3 精霊たちとお茶会
クランを設立したアイリスたち3人は一旦ゲームを抜けて、夕食や明日の学校の準備・お風呂などを済ませた後、改めて『エレメンタル・ガーデン』にコネクトした。
このゲームではコネクトしたキャラクターはエリア毎に1つ事前に登録した任意の場所を選んで出現するが、特に登録していなかった3人は所属するクラン本拠地を自動的に選択されて現れた。
さっきまで見守ってくれていた斬り万邪露とローレンは、何かあったらいつでも連絡するようにと言い残して自分のクランに戻っていったので、ここからは3人だけの時間だ。
「さあ、私たち『フェアリーズ・ガーデン』最初の活動は何をしよう? 私はこの家を探検したいな」
約束した時間の5分前に自分が現れてから間をおかず次々と現れる2人を見て、アイリスは笑いながらクラン創設以来2つ目の議題を切り出した。
「私は契約した精霊を紹介し合いたいです」
「いいね、今日はお茶飲みながら精霊を愛でよう」
雪月花が提案し、ヒロが賛成して胸の前に手を出して褐色の精霊を出してみせた。
「では『フェアリーズ・ガーデン』今日の活動内容は精霊とお茶会に決定します!」
クランの拠点であるこの家はアイリスの兄と雪月花の姉が所属するクランから譲り受けたものだが、その内装や備品も以前使っていたままに譲っていただけたらしい。
食器棚にある食器は綺麗な模様が描かれた食器セットが多数収められ、ティーカップも食器ほど多くはないが5セットほど、ティースタンドまであるようだ。
食品棚には様々な食材と調理済み料理とお菓子が収められていて、アイリスたちは笑みでほっぺが落ちそうになった。
台所を改めた3人は、この中で一番紅茶に詳しい雪月花が今晩のお茶会の内容を決めることにした。
紅茶とスコーンにジャムとアイスクリームを6人分テーブルに並べながら雪月花がメニューの意味を語った。
「お風呂上がりに冷たいアイスは最高です。アイスを熱い紅茶とともにいただくと何杯でもいけます。仮想世界ですから何杯いただいてもいいんです。さあいただきましょう」
「その前にげっかも精霊呼びなよ、除け者にされたって知ったら悲しむと思うぞ」
そう言うヒロのテーブルスペースの横には褐色のモグラが、アイリスのところには緋色の雀がおとなしくお茶会が始まるのを待っていた。
ヒロの言葉を聞きながら席に着いた雪月花は、げっかと呼ばれたことについては後で問うことにして、後頭部の髪をまとめたお団子に手を当てながら発言に答えた。
「ずっと一緒にいましたけど、気づかれなかったのは私たちの大勝利ですね。この子は土と闇の精霊で名前はメモリーですわ」
雪月花は後ろでまとまっていた髪を腰まで解けさせながら手を前に出してその上に乗った褐色の蛇を紹介した。
「メモリーちゃんってもしかしてせっちゃんの髪留めしてたの?」
アイリスが人差し指を伸ばしてメモリーにつんつん触れながら聞いてきた。
「そうですけど、さっきからなんですか? げっかとかせっちゃんとか。雪月花は呼びにくいですか?」
雪月花の眉が少し寄っているようだ。
「ヒロちゃんに合わせてせっちゃんはどうかなって思ってたの。提案しようか迷ってたらヒロちゃんがげっかちゃんって呼んだから慌てて私もせっちゃんって呼んだんだ。でも好きじゃないみたいだから雪月花でおけだよ」
雪月花は自分の名前を気に入っていてそう呼んで欲しいのだけど、そんな風にアイリスから言われるとこだわる自分が子供みたいに思えて恥ずかしくなってくる。
「ヒロが呼んだときはちゃん付けではなかったと思いますけど……、それでヒロはどうなの? 名前が長いと舌が回らないかしら?」
照れ隠しで言い方が強くなった模様。
「5文字以上の名前は愛称を用意しなくちゃいけないってばっちゃが言ってた」
「それっておばあさまに教えてもらったのではなく変なサイトで仕入れた知識でしょ」
ここで言い争って普段見ているサイトをうっかり漏らしてしまってはマズイ! と思いヒロは撤退した。
「漫才はその辺にしてヒロちゃんも次に精霊を紹介してよ。私の精霊は雀のひなた、属性は火と闇ね」
アイリスが紹介するのをよそに、ひなたはソーサーに移された紅茶とジャムをついばんでいた。アイリスには幸いなことに精霊も飲食を嗜むようだ。
「体の煌めきも素敵ですが、時々火の粉を散らすようなのが目を奪われます」
「空飛ぶのもいいな。雪月花のもそうだけど移動するとき居場所を気にする必要が無いのは羨ましい」
大好きな二人がお気に入りのひなたを褒めてくれて、アイリスは紅茶をとても美味しくいただくことができた。
「私の精霊はモグラのアンドリュー、属性は土と闇だ。よろしくな」
ヒロが自分の精霊を紹介するとアンドリューもジャムを掬っていたスプーンを上げて挨拶して見せた。
アイリスと雪月花もつられて手を振りながら答えた。
「よろしくね」
「ヒロちゃんのことをよろしくお願いします」
この程度のからかいに動じるほどこの3人の仲は浅くない。
「雪月花は薄情だねえ、私のことはともかくこんなに可愛らしい精霊とすら仲良くする気がないなんて」
「私に仲良くする気がないのではなくアンドリューに遊ぶ時間がないと思うのよ、ヒロちゃんの介護で忙しすぎてね」
「私にはもったいないくらいの万能っぷりだよね。誰かさんの精霊なんて紐の代わりくらいしかできること無さそうだもんね」
ここでアイリスは二人の漫才を止めた。
「そこまで! ヒロちゃんは今雪月花じゃなくてメモリーの悪口言ったからヒロちゃんの負けだよ」
「あーごめんなメモリー、今のは本気じゃなくて雪月花とじゃれ合って言いすぎただけなんだ、許してくれ」
謝られたメモリーは紅茶の飲み過ぎジャムとアイスの食い過ぎで蛇の体をパンパンに膨らませてテーブルの上で棒のように伸びていて、ヒロの発言など気にしていない風だった。
楽しいお茶会の終りを告げる鐘の音が町中に響いた。中央広場にある時計塔が10時を知らせているのだ。
「あっという間に10時になっちゃった」
「テレビ見てる時よりも時間が流れるの速くない?」
「苦手教科の宿題はあんなにも時間が進まないのに……」
「進まないのは時間じゃなくて宿題だよう」
3人は離れがたく思ったが、ここで終えられないとゲームを禁止されかねないことも理解していた。
「二人とも今日はありがとう、これからもよろしく、また明日学校とここで会おうね」
「こんなに楽しいとは思いませんでしたね。でも明日学校で遅刻するわけにはいきませんから今日はごきげんよう」
「お疲れさま! また明日!」