第26羽 イセのティナ
「あたし、アヤカシなの?」
「少なくとも現状は違うな」
ライガーはぶっきらぼうに言った。
大名もアヤカシも元バニラの世界の人間。どうもそうらしい。朝廷に話を聞くことができればそれが一番いいだろう。しかし朝廷はバニラを狙っているので危険が大きい。都に戻ることすら躊躇われた。
「ねぇどうしよう」
「大名だ。なるべく古い奴に話を聞きたい」
「そうね……わかった。でもまず、知り合いの大名に会うわ。彼女なら信用できるし」
「いいだろう。その御仁は何処に?」
「たしか……そうイセの国よ」
…………。
ティナは五月の寒空を見上げて落ちた。それまでの十九人と同じように死んだ。あっちで十七年、こっちで二年。合わせても十九しか生きていない。……はずだ。
しかし何だか長い時を過ごしてきたように感じていた。
きっと、こっちに来てかの環境の変化でそう感じてしまうのだろう。そう自身を納得させていた。
出来ることなら他の大名に会ってみたかった。ティナが会ったのは指導をしてくれたカイザーと自分が指導したバニラだけ。その他の大名には会ったことがない。自殺者の何人かは面識があると思うのだが、報道を真剣に聞いていた訳でもなく誰が来ているのかよく知らないのだ。
当時のティナといえば連日のように人が死ぬ状況に、じっと耐えるようにして毎日を過ごしていた、まるで嵐が通り過ぎるのをまつかのように。
だから報道は遠ざける。学校が休校になってからは自宅からも極力出なかった。その時のことをたまに思い出しては後悔するのだが、どうしようもないことだ。
知っていたってどうしようもないのだ、勝手に国を出ることは出来ない。
今の自分には飾りとはいえ役目がある。従える多くの民がいる。自分の出身地と偶然同じ名前の土地、イセを治める、大名なのだ。
大名なら誰でもいい。昔のことを、あの世界のことを語り合いたかった。
だからその来訪は、ティナにとってこの上なく喜ばしいことだった。
「大名バニラが? ええわかりました。通して下さい」
「よろしいのですか? 同伴者に大きな剣を持つものもいます。それにバニラ様自身もかなり戦闘に向いた異能を持っていると聞き及んでいます」
「バニラは大丈夫ですよ。信用できる相手です。ただそうですね……。同伴の方には別室で待ってもらおうかしら。よろしくて?」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げた執事が、執務室の扉を閉める。先代の頃からこの国の主に仕えていた執事は、主がかわってもその勤務姿勢は変わらない。
ティナはなんだか気にいらなかった――。
髪留めを外して軽く指で髪を梳かす。滑らかな赤い髪が針のように真っ直ぐ並んでそろう。短く息をつき、お休みのモードに切り替えた。
「ご無沙汰しております。突然の来訪失礼致します」
「ちょっと堅いわ、バニラ。貴女と私の中じゃない」
バニラの肌は褐色、髪は緑がかった白。彼女もオフのモードということだ。
ただいつも身につけている彼女の髪飾りが気に入らなかった。
そんなことはおくびにも出さず。ティナは来訪したバニラを迎え入れる。久しぶりに会う同郷者。それも気心の知れた者。なつかしい話を咲かせるのに、これ以上うってつけの相手もいないだろう。
バニラは確かに昔の話をした。しといえばした。具体的には古い大名を知っているか、何処にいるか聞かれたのだ。バニラはティナよりも報道を見ていて何人かの自殺者の名前をあげてくれた。なるほど確かにそんな報道だったはず。それはいい。問題はその理由。
バニラはアヤカシと大名の類似性に気づき、調べようとしているらしい。しかもバニラ自身が朝廷に狙われているという。とんだ厄ネタである。
「バニラ……あなた……」
「ごめんなさい。相談できる相手がいなくって」
そう言うバニラは化粧を全くしていなかった。都からイセは決して近くない。相談の為だけに少ない従者を連れてはるばる来たのだ。
ティナは自身のマニキュアに視線を落とした。
「いいわ。といっても私当時は報道を避けていてね。誰が自殺したとか詳しくないのよ。覚えているのは最初に自殺したフブキさん、それと……そうね、一人だけ心当たりがあるわ。都にあるあの家の最初の持ち主よ」
「レオナさんね?」
「ええそう」
あの家とは、バニラが住まいとしている6LDKの邸宅のことだ。
何人かの大名は治める土地が決まるまで、その家を使ったということが解っている。そして最初に家を建て、住まいとしていた人がレオナという大名であることも。
「レオナさんはサガミという国にいるわ。ここからだと遠いけど、貴女なら大丈夫ね」
それからレオナは簡単な地図を書いた。方位さえ合っていればバニラなら着くことが出来るのだ、詳細な地図というものはこの世界には流通していないし、これで十分だろう。
「ありがとうございました」
急ぐ旅ではないのでしょう? 一日ぐらい泊まっていきなさい。
言おうと思った言葉は喉でつっかえて、上手く出なかった。
「い、いってらっしゃい」
扉が閉まる――。
ソファから立ち上がったティナは机に向かう。
髪をバレッタでまとめて書類へと向かった。サインするだけの簡単な仕事だ。
内容を読み飛ばせばものの十分で終わる。
扉を睨みつけてティナは言った。
「いいわね」
ティナは気に入らなかった。




