竜になりたい男①
カナンの朝は肌寒い。
ブルッと震えながらカイルは目覚めた。
クリムトの家は家畜を飼っていて大きな牧場横に家畜小屋、餌と農機具等を収納している納屋、住居としている二階建ての家、大きく分けて三つの建物があった。
あてがわれた部屋は二段ベッドがある部屋で今は独立して世帯を持った息子二人が使っていた部屋らしい。
長男は近くの家から牧場に通い、二男は鍛冶屋をしているとのこと。
納屋に置かれているピカピカの鋤や鍬は次男が手入れをしているんだろうと思われた。
「ワシらは主に家畜を飼い生業にしているアンガスって知ってるか?」
日の出と同時にカイルはクリムトに起こされ朝食前の搾乳を成り行きで手伝わされることになった。
それは昨日、アリシアと別れクリムトの家に着くと玄関からクリムトの妻が飛び出した事から始まった。
「あっあなた!ヨシアの!!子が産まれそうらしいの!私、ヨシアの家に手伝いに行かないといけないから...客人?には悪いけどあなた一人でなんとかして!」
とクリムトの妻は慌ただしく出て行った。
「あ...カイルとユリウスだったか?今日の晩メシは適当だ俺一人だからって逃げようなんて思うなよ」
「いや思わないけどアンタは行かなくていいのか?孫なんだろ?」
「はい、私達は竜の長に返事を貰わない、困るので...見張らなくて大丈夫ですが?」
「行った方がいいんじゃないのか?」
「いや、ワシには家畜の世話がある明日は大忙しだ。飯にしよう」
馬を家畜小屋の隅に繋ぎカイルは不服そうな顔をしユリウスは頭を振り諦め顔でクリムトの後に着いて家に入った。
家の中に入るとまず壁側に暖炉兼調理台が見えた。
暖炉傍にはじゃがいも、人参等の根菜類が山積みされた籠。
その横にはふてぶてしく太った猫が寝ている。
「おっ!猫...真っ黒だし毛長くないか?」
暗がりに転がる毛の塊に驚きカイルが言った。
「この辺はアストリアより寒い毛が長いのはそのせいだ」
クリムトはじゃがいもを手に取り選別し籠に5~6個放り込みながらカイルに答える。
「お手伝いしましょうか?」
ユリウスがクリムトがじゃがいもを剥き始めたのを見て申し出る。
カイルは猫を撫でていた。
「カイル!じゃがいもと人参の皮むき手伝え」
「ハイハイ」
三人は輪になってじゃがいもを剥きながら話す。
「何を作るんだ?」
「じゃがいもと人参のガレット」
「じゃ剥いたあとは細切りだな?」
「そうだ。ユリウスそこの階段を上がった所に燻製部屋がある、天井にベーコンをぶら下げてるから持ってきてくれ」
カイルは黙々と皮を剥きじゃがいもと人参を縦長に細切りにし始めた。
見事なナイフ捌きにクリムトはしばらく見とれていたが部屋の隅にある戸棚から山吹色の鮮やかなチーズとバターを持ってきた。
細切りはカイルに任せてクリムトはチーズを食べる分だけ切り取り皿に分けている。
「出来たぜ」
「綺麗に切れたな?見事だ」
この時、クリムトは初めて正面からカイルを見た。
黒髪に紺碧の瞳...どこかで見たような気がする若い頃に...
