの」




