第13羽 モーニンググローリー
一同がバニラ邸にて、カレーライスを食べた翌日の朝のこと。
「……という訳で騎士はいま私についていないの。朝廷としては当面の間、活動を自粛するようにってことみたいなんだけど」
朝食をとったあと、互いの近況について詳しいやりとりをする。バニラ邸のアイスの貯蔵はゼロになった。
「まーそりゃ無理もねーよ。騎士が何人いようとアヤカシ相手じゃ役にたたない、足手まといになるぐらいなら同行拒否も仕方ないじゃねーの」
盾や囮としての実用性を意図的に無視して、ガーベラが言う。
フクオカは腰に手をあてた。
「でも今後も続けるんでしょ、アヤカシ狩り」
「ええ当然です。私は大名、ヒーローですから、だから、その……」
バニラの歯切れは悪い。食べきった最後のアイスカップを置いて、フクオカがバニラを指さす。
「あなた! 最初からそのつもりだったのね!」
「いえ、決してそういう訳では! ……うーんあの、そうなったらいいなぐらいには思いましたけど」
「ほら、やっぱり」と言うフクオカを遮るようにして、ライガーが口を出した。
「バニラ、俺からも話がある」
「え、あ、はい」
ライガーは地面に片膝と拳をつく、正しい作法なんてライガーは知らない、ただ礼は示しておきたかった。二人にとって大事な儀式になると
「この身は、あなた様によって救われました。あなたがいなければ、私は一生里で腐っていたでしょう。あなた様からすれば、剣を振るえる、振るえないかなど、瑣末な事なのかもしれません。ですが私にとっては生きる理由を得たに等しい。どうかこの身と、この身に宿った力が必要であれば只一言、来いと仰ってくだされ。さすればこの不肖ライガー。誠心誠意、バニラ様にお使え致す所存です。」
「ライガー様……」
「私に様は不要です」
「解りました」
バニラが姿勢をただす。
「大名バニラが命ずる。ライガー・虎徹よ。私の剣となれ!」
「ははッ」
「話はまとまったか? じゃー俺は帰るぞ」
ソファから立ち上がったガーベラは玄関に歩き、熊革でできた靴を履き始めた、丈夫なのはいいのだが、脱ぐのも履くのも、時間がかかるのがこの靴の難点だ。
靴と格闘するガーベラの背中に、ライガーが語りかける。
「ガーベラ、ここまでありがとな。それと親父にはよろしく言っておいてくれ」
「へいへい。おい、フクオカお前どうする? 帰るか?」
ガーベラはいつものおどけた口調で、フクオカにふる。
「バカ兄貴、ホント莫迦じゃないの。二人っきりにしておける訳ないじゃない、バカ」
「だよなぁ」
外に出た四人の中から一人だけ、ガーベラは帰路を歩き出す。
姿が見えなくなるまで三人は見送った。そして――。
「わたくし、フクオカさんまで家に入れるとは言っていませんが?」
「ちょっ? あんたねぇ。話の流れで理解しなさいよ! 気に入らないけど家来になってあげるわ。それなら文句ないでしょ!」
「言葉使いが気に入らないわ」
「俺も常に、ていねい語にしたほうがいいだろうか?」
「ライガー様、コホン。ライガーは普段どおりでいいわ。私のこともどうか呼び捨てで。ネッ♪ らいがー」
「あんたほんと、お兄様になれなれしすぎるじゃありませんことォ?」
フクオカの言葉使いが怪しい。
「別にいいじゃありませんか、私とライガーは臣下の契りを結んだ者であり、力を分け与えた関係。それこそ兄妹に勝る関係でありますわ」
半ば予想できたこととはいえ、これからこの二人をなだめながら家臣をやっていかねばならぬかと思うと、里での暮らしが早くも恋しくなるライガーだが、同時に彼は理解していた。
この世に剣を振り回すだけですむ、簡単な仕事などないのだと。
「はいはい、二人ともその辺でやめておけ。特にフクオカ、おとなしくしないと今日はアイスクリーム抜きだぞっ」
「アイス!」
「バニラ、今日は都を案内してくれ。道中でアイスも買いたい」
「ええ、そうしましょう」
一方そのころ。
都の中心部。朝廷と呼ばれる最高権力機関の最高権力者。
国のトップ。君主。王。天子。古今東西様々な呼び名があるが、この国ではその人物を帝と呼んだ。
帝は己の使命を国の繁栄であると定め、それに邁進していた。
一人、執務室でつぶやく。世の権力者がそうであるように、彼もまた孤独であった。
「あと、一体か二体もあれば十全かのう」
そのつぶやきは誰にも聞かれることはなく、誰にも理解されない。
次回予告
時に幸せは、個人の努力ではどうにもならぬことがある。
抗えぬ濁流の中でもがき、あがく、右も左も上も下もわからぬ暗い暗い水の底が、口を開ける。
「第14羽 トきめく時は唐突に止められる」
手招きをする悪魔が、想い人の母を連れてくる