旅立ち
ねじ曲がった路地をうねるように進むと宿屋、酒場、娼館が所狭しと寄せ集まっている界隈に行き着いた。
ここに来るまでの迷路のような路地裏には以前なら死体の一つや二つ転がっていたものだが今は酔いつぶれた酔っ払いが一人二人寝ているのが見てとれた。
酔っ払いから小銭を奪う輩はいても命を取る者はほぼいない。
路地裏からは串焼きの香ばしい匂い、酒の匂い、酔って歌う人々の声、どの店も騒がしく喧騒に満ちているが刃傷沙汰にはならない程度だ。
ここは訳ありの者が集まるクラウディアと呼ばれる街にある酒場。正式に街としては認められていない非公式な街。
どこの国にもある、闇のルートに生きる者達がひっそりと住まう街だ。
傭兵、情報、暗殺、非合法な薬、珍しい生き物…王都では無いものがここにはある。
「で…何の用なんだよ?」
その数ある酒場の一つに俺は呼び出された。
とても大柄な獣人のおっさんにだ。
獣人でもタイプは色々でこのおっさんは虎。
身体は人型だか頭部は虎そのものの風貌で鋭い牙が口元から見えた、俺なんか噛まれたらひとたまりもない。
獣人で虎なんて獣人の国の王族しか存在しない希少種族。
今から数年前に獣人の国イムラはアストリア王国に支配され王様だったホルスト・ゲアリド・イムラは隷属を拒み敗走した。
現在の通り名はアリ。
ほかの街では魔力で人になりすまし正体を晒さないように気をつけているがここクラウディアでは正体を晒しても問題ないので寛いでいる。
この街のルールはたった一つ、この街での事は外に漏らさないだ。
俺は表向きは情報屋をやっているが裏の顔はクラウディアを統括する長になっちまった。
まだ年端もいかない子供を人身売買する組織をこの目の前のおっさんの依頼で潰した副産物みたいなものだ。
クラウディアの長が人身売買で私服を肥やしているのをぶっ潰してた後に長が不在になると最低限の街の秩序が壊れてしまうからと暫定的に長に据えられて早二年…暫定的なはずなのに今じゃクラウディアも健全な闇の街になったよなぁ…。
とりあえず人身売買、奴隷、は禁止。
こんな街だ娼館はあるが娼婦達に賃金の未払い病気などはなく国で一番安全な娼館があるのがクラウディアの街だと言われる始末だ。
今では街暮らしに慣れてしまったが以前の俺は戦場を転々としていた傭兵の真似事をしていた。
兄弟のように育ったユリウスと共に剣の修行を兼ねて名を変え姿を変えて戦場を転々と旅をしていた。
懐かしい…たまには街ではなく広い草原を馬で駆けたい。
「何だとは何だ?依頼だよ依頼!俺は顧客、お前は請負人」
「あんたの依頼には嫌な予感しかしねぇんだけど」
「口の悪いやつだな?俺と一緒だった頃は可愛かったのに…お前、まだ20だろ?」
「うるせぇ…おっさんに世話になってたのは12ぐらいだろ15から戦場彷徨いてたら口も悪くなるさ」
目の前の若い男を眩しそうにアリは見定めた。
黒い髪に紺碧な目色、体躯は180cm引き締まった身体は鍛錬を怠っていない事を感じさせられる。
キツイ目をしているが整った顔立ちだ。
顔は父親似だな…この街がたった三年で健全な街になったのはこの若者カイルを長に据えたのが幸をそうした。
カイルは長に相応しい器を父と同じように持っている。
共に行動しているユリウスの力も大きい。
最近では怪しい錬金術師と共同事業とかも始めたと聞く。
大きい器を持つ者の下には人が集まるものだ。
俺の目に狂いは無いなと虎の口元がグルルと唸りながらほくそ笑んだ。
さらにカイルはこの街に診療所と職業斡旋所、病気等で働けなくなった住民の救護施設を創設した。
将来的には保育施設、学校を作りたいと思っているらしい。
「お前だって街暮らしに疲れたって言ってたろ?行ってみたいだろ?竜の国カナンに」
「はぁ?カナンは鎖国状態だろ?白竜様を狂王が殺害しようとしたとかでアストリア王国とは国交ないしイムラはアストリアの属国だしな?」
怠そうにカイルがアリを睨み話した。
このグラン大陸には大きく分けて3つの地域がある。
西は人が住む平原地域、南は獣人が住む森の地域、そして数こそ少ないが北には竜の一族が住む山岳地域。
西に人の国アストリア王国、南に獣人の国イムラ、北に竜の国カナン、東には未開拓の荒地が広がっている。
荒地の多くは砂漠が広がり水源も点々とオアシスがあるくらいで生きるのに困難な土地。
そこにはオークや魔物が細々と生息している死の地域。
アストリア王国は魔物進入を恐れて長い年月をかけて壁を作り壁には魔力による結界を築いてきた。
国境は常に警備を怠らずに平和を保っていた…そう先王の頃までは。
今のアストリア王国は荒廃しつつある。
狂王マクシミリアン王が即位してから少しずつ国は傾き始めた。
狂王マクシミリアン、人々は彼をそう呼んだ。
度重なる浪費、国を傾くほどに魔術師を徴用し浪費の為に他国を攻め滅ぼす。
国民には重税と徴兵を課し侵略した民は奴隷として徴兵によって減った国民を補うべく労働力とした。
狂王が間違っているのは誰しもわかっていたが誰も諌めるものはいなかった。
唯一の歯止めが宰相であるオットー・ローゼンベルク先々王からの忠臣。
この宰相がいるから辛うじて国としての体裁が整っている危うい状態のアストリア王国。
そのアストリア王国とある事件を境に国交が無くなった国、神秘の竜の国カナン。
山裾に広がる美しい国と聞いている、万年雪の積もる標高のある山の空気は冷たく澄んでいるらしい。
山裾にある断崖絶壁の崖に点在するチーズの穴のような窪みは太古に竜が巣を作っていた名残との事。
行ってみたい気持ちが沸き起こりカイルは虎のおっさんの依頼を受けることにした。
受けたのも依頼が親書の配達のみだったせいもある。
配達だけならちょっとした息抜きの旅にピッタリだと思ったからだ。
そのちょっとした息抜きが自分の人生を左右するなんてこの頃の俺は露ほども考えていなかった。
とりあえず書き始めたので最後まで書ききることを目標に頑張ります。