消えた王子
宰相ローゼンベルクの元で王子カイルは不自由なく育った。
良き教師良き友にも恵まれ見た目は何一つ不自由のない生活。
ただローゼンベルクの家族は家族同然に扱ってもらえたがやはりユリウスとの差を感じて時折、カイルは無性に寂しい気持ちになった。
自分を産んでまもなく死んだ母を想った。
母の死後まもなく死んだ父を想った。
母を想うあまり自分を憎む叔父を想った。
アストリア王国の状況はあまり宜しくないらしい。
噂に聞くと叔父のマクシミリアンは国費をほとんどをある魔術のために注ぎ込んでいるとの事。
その為、国内部の側近達は混乱した。
マクシミリアン王の散財に異を唱えず魔術師を紹介する自分の利ばかりを追う貴族は重用され
国民と国益を真剣に考える臣下は疎まれ国の中央から外された。
ただ一人ローゼンブルクは先々王からの忠臣でありゾフィーに忠実に仕えていたのでマクシミリアン王もぞんざいに扱えなかったようで宰相として国を支えていた。
昼も薄暗い室内でマクシミリアンは鏡を見つめていた。
鏡の中には金髪に紺碧の瞳の美しい顔...
マクシミリアン王はゾフィー女王が死去しその遺児であるカイル王子を城から出した後から少しずつおかしくなった。
一人で城にいると時折ゾフィーの笑い声が聞こえる気がした。
でもゾフィーの姿は見つからない...眠れぬ夜に城を彷徨うとゾフィーの姿が見えた。
「ゾフィー!」
マクシミリアンは叫びゾフィーに近づくとそれは鏡に写った自分だった。
「ふっ...ふははは」
狂気を孕みながらマクシミリアンは笑う。
そうだゾフィーはここにいる自分の中にいるとマクシミリアンは思った。
マクシミリアンはゾフィーになる事にした。
男女の違いはあるものの姿形でゾフィーに一番近いのは自分だけだ。
ゾフィーは国を第一に考えて贅沢はしなかった。
まだ若い身空でなんの贅沢もせずに死んだのだ・・・そう想うと堪らなくなってマクシミリアンはまず自分に合わせたドレスを作ることにした。
周囲の者はその奇行に恐れおののいてた。
賢王と尊敬していた者はゾフィー女王を失って一時的に心神喪失しているだけだ落ち着けば元に戻ると期待した。
そんな期待は虚しくマクシミリアンの奇行と散財は続いた。
マクシミリアンは高価な装飾品、ドレスを数年は困らないだろうと思われる数を購入した。
最初は執務が終わってから自室で着替え鏡の中のゾフィーに話しかけているだけだった。
「ゾフィー似合うよ...やっぱりゾフィーにはコバルトブルーに金糸をあしらったドレスが似合うね?でもこの薄い水色のドレスも似合うね?ゾフィーは肌が白くて上品だから」
『ふふふっありがとうマクシミリアンお世辞でも嬉しいわ』
「お世辞じゃないよゾフィーは世界で一番綺麗だ」
夜な夜な口の堅い侍女数名に着付けと髪結を手伝わせてゾフィーの幻と語り合う日々を過ごしていた。
その間は例の悪夢にうなされることは無くなった。
鏡の中に現れるゾフィーの幻だけがマクシミリアンの心を癒してくれていた。
だか、そのうちマクシミリアンはゾフィーの幻と語るだけでは満足出来ずにゾフィーが生きていた頃をなぞるように、とうとうドレスを着たまま執務を行うようになった。
女王ゾフィーと似ているとはいえマクシミリアンは男性...ゾフィーとは体格から違い違和感しかない。
周囲の家臣達は奇異な行動を取る王に意見する者はなく下卑た噂がたった。
マクシミリアン王は女になりたいらしい世継ぎなんか望めやしないと。
そんな日々を数年過ごしカイルが12歳になった頃、マクシミリアンは再び悪夢を見るようになった。
ゾフィーになりきっている時は忘れていた悪夢。
巨大なホワイトドラゴンが悠々と空を飛ぶ姿と宵闇に金の虹彩の瞳、自分の死にゆく姿。
30歳を過ぎ死んだゾフィーの年齢を超えた頃に自分の鏡に映る姿は以前の美しいゾフィーではなくなっていた。
老いたくない...死にたくない...
やはりホワイトドラゴンとあの忌々しい子を始末しなければとマクシミリアンは思った。
オットーは素早かった。
マクシミリアン王が女装しようが多少、贅沢をしようが国が傾くほどでなければ容認した。
実際、国務は滞りなく行っていたし跡継ぎ問題もカイル王子が正統な後継者なのだからと気にしなかった。
またゾフィー女王の幻影に捕われている間はカイル王子は安全だと安心していた。
ただ今回、またマクシミリアン王は悪夢にうなされ眠れなくなったようで...それはカイル王子に何らかの矛先が向くような気がした。
さらに悪い事にマクシミリアンが女装王と他国から揶揄され耐えかねた家臣の何人かが前女王の遺児である第一王位継承者のカイル王子を担ぎ上げようという動きが見えた。
12歳の王など傀儡の王としてもっとも扱いやすいだろうと反乱を考える家臣達の動きを察したオットーは武者修行という名目で自分の末っ子と共に獣人の国イムラのホルストに預ける事にした。
去る時にオットー・ローゼンブルクはカイルに聞いた。
「カイル王子、王になる気はありませんか?」
カイルは驚いた顔で答えた。
「王は叔父上だ...」
「今はそうです。いずれなるつもりはありますか?」
「城を出て随分経つ、僕は叔父上に嫌われている」
「マクシミリアン王の御世は長くないかもしれません」
「分からない」
「分かりました、イムラの王はあらゆる武術に精通しているらしいです。武者修行するには最高の環境かと、行ってらっしゃいカイル王子」
その会話を最後に王子がアストリアに戻る事はなかった。
私事ですが足を負傷しまして...手術します。結構痛くて1週間くらい苦しんでー順番待ちで手術です。職場は松葉杖で根性で頑張っていて帰ったら書く気力ない日々を送ってました。
治療の区切りがつくのはとりあえず三ヶ月・・・更新ゆっくりになりますが気長に書こうと思います。