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虹徹剣羽 ゼンライガー  作者: 雷然
虹の章
10/33

第10羽 狼煙火(のろしび)

 生まれてからこのかた、この世は楽園だ。

 獲物は豊富で、脆弱だ。

 腕をとおして伝わる、やわらかい肉の感触。芳醇な血の香り。

 心地よい悲鳴。

 ヒトとは弱い生き物なのだ、他人の死を(いた)んでしまう生き物なのだ。オレにそんな感情はない。分身は道具だ。道具がいくら傷つこうとも一向に構わない。肉体的な性能と精神的な強さ。全てに勝るオレこそが地上最強の生物。


 今日も()()()()ランチタイムだ。本日のメニューは子供二人に奇妙な女が一人。久しぶりに歯ごたえのある相手で楽しかった。それも終わり、そのはず、ビジョンは見えた。女は子供の死を悼み、苦しむ。逃げる力すら無くして絶望して死ぬ。予定は完璧。

 なのに――。



「なんだオマエは」

 

 子供の首を切り落とそうと振るった腕が止まっている。“予定”にない光景。

 

 全身から湯気を放つ人間によって、腕が止められている。刃に等しい己の腕は鉄をも切り裂く。その腕がただの素手に受け止められている。


「はて、オレがどうなっているのか自身でも正確なところはわからない。ただ、お前がなんなのかはわかる」


「ナニ?」


「俺に、斃される者だッ!」


 シっている。知っているぞ、これは、―― () ()だ。

 チガウ、違う、ヒトは脆弱なものだ。オレが ()レルことなど無いのだ。


 思わず腕を、切り離して、距離をとったが断じて、()()など。()()てなどいない。

 そうだ。奴を観察しろ。未来は……オレがヤラレル未来は見えない。大丈夫。ダイジョウブのはずだ。






「――――兄貴、早くお兄様を追いかけて行きなさいよ。」

「いや無理だろ。視たろ? ライガーのあの速度。今から全速出してもおいつかねーよ」

「突然どうしたのかしら」

「決まってるだろ。近いんだよ、あのお姫様が」

「大名ね、だ・い・みょ・う」



 ……嗚呼、この“熱”はどこからきたのだろう。

 決まっている。あの人がくれた熱だ。この熱が教えてくれる。

 私はここよ。と。

 この熱さがいう、闘え、抗えと。

 この世の不条理を破壊しろと俺を攻め立てる。

 ――これは、その為のチカラであると。


「あれだ、剣が要る」


 ライガーは背後から振り下ろされる、分身の一刀を掴むと、そのまま前方に投げ飛ばした。

 幼い兄妹に目線の高さを合わせ、二人に逃げるように指示をした。流石お兄ちゃんだ、よく妹を守ったな。そんなようなことを言った。兄はしっかりうなずいて妹の手を引いていった。

「よしよし」


「キシャァァァ」

 立ち上がったアヤカシがわめく。耳障りだ、すぐに黙らせる。


「こい!」

 呼んだ。あれが要る。あれがないと変身できない。


 アカヤシが自ら切り落とし、残していった腕からアヤカシが生えた。これで計、三体。


「ライガー様、あなた、生きて……」

 バニラの目から涙があふれる。死んだと思い、毎日泣きはらしていたが今日の涙はそうではない。


 これはあの日、彼の背中を見て流しそびれた涙だ。次から次へ湧きでてくる。


 超高速で飛来した大剣が、やや減速して地面に突き刺さる。

 分身二体の同時攻撃。両腕を使った、四方向同時攻撃。

 ライガーは目を閉じ、柄尻の宝玉を握りこむ。


「……“変身”」


 炎が、吹き上がる。

 火の大蛇が剣を喰らい、炎の津波で溺死した。鋼の魔王は血を鉄に化え、白く煮えたぎる鉄は、血管を焦がしながら全身を駆け巡る。


 ……ぬるい、ぬるいぞ! もっとだ。

 砕けた心が融解し、凝固する。

 

