7 ヒロとアンドリューの教導試験
「「「いってきます」」」
クランホームの前でおこなう3回目のいってきますだが、ヒロの声にはそれまでには無かった緊張成分が含まれていて、似合っていない軍服と合わせて子供のコスプレような有様だ。
(今日は修了試験なんだから私が緊張してるのは普通、緊張していない二人ががおかしいのよ)
街の外周部へ足を向けたヒロは中心部に向かう友達のことをたまに羨ましく思う。
アイリスは天然だ。おととい歌いながら洗濯をしたらひなたと水の精霊が一緒に歌い踊ったと聞いた時は、『エレメンタル・ガーデン』とアイリスは相性バッチリだなあと感心してしまった。
月下は天才だ。昨日のアイリスを参考にメモリーと色々試してみたら用意された魔石に込められた魔術を全て覚えてしまったとか、ゲーム始めて3日でキャラクターの成長にこれほどの差が出るなんてある意味運営の敵じゃないのか。
ヒロは兵舎に向かいながら取り留めもなく考えてしまう自分を自覚している。
二人はそれぞれの特徴を出して合格するだろうけれど、自分はどうだろう……。
「おはようございます」
グダグダ悩んでいようが頭を切り替えて大きな声で挨拶できるのはヒロの長所だ。
「おはよう、ヒロちゃん。ヒロちゃんがここにくるのも今日で最後かあ」
門兵も笑顔でヒロに答えた。
いつも笑顔で大きな声で返事をして相手をすぐ褒めるヒロは大人から気に入られることが多いが、兵士たちの心を掴んだのはそれだけではない。
軍は大勢のキャラクターたちを受け入れ精霊を扱う初歩の技術を教えてきたが、彼らの一部から人間扱いをされなかったり、そうでなくとも彼らは自分たちが守る街を認めることなく去っていくのだ。
自分たちや自分たちの街を目に入れない関心を持たないキャラクターたちを相手にしてきた彼らは不満を募らせていたが、それをヒロは吹き飛ばした。
ヒロたちのクランはこの街を離れる予定はなくクランホームもこの街に構え、精霊を失いたくないので冒険したくないと言って仕事を覚えようと頑張る少女人気が出ないわけはなかった。
「えー!? また来たいんですけど来ちゃ駄目なんですか?」
ヒロがいじけた風に言うのに門兵はいやいやと首を振った。
「来てくれるのは嬉しいが、ここの仕事は正直儲かるものじゃないからなあ。それに来たくてももうすぐ春の新生活応援キャンペーンとやらが始まるから、見習いを卒業した者たちを受け入れる余裕はないだろう」
「何ですか!? そのキャンペーンて?」
ヒロが食いついてきたが門兵としては話を続けるわけにはいかなかった。
「門の前で立ち止まってるんじゃない。それに遅刻するぞ、さっさと行け」
門兵はしっしと追い払うように手を振り、ヒロは敷地内に入っていった。
街の領主が兵士を雇うのは当然街を守るためだが、その雇う人員の多さから雇用の受け皿という副次的効果が主目的に逆転することがあり、街が平和であれば主目的に固定される。
始まりの街はキャラクター達が最初に現れる街ということもあり周囲に生息する魔物は当然弱く、戦闘準備を怠ることはないが軍が強さを求められる事態は起こったことがなかった。
そのような軍の主な仕事は道路や上下水道・堤防等の整備管理で、現在ヒロはここの人たちから待機中の兵士の皆からこの二日精霊力の使い方について教導を受けていた。
なお、軍において訓練は軍の命令で兵士を鍛える行為、修行は兵士が自主的に鍛える行為で民間人が軍に訪れて鍛えてもらう教導と区別されている。
「おはようございます」
「「「「おはよう」」」」
「おはよう、ヒロ。それじゃあ試験に行きましょう」
ヒロの挨拶に先生のサンドラは簡潔に返し部屋の皆に号令すると、サンドラの部下達が慌てず騒がず列を崩さずヒロの横を通って外に出ていく。
「ここで試験するんじゃないんですか?」
「当たり前じゃない、あなたが道路を作れるかどうかなんて作らせてみれば一目瞭然、かかる手間暇も最小限、なにより誰もその結果に文句を言えないわ」
ヒロが聞いていない情報が次々と出てきた。
「……私、道路を作るんですか!?」
「そうよ。今回の教導はあなた一人だから合格するまでやり直させることができるわ」
間も無く始まると予言された春の新生活応援キャンペーンのように大勢一気にキャラクター達が来ることがあると街の平穏は著しく乱されることになる。
そこで戦闘職希望の者は冒険者ギルドが、生産職希望の者は軍がまとめて教導をして、街の住民と隔離し監視の目を光らせることになっていた。
この時、人数が多い教導ではキャラクター1人当たりの教導時間が30分程度になるのだが、それが今回のヒロは一日中ヒロの独り占めとなった。
結果、ヴァーチャルでなければ児童虐待でしかない教導の果てに、道路工事のみならず土木工事全般と軍の戦闘技術全般を叩き込まれたヒロは、クラン3人の中で一番魔術と技術と経験値を多く得たのである。
まあ道路工事技術以外はおまけなので試験は道路に関するものだけなんだけどね。
(てかキャンペーンって何なの? ヘルプカモン……四月一日から皆んなと一緒に『エレメンタル・ガーデン』を始めるお客様に特典だって? すでに始めてるキャラクターにも運営からプレゼントを貰えるんだ)
