スウィート・メモリーズ
確かに、その『誰か』のことは気になっていた。
より具体的に言えば、『彼女』ということになる。
今、昴の目の前に居るハルフォードはゲームには登場するが、主要なキャラクターとして出て来るわけではない、あるヒロインの中の一人のお目付け役として出て来る、言わばサブキャラクターにあたる人物だ。
ならば、メインキャラクターである『彼女』も、この場所に現れるということではないのか。
レア・マクドウェル。
町の荒くれ者たちを統べる一家、マクドウェルファミリーの跡取り娘。
子供の頃から男社会で育ち、ケンカに明け暮れ、やがては女だてらに町一番の暴れん坊と呼ばれる、腕っぷしの強さではその辺の男が束になっても敵わないという、勝ち気な少女。18歳。
しかし、物語の中で主人公と成り行きで戦うことになり、とっさの機転を利かせた主人公に初めて敗北を喫してからは、それをきっかけに彼のことが気になりだし、やがては恋に悩む女の子らしさを見せていくという、いわゆるギャップ萌えという要素を持つキャラクターだ。
そして、昴が『あかうた』のエンディングを見たのは、彼女のストーリーが最初だった。
言葉や行動は荒々しいが、決して悪人ということではなく、素直で裏表のない性格がいいなと思い、レアのシナリオを進めていった結果、最後に彼女とは両想いになるのだが、再び旅に出る主人公は再会を誓い、別れるという、そんなエンディングを迎えた。
その後も別のヒロインのシナリオを攻略したが、結論として昴はレアの話が良かったと感じ、ヒロインの中でもレアが一番好きなキャラだということになった。
しかし……そんな理由からなのか?自分がここにいる原因というのは。
それに、会ったとして何をすればいいのだろう。
向こうにしてみれば、自分は本来の主人公の旅人とは違うわけで、その辺りの違いがどうにかなる仕掛けもよく分かっていない。ハルフォードがこの世界のことを認識している理由だって明らかになってはいないのだから。
「それは、レア……さんのことですか?」
昴は、ゆっくりと彼女の名前を口に出して聞いてみた。
この架空の世界の入り口に自らの足で慎重に踏み入るように。
「そうです。我がマクドウェルファミリーの当主、レア・マクドウェルお嬢様です」
「……そうですか」
「何かご不安なことがあれば、仰ってください」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……会って、どうしたらいいのかが分からなくて」
「そうですね。何故スバル様がお嬢様に呼ばれたかというのは、私からは申し上げられないのですが……その点については、お会いして頂ければお分かりになって頂けるかと」
「……分かりました」
「ご理解頂き、ありがとうございます……ああ、見えて来ました。あちらが……」
ハルフォードが手を向けた窓の外に、ゲームの中で何度も見たことのある外観の建物が見えた。
「お嬢様のお住まい、マクドウェル家のお屋敷でございます」
車はそのまま重厚感のある門の手前まで進み、静かに動きを止めた。
助手席の男が先に出てこちら側のドアを開け、隣に居たスキンヘッドの男も外に出て共に並び、
「ご苦労さまでした。こちらへ」
と昴を迎える。もしかしたらハルフォード以外はモブキャラクターとして喋ることがないかもしれないと思っていたので、他の人物の声を聞いて少し安心することができた。
「ようこそ、スバル様」
ハルフォードが門の横に立ち、昴を促す。
「さあ、レアお嬢様がお待ちです」
その扉が、音を立ててゆっくりと開いた。