 炎と鉄は鎧となり、剣となった。


「ふん!」


 四つの斬撃を一薙(ひとな)ぎで吹き飛ばす。アヤカシどもの腕を斬り、砕き、押し返す。


 なんだこれは。予定外の状況、これを打ち破るビジョンは……これだ。


「キサマ、この女がどうなってもいいのか?」

 声をかけた方には、負傷した分身がいるだけだ。武者兜の男はいない。


「この女とはどの女だ?」

 金属質の鎧を着たライガーが答える。その腕にはバニラを抱きかかえている。


「オマエ、いつのまに」


 問いには答えず、ライガーは跳躍する。まるで鎧などつけていないような軽い動き。


 空から飛来する影、見覚えのある人物が、優しく抱きかかえているのをガーベラは見逃さなかった。影が見た目に反してそっと着地した。


「え? お姫様? ぼろぼろじゃないか、ということは……」

「お兄様、変身、なさったのですね……」


 ライガーは、遅れて到着した二人にバニラを預ける。

「ああ、バニラさんを頼む」


 変身したライガーが、背中の大剣を手にする。水平よりやや下。切っ先が地面につかない程度に横に構えた大剣は炎色(ほのおいろ)をしており、うねりを上げる(ほむら)のような刃文(はもん)が出来ていた。


 背中に光る羽衣が(きらめ)き、そしてそれは儀礼を行う騎士がつけるようなマントとなった。

 

「いってくる」

 バニラのヘルメットは髪飾りに戻っていた。気絶して眠る、その表情は安心しきった穏やかかものだ。



 ライガーが戻るとアヤカシは五体になっていた。よく見ると頭部がより人に近いのが一体、残り四体は同じに見えた。傷もなく完全な姿のようだ。

 四体居るほうは以前、里に出没した奴と完全に同じだ。

 人型頭部の奴が、人と同じ形の口を動かして、人と同じ言葉を喋る。

「どうだ五人だぞ、これならオマエも……」


「関係ない」


 ライガーはそう答える。

 そっけないライガーの態度に怒ったのだろうか、それとも何かを“視た”のか、まるで人のように表情を転換させるアヤカシ。


「クソッ、クソッ、そんなハズは、そんなハズは……」

 およそ誰にもわからないことを、ぶつぶつ言っている。


 ライガーはゆく。身体は羽のように軽い。質量は増しているはずなのにだ。筋肉が鋼になったような剛性感。

 これが変身、これが俺。


「いけっ」

 本体の命令に従って分身が迫る。超速度の動きが今はやけに遅く見える。


「はあぁッ!」

 一体、二体、切り伏せる。


「ぜぁっ!」

 三体、腹を貫いた。

 四体目、自らの腹を差し出し三体目同様串刺しになる。

 大剣に串刺しになったアヤカシが二体。まだ息はあるがライガーを攻撃するでもなくじっとしている。


 ライガーは剣を手放す。


「これでオレの勝ちだぁぁ」

 

 ライガーが剣から手を離したのを見て飛び込んできた、頭部が人型の奴。()()の攻撃をもろに受ける。鎧のつなぎ目、黒色の首に凶刃がとどく。

 変身しているバニラ、その身体に密着する素材と、似たように見えるライガーの黒い首は無傷。バニラのそれと見た目は似ているが、モノが違った。


 ライガーは首に当てられたアヤカシの腕を掴み、里でバニラがそうしたように持ち上げた。片手で持ち上げてはいるが安定している。アヤカシが頭上で暴れてもビクともしない、掴まれていないアカヤシの片腕が兜に当たっても、ライガーはなんの痛痒も感じなかった。


「燃えろ」

 足元から、鎧の隙間から、ライガーの身体のいたるところから、煙も出さずに炎があがる。炎は瞬く間に全身を包み、高く燃え上がる。

 炎は縦にばかり燃えあがり、ライガーの身体の幅より外には漏れ出さない。

 里に生える木のような真っ直ぐな炎、螺旋(らせん)を描き、いっそう激しく燃える。


 分身が消滅したのをみて、ライガーは炎を止めた。本体は灰になって消えた。

 

 変身をといたライガーは、胸の“熱”について考えた。暖かく、荒々しく、優しくて激しい。


 バニラは「私はヒーローなのだから」と言っていた。

 ヒーローとはなんなのか、あの日聞くこともしなかったそれを、彼女が起きたら聞こうとライガーは思った。

 

次回予告


白く甘い香りが、焼けた魂を癒す。

英雄が生まれ、名前が生まれ、意味が生まれる。

生まれたものがどこを歩み、何をなすか。

それはまだ、誰も知らない。


第11羽「ヒーローの名前」

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