「はいやり直し。きちんと集中して」
ヒロは今、街中の荷車の重みで轍ができた石畳を平らに敷き詰め直していたのだが注意散漫と叱られてしまった。
サンドラは『合格するまでやり直させる』と言っていたがそれは正確ではなかった、『サンドラが納得いくまでやり直させる』が正しい。
技術行使した時の成功の評価は3段階あり下からグッド・グレート・エクセレントとなっていて、グレートを出すと経験値5割増、エクセレントだと経験値は2倍で次回以降にエクセレントが出る確率はそれまでエクセレントを出した回数だけ高くなるのだとサンドラは教える。
「時間いっぱいやり直してエクセレント取りまくりましょう」
(なんて言ってくれて、ありがたい話なはずなんだけど囚人虐待の話を思い出しちゃうよ)
刑罰として無意味に穴を掘っては埋め掘っては埋めと繰り返させられる囚人の話である。
(結局時間いっぱいサイコロ振りまくっていっぱいゾロ目を出しましょうって話と変わらないんだよな……)
アイリスや雪月花のような物語で描かれるようなイベントは私には起こらない。
「おばあちゃん、ちょっと待ってて」
ヒロは作業の手を止めてこちらに近づいてきた婦人に向かって駆け出した。
彼女はヒロよりも低い背丈で膝を曲げない足運びで杖をつきながら石畳を剥がした道に入ろうとしていた。
「右手は私に捕まって。道がデコボコしてるからゆっくり行こう」
ヒロは男前に左腕を横に出して、その女性に右手で捕まってもらった。
「ありがとう、お嬢ちゃん。もしかしてこの道を直しているのはあなたかい?」
ヒロに捕まっていても歩くのに難儀する彼女からそんなことを聞かれると、修繕が進まない自分が申し訳なくなってくる。
「はい私です。仕事が遅くてごめんなさい」
「ふふふ、あなたのせいではないでしょう。悪いのはぜーんぶあそこで見ている悪い大人のせいね」
婦人はそう言ってヒロに微笑んだ。
その笑みに俯いていた頭と心を上げたヒロは、サンドラら兵士たちが一斉に頭を下げるのを見た。
「ご協力感謝します」
(なんでサンドラさん達が頭下げてるの?)
ヒロの心が自身の至らなさから期待へと変化してきた。
「あなたの修練にこの道を使っているのでしょう。そして彼女達はあなたがエクセレントを出すまでやり直しをさせているわけだ」
「その通りですけど、わかるんですか!? 何度もやり直すのって当たり前じゃなかったりしますか?」
これはイベント? サンドラさんよりもこのおばあちゃんのほうが偉くて、サンドラさんが誤った部分を正してクエストがエクセレントに進む……。
「当たり前ではないね。やらせる方は人を褒めるのがエクセレントじゃなきゃね」
「……道はエクセレントに直した方がやっぱりいいんですか」
「グッドで十分。馬車が何度か通るだけでエクセレントな道もすぐにグッドまで悪くなるよ。だからやり直すのはお嬢ちゃんのためさ、そう言われなかったかい?」
そんなヒロの自分勝手な妄想を彼女は打ち壊した。
「お嬢ちゃんが失敗しても彼女達がやり直させてくれるって言うんだから、どんどん創意工夫を試してみるんだね」
(私は何を聞いていたんだろう)
ヒロはみんなの話を思い出した。
アイリスは仕事中に歌うことで精霊に変化を引き起こす可能性を示した。
それを聞いた雪月花は精霊に質問してみることでクエストから期待以上の報酬を得た。
それを聞いたヒロは精霊に質問することはなかった。
言われたこと以上を追い求めて頑張ることはなかった。
(でもそれはやり直して作る回数を増やせばエクセレントの回数もそれにつられて増えるだろうと思ったからで……)
エクセレントを出せば出すほど将来のエクセレントが出る確率が上がるというのは、経験値を増やしてレベルを上げるRPGの特徴と整合的すぎて、ヒロはこれを間違って理解してしまった。
エクセレントが出る確率を変化させるのは、これまでエクセレントを出した回数だけだと。
サンドラは決してそんなことを言っていなかったのに。
(結局私は『エレメンタル・ガーデン』を遊ぶ気が無かったってことなのかしら)
現実と同じようにアイリスと雪月花と一緒におしゃべりできればゲームとかどうでもよかった。
ただ二人よりもゲームの進行が遅れたら嫌だと思っていたくらいで。
(それが本当なら二人に嫉妬したりしないよね……)
ヒロは婦人を無事に石畳が敷かれているところまでエスコートできた。
「ありがとう、お嬢ちゃん。助かったよ」
「いえ、お礼を言うのは私の方です。叱ってくれてありがとうございます」
そう言ってヒロは深々と頭を下げた。
「ふふふ、私は褒めるのはダメだけど叱るのはエクセレントなのさ。でも気づいてくれて嬉しいね」
そうヒロに言ってくれるこのお婆さんのことが好きになっていることにヒロは気づいた。
「宜しければお婆さんのお名前を教えていただけませんか。私の名前はヒロイン、クラン『フェアリーズ・ガーデン』に所属しています」
「私はエレノア、商業ギルドのギルドマスターをやってるよ」
エレノアに一礼したヒロは振り返って作業に戻る。
だがそれまでのように闇雲にエクセレントを出そうとは思わない。
ヒロは自分の精霊のアンドリューを呼び出して、自分の創意工夫をこの子と話し合うことから始めた。