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虹徹剣羽 ゼンライガー  作者: 雷然
虹の章
25/33

第25羽 火と水と、虹と炎

第25 火水

 頭の中は霞がかっていて、音も色も時間の流れも自分が誰なのかさえはっきりとしない。流れ飛ぶ灰が視界に映ったとき、何かが弾けた。全てがクリアになって、同時に黒く塗りつぶされた。


 “敵”を認識したリラがなぐりつける。

 ゼンライガーはなんの痛痒も感じない。拳の握り方すら知らない乙女が何度も、何度も、何度も拳で鎧を叩く。

 ゼンライガーの額を殴ったとき、額が紫色の血で汚れた。

 ゼンライガーの血ではない。

 リラは勝ち誇ったような微笑を浮かべ、連打を加速させる。


「はぁ」


 ずっと膝をついていたゼンライガーが、そのままの姿勢で片手を振り払う。

 裏拳でもない、適度に指を開いた手の裏側で蝿でも振り払うかのような動き。

 手の甲で押されたリラは激しく吹き飛ばされ、土の上を五回バウンドして停止した。


「ふう」


 ゼンライガーは立ち上がる。大剣で身体を支えるというほど重症ではない。片手に杖をもつかのように軽めの動きだ。

 そうして立ち上がったゼンライガーは背中に剣をマウントし、焼け焦げたマントを再展開する。


 城の入り口、フクオカに肩を借りてバニラが立っていた。


「もう、大丈夫」


 フクオカに声をかけたバニラがゼンライガーに近づく。ゼンライガーはうつ伏せに倒れたままのリラをチラリと見てから、バニラへと近づいた。


「傷の具合は?」


「ええ、大丈夫よ。腕は折れてるけど」

 にへっと笑うバニラに対して、ゼンライガーは申し訳ないという風だ。

仮面で顔は見えはしないのだけども。



「ソアラ……」

 うつ伏せのリラがつぶやく。どす黒い感情は燃料を燃やし尽くした気球のようにしぼんでいく。代わりに果てのない悲しみだけが洪水のように押し寄せてきて、激しい流れに飲み込まれる。

 おじさんになっても子供っぽい言動。真っ直ぐな瞳。ソアラがしてくれた幾つものこと。ごめんね私だけこんな身体になって、沢山迷惑かけたね。

 化け物になったのに殴れば痛い。手の甲の皮膚が破けてボロボロになっている。見たくない。見たら余計に痛い気がする。オーガ君は強かったな。ソアラも強かった。私、見てたのに何もしてあげられなかった――。

 


「ねぇライガー、その……ソアラさんは?」


「殺した」


 (あえ)て倒したではなく、殺したとゼンライガーが言う。


「そ、そうなの……あのね、私考えたのだけど大名とアヤカシには私達が思っている以上の関係があると思うの、オーガとリラさん、それにひょっとしたら他のアヤカシだって……」


「ソアラもそんなことを言っていた」


「だからね、もう止めにしない? その……人を襲っているアヤカシはこれまで同様止めないといけないと思うけど、リラさんは多分、そうじゃないのでしょう? まだ生きてるんだよね?」


「いいや、この場で処理する」


「どうしてっ!? そんなのヒーローがすることじゃないわッ! ただの弱いものイジメよ」



「……俺達は熊が憎くて殺している訳じゃない。生きるためだ、それはアヤカシも同じ、生きるために殺す。殺して食う。アヤカシも俺たちも基本的には同じだ。大名とアヤカシの関係性はさほど重要じゃない。今回はこっちが熊の番。熊だって黙って殺されるわけにはいかない、自分の身を護る為に牙も爪を振るう。子供を殺された熊は人里まで人間を殺しに来る。だから子を殺す時は親も殺す。熊は知性も優しさも勇敢さもある生き物だ。人はそんな熊を殺す。殺すのだ。アヤカシが人を食べる生き物ならば、俺はアヤカシを駆除する。それだけだ。そこには正義も悪もヒーローもない」


 バニラは衝撃を受けた。アヤカシが悪で自分は正義。それが立ち位置だと思っていた。根底がは覆され、アヤカシが悪ではないかもしれないと考え直した。考えを改めたのだ。

 その覚悟でゼンライガーに問うたのだ。

 そう覚悟を決めていたのだ。

 ところがどうだ? 最後の砦、自身の正義すら砕かれた。

 バニラは自身が受けた衝撃の理由がわからない。ゼンライガーの言った言葉が理由だが、正義そのものが、ヒーローである絶対条件が揺らいだことに気づいていない。ただ衝撃だけが全身を震わせ、頼りない感覚に襲われる。

 自分の足元が消えてなくなったような。突き落とされた感覚に。


 ゼンライガーは気づかない。ゼンライガー本人の正義を否定しただけのつもりが、バニラの正義まで失わせたことに。



 ゼンライガーがリラに近づく、背中の大剣を抜いた。急いではいない。一歩一歩確実に近づく、処刑を待つ重罪人の気分、リラはそんなことを考えた。もう少しでソアラに会える。出来れば敵討ちしたかったけど、どうも相手が悪すぎる。ソアラなら最後の最後まで抵抗したのかもしれないけど私はそんなガラじゃない。悲しいし、寂しいし、ソアラに会いたい。


 緊張した顔で告白してくれたソアラ。あの時も夕焼けだった。嬉しかった、私もずっと好きだった。

 初恋だった――。

 首を動かして夕焼けにそまった世界を少し眺める。

 夕焼けにたたずむ少女、バニラを見た。


 思えば……あいつが悪いんじゃないのか? バニラがいなければソアラが傷つくこともなかったんじゃないのか? ゼンライガーには勝てなくともバニラはどうだ? すでにダメージを負っている。満足に動くことも出来ない。

 今なら。

 今だけが最後のチャンス。

 

 ゼンライガーはまだリラの腹心に気づいていない。

 リラは水を編む。原理はわからない。わかる必要もない、今はただ的を打ち抜くだけ。毛玉のような水玉から水を射出する。全ての工程は(まばた)きよりも短い。極限まで加圧して、最小まで絞って、最大速度で撃ち出す。

 

 バニラ目掛けて水が一直線に飛ぶ。刺されば必殺間違いなしの一撃。


「どうして?」


 砕いた腕部の装甲。

 残りの水の槍は炎に遮られ、十分な威力を発揮していない。

 ゼンライガーが、バニラの前に立っていた。

 間に立って、最後の希望を打ち砕いた。


「ふんッ」


 ゼンライガーの投げた大剣が放物線を描き、リラに突き刺さる。

 リラは死の間際、ひどく綺麗な虹を見た。

 虹がゼンライガーとバニラに架かっている。


 違う。声にしようとしたが命の尽きる寸前なのだろう。喉も唇も動かない。私とソアラで作った虹ならばもっと綺麗なはずだ。

 ソアラの暖かな火が恋しい。


 リラの身体は灰になり、ソアラ同様、風に溶けた。

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