第17羽 ライガーの女遊びと、帝の葉巻遊び
ギィと革張りの背もたれにもたれた帝は、葉巻というものに火をつける。
吸い方はこれで合っているのか? それにしてもまったく美味くない。
どこぞの大名はこれを美味そうに吸っていたが、煙が美味いだなんて、あちらの世界の人間はよほど味覚がお粗末なのだろう。
帝は自身の味覚を棚に置き、そんな感想を持つ。
報告を終えて去っていった宮仕え、彼の閉めた分厚い扉に、咥えたばかりの葉巻を投げつける。
「はぁー。変化の力か。思ったより強力だった、と、いうことか」
変化の力で姿を変えた一般人が屋根まで跳んで、その屋根を踏みぬいたか、なるほど。用意できる人数によっては強力な軍団がつくれそうだ、しかし流石にそこまでの性能はあるまい。
アレの手駒の数だけ留意しておけばよい。
ただ、マホトの死因が気になる。
それに関係しているとなれば、脅威度合いを高く見積も必要があるだろう。
何にしても、早めに対処するが吉か。
異端者が想定外の事故を起こしてからでは遅い。計画は全て、予定どおりに行う。
「やれやれ、まずは正確な情報が必要かのう」
偏屈で我慢強く、孤独な王。帝。彼は机の引き出しから、残りの葉巻が入ったシガーケースを取り出して開ける。
入っている葉巻は四本、もう一本入っていたであろう隙間がある。
帝は顎に手をあて、うーんと唸りながら考えたのち、四本を手にとり天井を向いて、口をあけて四本の葉巻を入れた。
咀嚼は三度。
ごくり。喉が異物で膨らんで――元通りになる。
「腹が減ったな」
葉巻を平らげた帝は、投げた葉巻を踏み潰して、部屋を後にした。
――母との一件が悲しくなかったわけでもなく、傷が癒えたわけでもない。
それでもライガーがこれまでどおりに振舞えているのは、結局の所、支えられているからだ。
二人の女性に支えられている。
一人は幼馴染の妹分、フクオカだ。
則宗家の娘で、意思の強さと頭の良さではライガーも一目置いている。母の件では、彼女のおかげで溜飲が下がったところが大きい。
もう一人は大名であり、ライガーに変身能力と、人としての自信を与えたバニラだ。
彼女からは衣食住も提供してもらっていて、ライガーは頭が上がらない。
ライガーは申し訳ないので、何かしらの仕事をしたいと伝えたのだが、ヒーローとしての活動を命じられてしまった。
いや、そうじゃない。
確かにヒーローとして、人々を守ることは立派な行いだ。この力はバニラからもらったものだし、存分に協力するつもりである。
だが違うのだ。
生きていく為に賃金の発生する、賃金でなければ物品でも良い。
とにかく収入となる仕事がしたいのだ。
しかしそんなことを言えばバニラからお小遣いを渡されてしまいそうなので、何も言えないライガーだった。
「お金が必要なの? 言ってくれればいいのに……って言われそうでな」
「ええ、でしょうね。言うでしょうねお兄様。そのあと誤解を解こうと説明してみても、お金なら困ってないから大丈夫とか言われて、それまでよ」
ライガーは、頭のいいフクオカならば妙案がでるかもと相談したのである。
結論からいって案は出た。しかしそれは。
「だからね、お兄様。こっそり内緒で働けばいいのよ」
という妙なだけの案だった。
ライガーとしては騙すようなマネを、素晴らしいとは思えなかったのである。
結局ライガーはその案には乗らず。今日とて都の町を当ても無く歩きまわっている。
フクオカはお留守番、バニラは郊外でアカヤシの出現がないか情報を集めにいった。
都は本日も平和であり、ありがたいことにパトロールの成果は無く、バニラも同じであった。
彼女は自身が作った夕食に手をつけず、組んだ両手をテーブルに架けた。
「明日は打って出ようと思う」
「打って出る?」
ほお張った口を、いくぶんモゴモゴさせながらライガーが答えた。
「お兄様、行儀悪いですよ」
「ええ、都は落ち着いてるし、それはアヤカシも同様。神出鬼没だからアヤカシの方は油断できないけど、なんにしても動くなら今かなって。ほら、カイザーのところに乗り込んだじゃない? はいそこ! 暗い顔しないの! それでね、朝廷だって莫迦じゃないし、目をつけられただろうからここからは一気にガーっと」
「ふむ。言いたいことが見えてこないんだが?」
「ほとんどの大名は自分の家、領地の中のほんの小さなエリアしか守ってないわ、アヤカシが出ても見て見ぬフリ、アヤカシの腹が膨れてどこかに行くまで何もしない。それどころか、民の富を吸い上げて、自分だけはイイおもいをしようってクズがほとんどよ。カイザーもクズだけど、朝廷の威光があるから重税とかはない。近郊の他の大名も似たようなもの。問題はもっと遠方、田畑は荒れ、人々の生活は困窮しているわ。地方の里を悪い大名から救うわ」
「バニラさん一応聞くけど、不可侵条約だかなんだかは?」
「もう一度破ったし、同じことよ、それに昔から大名達を許せなかったのは私も同じ。ライガー達だって大名が嫌いなんでしょ」
「ええ、嫌いよ。でもあなたのことは嫌いじゃないわ」
「あら意外ね、フクオカちゃんに好かれているとは思ってもみなかったわ」
「別に好きってほどではないわ、ただ貴方が人として尊敬に値する人だとは理解しているつもりよ」
真顔でそう返すフクオカに、バニラは反応に困った。
ちょっとからかってやろうと思っていただけに罪悪感もある。
「ら、ライガーはどう?」
ライガーは器用に、眉を片側だけ上げた。
「それはバニラを好きって話か? それもと大名が嫌いかって話か?」
フクオカもバニラもライガーに好意を抱いている。告白のようなことをしたことは無いが、好意そのものはライガーにも伝わっている。
伝わっていることを、二人とも理解してはいるが、ライガーはどちらにも、なんのリアクションもしてこない。そのクセたまに思い出したように“好意”に触れてくるのだ。
「だだだ大名が嫌いかって話よ!」
「ああ嫌いだね。でもバニラのことはそうじゃない」
「それって、つまり」
「好きってことだ。……従者としてバニラのことは俺も、尊敬している」
そう言うとライガーは、止めていた食事を再開した。
一瞬固まった空気が弛緩し、ライガーの遊びに二人がやきもきした頃。
「ひとまずこれで様子を見るか」
朝廷の政庁を執りおこなう“院”に引けをとらぬ規模の“宮”。
その広大な地下から一体のアヤカシが放たれた。
次回予告
大地を干からびせる太陽
海に沈んだ町。
自然に善悪はない。
そして全ての生き物は、自然の一部である。
「第18羽 お兄様が私の気にしていることを案じていることを私は知っています。だから。」
……だから匂うのだ、お前は。