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6 雪月花とメモリーの修行

「「「いってきます」」」

 そう言い合ってクランメンバーの2人と別れた雪月花は、昨日に引き続き自身の修業先である宝飾店に向かった。

 『エレメンタル・ガーデン』における宝飾店は宝飾品の販売は無論、石を加工して魔術が込められた魔石の生産販売を行うお店である。

 雪月花がこの修業先を選んだ理由はメモリーに合うのではないかなと思ったからである。

 現在雪月花は蛇の姿をしたメモリーに髪を結い上げてもらっているけれど、それが宝飾品のように美しくなったら雪月花もさらに可愛くなるのだ。

 メモリーは雪月花と契約した土と闇の属性を持つ精霊で、その持つ力は光の当たらない土の下に象徴される岩や重力が代表的で宝石と貴金属は土と闇との相性が良いのだと昨日の修行で先生から教わった内容だった。

(ヒロちゃんから聞いた話と一部違うようですが……)

 ヒロの精霊の属性も土と闇なのだが、ヒロの先生が教えた属性の説明が自分のとは違っており、どうして違うのかという疑問は今日先生にする質問の一つであった。


 宝飾店はその建物の構造を通りに面した接客用の店舗と宝飾品を加工する工房に分けられるが、雪月花の働く場所はそのどちらでもなかった。

 どちらの場所も宝石や貴金属を扱うので、素人で店からの信用を得ていない雪月花を近寄らせる道理はないのだ。

 雪月花自身この扱いを当然だと思っているが、ではどこで働いているかというと工房横のゴミ置場であった。

 そこで貴金属加工時にでるゴミから金銀銅などの貴金属を回収し、汚水を下水道に流す前に浄化するのが雪月花の仕事である。


 雪月花は職員用の控え室に顔を出した。

「おはようございます」

「おはよう」「ああおはよう」「おはようせっちゃん」……

 雪月花の挨拶に部屋にいたみんなから挨拶が返ってきた。

(せっちゃんの呼び名が決まってしまったみたいですね、この名前は外国の方には呼びにくいのだと思っておきましょう)

 雪月花が今日最初に学んだことは大人の理不尽さのようだった。


 さて、先に雪月花の仕事はゴミの処理と述べたが、昨日しっかりとその仕事をしたゴミ置場に朝一番で雪月花が処理しなければならないゴミなどあるはずもなく、又朝一番で宝飾品を求めにくるお客様も滅多にいないため、職員が自分の仕事場に向かうのを見送った雪月花の授業が始まる。

 雪月花の先生であるこの店の店長のメイソンは昨日一日で彼女が積極的に質問をしてくる子だと学んでいた。

「では最初にせっちゃんの質問を伺いましょう」




「はい、私の友人の精霊も属性が土と闇なのですが彼女が教えられた属性の説明とメイソン先生の説明が少し異なるようなのです。照らし合わせてみますと……」

 相違点を列挙しようとする雪月花をメイソンは手を振って止めた。

「質問はわかったから一つ一つ指摘しなくていいよ。僕たちは宝石や貴金属・鉱石を扱う加工技術の専門家で、精霊の解釈の内容も宝飾の専門家としての視点からになっている。僕が説明した属性の特徴とお友達の先生の説明が異なるのは当然という訳」


 雪月花はその話した内容を時間をかけて自分で考え、新たな疑問を見つけた。

「それではどの先生からも正しい精霊の知識を得られないということになりませんか。間違いとは申しませんけれど」

 言われたメイソンは鼻で笑った。

「正しい精霊の知識って存在するのかな。精霊を正しく知るということは世界を正確に知るということだ、人間業ではないと思うね。僕が君に教えたことは少なくとも僕が仕事をする範囲で不都合はないし、仕事をする上で役に立つものだ。それ以上を知りたければ自分の精霊に聞きなさい」


 雪月花は癖はあるけれど質問にしっかりと答えてくれるメイソンが嫌いではなかった。




 職員のみんなが昼休みに入る直前に雪月花の仕事が始まる。工房に行きゴミと汚水を受け取ってゴミ置場まで運び、その処理を始める。

 ゴミに混じった20種類ほどの貴金属の屑を分別収集するのだ。

(まあ箱に並べて収められた魔石に順番通りに精霊力を流していくだけなのですけどね)

 雪月花は働くということを同じ作業の繰り返しだと思っていて、昨日の仕事はそれを裏付けるものだったとも思う。


 だが友達のアイリスの仕事は雪月花のそれと同じでありながら超えていた。

 昨日仕事終わりのお茶会でそれぞれの仕事の話をしたが、アイリスが語る仕事の内容も同一作業の繰り返しだったそうだが、その作業を歌いながら行うことにより彼女の精霊がデュエットし水と光の精霊がそれに合わせて跳ね踊ったのだのだという。