「クリムトさんベーコン持ってきましたよ」
考えはそこで途絶えクリムトは温めたフライパンにバターを入れ細切りのじゃがいもと人参にチーズを混ぜたものを平たくパンケーキのように焼き上げた。
次に厚めに切ったベーコンをフライパンで焼き三つの皿には六等分したガレットをそれぞれ二枚と焼いた厚切りベーコンとチーズを三等分して盛り付けた。
「美味そうだな!」
カイルは満面の笑みをクリムトに向ける。
クリムトは思った。
『間者にしては間抜け面だ...間者はユリウスの方か?』
「本当だな?後、甘い物、果物とかがあれば...」
「甘い物が欲しいのか?女房の作ったチーズケーキならあるぞ」
「クリムトさん!!明日の家畜のお世話大変でしょう!お手伝いしますから...ぜひチーズケーキをご相伴させて...」
「手伝ってくれたら俺がプリン作ってやる」
「是非!カイル!明日は早起きして労働だ!」
「なんでだよ!?チーズケーキもプリンもユリウスが食べたいだけだろ!俺は竜の巣穴を見に行きたい!」
言い合う二人を見てクリムトは悩む。
『どっちが間者か暗殺者か分からん...二人とも緊張感がない?油断させる気か?』
「食べろ、冷めたら不味くなるぞ」
その言葉に二人は言い合いを止め食事を始めた。
二人は始終、美味い美味いと言いながら食べ、クリムトは楽しい気持ちを少し持ってしまった。
『いかんいかん!人などに気を許すなど...』
そう思いながら食後にチーズケーキを出す準備をしようとするとユリウスに呼び止められた。
「クリムトさん!是非!この茶葉を使ってお茶を入れて食べませんか?」
「人の茶葉など信じられるか」
「じゃあ私とカイルだけこの茶葉を使います。お湯頂きますね?」
そう話すとユリウスは鞄の中から茶器を出した。茶器は運搬に便利な金属製のティーポットと同じく金属製の銀色のマグカップ二つをテーブルに並べた。
「ユリウス...茶器なんか荷物の邪魔だろ?茶葉もこんなに要らないだろ?」
「カイル、いい茶葉や調味料は路銀の足しになる。軽いし金銀宝石を持ち歩くよりは安全だ」
「まあ一理あるな?でも半分は趣味だろ?」
「ふっ旅先で美味しい菓子に出会う事もあるだろ?そんな時に良い茶で頂きたいだろ?」
茶が出来上がった頃にチーズケーキを木皿に乗せて渡す。
ユリウスは嬉しそうに受け取った。
クリムトはいつもの女房のチーズケーキを味わっていた。
カイルも黙々と食べていた。
ユリウスは一口食べてから目を潤ませてカイルを見た。
「美味い!なんてチーズが濃厚なんだ!チーズと酸味と甘さのバランスが最高じゃないか?」
「美味い」
特段、感動した風でもなくカイルが言った。
「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ...こんな美味いチーズケーキは初めてだ」
「嫌、美味いのは分かるぜ?さっき食べたチーズも濃厚で美味かった。このチーズをクラウディアで取り扱えないだろうかと考えてた。それにクリムトが飲んでる茶...香りが良くないか?茶葉は寒暖差の大きい所で栽培した方が美味いと聞いた事がある。息抜き旅行じゃなければ商談したい所だ」
今日、初めてカイルがまともな事を言ったような気がしてクリムトは目を見開いてしまった。
「カイルは商人なのか?」
「商人?まぁそんなところだ」
「クリムトさん!そのお茶を少し飲ませて貰っていいですか?」
またキラキラした目のユリウスに負けて陶器製の無骨なティーポットに残っていた茶をマグカップに入れてやる。
「ほぅ力強い感じの茶ですね?渋みが良い。チーズケーキにはこっちのが合うかな」
お返しにとユリウスから茶を入れてもらうとユリウスの茶は甘かった軽くて甘くて爽やかな花の香りがした。
その日は旅人を泊まらせた気持ちでクリムトは床に入った。
ヨシアの子はまだ産まれないだろう...必要なのは男手より女手だ。
本当にただの使者なのかもしれないな...でも獣人が人を使者に選んだには何か意味があるのかもしれない...
うつらうつら眠りに落ちながらクリムトは思った。
現実逃避(手術嫌ー)で楽しく書きました。こういうの書いてると楽しぃー恋を忘れそうになる...