1 キャラクターメイク
それは私たちが暮らす世界とは異なる遠く遥か彼方にある世界。
世界に満ちている魔力を世界の中心にあるという世界樹が自らの養分となし、土水火風の精霊たちを生み出していきました。
生まれた精霊たちは世界の形を作り、作った後は様々な動物の姿を取り世界を見守っていました。
そのため、この世界の住人たちは自らの世界をこう呼ぶのでした、
『エレメンタル・ガーデン』と。
ですがその世界の平穏は何処からか現れた魔王たちによって失われてしまいました。
魔王たちは世界を光と闇に切り裂き、そこから世界を食べはじめたのです。
この突然訪れた世界の危機にやはり光と闇に分かたれた精霊たちはどのような対応をしたのでしょう。
かつては4体、今では8体となった精霊を統べる精霊王たちは精霊樹の下に集いこれを守ることにしました。
すると精霊樹は異世界、つまり私たちの世界から魔王と戦ってくれる勇者を招き始めたのです。
ほら、また一人精霊樹の呼びかけに応えた勇者が来られました。
『エレメンタル・ガーデン』にコネクトした少女の周りに様々な色の光が花びらのように舞い降りていた。
その景色に魅了された少女が上を仰ぎ見ると、地面に向けてガラスの枝を伸ばす大きな逆さまの樹がその枝につけた花をステンドグラスのように煌めかせて、花びらを舞い散らせているものもあった。
「綺麗……」
その美しさに知らず息を止めて眺めていたが、ため息とともに呼吸を再開した。
「この樹を気に入っていただけましたか?」
低く張りのある男性の声が少女にかけられた。
少女が上に向けていた視線を声のした前に戻すと、恰幅の良い男性が体を内側から翠色に光らせながら立っていた。
「エレメンタル・ガーデンにようこそ。この樹は精霊を生み出す精霊樹、そして私はあなたのキャラクターメイクをお手伝いいたします風と光の精霊王と申します」
ゲーム『エレメンタル・ガーデン』は人の五感を仮想世界と接続するコネクト技術で作られた全年齢対象のマルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイング・ゲームである。
全年齢対象のゲームは成人向けと比べると、性的な表現や残酷な表現は規制されるのみならず、未成年プレイヤーのキャラクターは種族・性別と身長を現実のプレイヤーのそれと同じに固定される決まりで、『エレメンタル・ガーデン』ではそもそもキャラクターの種族は人間のみである。
これは未成年プレイヤーが現実の自分とゲームでの自分との間で混乱するのを防止するための規制なのだ。
「ですので、あなたがここで決めるのはキャラクターのお名前と、共に生きる精霊を選ぶことになります」
全年齢対象ゲームである『エレメンタル・ガーデン』のイベントはわかりやすく、謎も軽くひねった程度のものしか出ては来ず、ともすれば大人のプレイヤーが楽しめるものではないのだがそれでも年齢を問わず引き付けるのは、このゲームに出てくる住人たちの思考及び会話の自然さだった。
イベントが単純だからこそプレイヤーの行動に違いが生まれやすく、その違いを住人は理解してシナリオは唯一無二の展開がなされる。
そこが大人にも受けた。
そして今キャラクターメイクで選ぶように言われた精霊とは、一般のファンタジーゲームでは魔力と呼ばれるものにNPCの思考・会話能力を加えた自然動物の姿の存在で、『エレメンタル・ガーデン』のタイトルの由来であり、このゲームの1番のセールスポイントなのだ。
「名前はアイリスって使えるかな? 良かった、私の名前はアイリスでお願いします。精霊はどうやって選べばいいの?」
少女が希望したアイリスの名前は幸いにも先に誰かが使ってはいなかったようだ。
「私たち精霊は四大、つまり土水火風がおりましてそれらが光か闇のいずれかの属性を持っています。私が司る風でしたら風と光・風と闇となりますね。合計8種類の精霊の中からひとつアイリスさんが選んでください。精霊についてはわからないけれども『エレメンタル・ガーデン』でやりたいことがあるというのでしたら相談に乗りますし、もちろんランダムに任せてもでも構いません」
「選び方で精霊の能力に違いが出るんですか? ランダムだと能力値が1割高いとか」
アイリスがこのゲームを始めるのは最近帰宅が遅い両親を待つ間の暇つぶし目的で、アイリスにはああしたいこうしようといったものはなかった。そのためアイリスの心は話のネタになるかもしれないランダムに傾いていた。
「違いはありません。自分が最善だと思う選択をしてください」
「ではランダムでお願いします」
「わかりました」
頷いた風の精霊王は上を見上げ、アイリスもそれにつられて上を見上げた。
「それではこの降り注ぐ精霊たちの中から1体捕まえて名前をつけてあげてください」
なんとこの光の花びらが精霊だった!
アイリスは精霊を受け止めようと掌でお椀を作ると、緋色の花びらが丸く大きくなってそこに収まった。
それはソフトボールくらいの大きさで高温のはずなのに熱くはなく、アイリスの鼓動に合わせてドキドキと脈打っていて、アイリスに命の存在を伝えていた。
キャラクターメイクで精霊に名前をつけることをアイリスは事前に聞いており、今日コネクトするまでの間どのような名前にするか色々と考えていたのだが、それらは掌に命を感じたことで吹き飛んでしまった。
(この子にちゃんとしたこの子に合った名前を考えてあげなくちゃいけない!)
アイリスは命の力強さを伝えてくるこの子にぴったりな名前を考えようと思った。
(緋…赤…紅…朱…ゲームで紹介してる色は緋色だから緋を使ったのがいいよね。
ひ、ひ、ひ、ひかり…ひまわり…ひざし…ひなた…)
「うん! ひなた! あなたの名前はひなただよ!」
アイリスがそう声をかけると手の中の丸い精霊は緋色に輝いたまま鳥に…雀の姿に変わっていった。
(ひなた! ひなた! ひなた!)
アイリスの頭の中に歓喜の感情が込められた高音の声が響いた。
「これひなたの声? 私はアイリスだよ、これからよろしくね、ひなた」
(アイリス! すき! ひなた あいりす だいすき!)
アイリスはひなたに夢中で気がつかなかったが、アイリスのいる空間は精霊王や精霊樹と共に光の花びらとなって散ろうとしていた。
「その子やこれから出会う子たちはあなたと共に成長し、苦楽を共にし、あなたの危機に身代わりとなるでしょう。大事にしてください」
精霊王の言葉に驚いて顔を上げたアイリスは、真正面から襲ってきた花吹雪に思わず目を瞑った。