(アイリスはそれで経験値やフラグを立てたのかもしれませんし、そんな小さなことを抜きにしても私達よりも『エレメンタル・ガーデン』を楽しんでいるように思います)

 そしてその違いは人生においてすらそうなのではないかと雪月花は錯覚するのだ。


 かといって雪月花にこうすれば良いというアイデアがあるわけでもなかった。

(無いから人生で差がついてるなんて思ってしまう訳で……堂々巡りですね、メモリー)

 後頭部で長い髪を纏めてくれている自分の精霊に手を当てて愚痴を呟いたところで雪月花は思い出した。

『それ以上を知りたければ自分の精霊に聞きなさい』

 雪月花は髪が解けるのも気にせず、メモリーを掴んで目の前に持ってきて聞いてみた。

「メモリー、あなたならこのゴミをどう処理しますか? 何かいいアイデアはありますか?」


(たべてみる)

 そう雪月花の心に直接言って手の上からこぼれ落ちてたメモリーは、ゴミに這い寄っていき食べ始めた。

(メモリーがお茶会で見せる食い意地の凄さは料理が美味しいからという訳じゃなかったのね)

 雪月花はメモリーがお茶会でいつもお菓子を食べまくって体を太らせていたのを思い出した。

 自分の精霊のがっかりポイントを図らずも発見した雪月花だったが、メモリーが自分から動いているので欠点は長所に変わると期待も高まった……少しだけね。


 ゴミを食べ終えたメモリーは太く鈍重になった体をゆっくりとくねらせて汚水だまりに向かってゆき、雪月花の予想通り汚水を飲み始めた。

(流石にただ食べたかっただけとか無いわよね、ここから何をするのかしら)

 汚水を飲み終わったメモリーは直径3メートルの潰れ饅頭のようで、ただの蛇ではこんなことできないわよねえ、などとやくたいもないことを思っていたら、メモリーの声が雪月花の頭の中に聞こえてきた。

(いしのまほう つかって)


 外に放置されている状態のゴミに魔法をかけるのと、メモリーの風船の中……もとい体の中にある状態でかけるのとでは結果が違ってくるのだろうか。

 雪月花は定められた順番で魔石に精霊力を込めてゆき、メモリーがまず浄化された水を、次に材質ごとに固まった貴金属の素材を、最後に捨てるしかない一塊りを排出するのを見守った。

(それでは検証しましょう。出てきた貴金属は問題なし、ゴミ問題なし、水も問題なし、メモリーは……)

 雪月花は対象に触れてステータスウィンドウを表示して確認していったが、少なくとも雪月花のレベルで表示される内容にここまで違いはなかった。

 そしてメモリーを右手で掴んでステータスを見ると、魔法の一覧に先ほど魔石を使ってかけた魔術が全部載っていた。




 雪月花は感動していた。感動している自分に驚いていた。

 雪月花は自分が成し遂げた功績の価値を、自分がどれだけ勤勉であったかでこれまで計っていた。

 四月から小学5年生に求められるものなど、その成し遂げるまでの速さは人それぞれではあるのだろうけれど、怠けずに励んでいれば必ず達成できるものであり、つまり雪月花が褒められるのは単に駄目な人間ではないと言われるに過ぎないとしか考えていなかった。

 しかし勤勉だから得られたものではないメモリーのステータスに増えた魔法の数々は、自分は勤勉なだけの人間ではないことを示し、そして雪月花を讃え祝福さえしているように思えたのだ。

 今こそ、雪月花は自分が両親から姉から友達から社会から褒められたい自分を自覚し、自分の中にそのような欲望があることに驚き喜んだ。


 褒められたいと願いながら、褒められるところなど何もないと自分を貶めていた。

 褒められるような人たちはごく一部の天才か幸運に恵まれたものたちで、雪月花を含めた普通の人間は身近な出来事に一喜一憂して生きるしかない。

 雪月花がどれだけ努力してもそこに価値が生まれることはなく、雪月花と遠い世界で生きる人たちが世界を動かすさまを見ても、心を動かさないように生きることを強いられる世界。


 そんな雪月花の世界が更新された。


(早くアイリスとヒロとお話したい! ママとパパとお姉ちゃんに話して褒められたい! でもまずは……)

 雪月花はメモリーの魔法が増えたことをメイソン先生に報告するため控室に向かった。

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