7・見えない雨粒
「ほら、ミウのお兄さん」
職員室から借りたアルバムを広げ、ルルがページの端を指さした。ミウは覗き込む。集合写真の列から外れたところに、まるで関係ないように立っている男の子がいる。
「これ?」
「もっとあるよ。探しておいたんだから」
ルルはページをめくった。花壇の世話をしている子供たちの頭上から、ジョウロで水をまいている。運動会の玉入れのかごに乗り、あんパンを食べている。ミウは目を近づけて見た。こんな突飛な行動をしていなければ、同一人物かどうかさえわからないほど小さな写真だ。
「本当にこれ?」
「そうだよー! ミウにそっくりじゃん」
いつごろの写真だろう、と年号を探す途中、ふと大きな一枚を見つけた。
「あっ……」
逆光のせいで顔はわからない。王子や兵士、動物に扮した子供たちの中で、一人だけ大人びたローブをまとっている。これだ、と直感が告げた。
その人はステッキを掲げている。自分の背丈より大きな、槍のように尖ったステッキを空に向けている。晴れている写真なのに、ステッキの周りには水滴が飛び散っている。
「学芸会かな? あたしもこんなステッキ欲しい」
ルルがうっとりと言った。
ミウは自分の手を見つめた。リネン君を刺し損ねた後、ステッキは消えた。それでも、暖かい雨に包まれたような安心感は覚えている。
見えないわたあめのように、これからもミウを守ってくれる。
ミウはアルバムを閉じた。
「ルル、今日空いてる?」
「リネンのとこには行かないの?」
「私には、リネン君より、兄のことより、大事なことがあるんだって。よくわからないけど、きっとそうなんだと思う」
そっか、とルルが言った。跳ね起きるように立ち上がり、ミウの腕を引く。
「いい店知ってるの。帰り道からちょっと外れててね、買い食いしても怒られないんだよ」
廊下に出ると、三年生の教室からマユキ先輩が走り出てくるのが見えた。スコップをかつぎ、ミウたちには目もくれずに階段を降りていく。
ひゅん、と冷たい風が吹き抜ける。雪景色と海の香り、痛いほど澄み切った空気が横切った。
「マユキ、今度は何する気だよ」
「校庭を掘ります。イクラが住めるようにします。手伝わなくていいです」
「おい、また怒られるぞ、マユキ!」
同級生に追いかけられ、マユキ先輩は走っていく。踊り場にたむろしている男子たちを跳ね飛ばし、一階の廊下を駆け抜ける。
図書室の前を通ると、アサちゃんと西川くんがパーティ料理の本をたくさん借りていた。リネン君の誕生日にサプライズパーティを開き、学校へ誘い出す作戦らしい。
靴箱のそばでは、留学生たちが落ち葉やコスモスの切り紙を壁に飾っている。一年生が覚えたての歌をうたいながら通り過ぎる。給食袋を忘れた子が急いで引き返す。しゃがみこんで誰かを待っている女の子がいる。
「あれ? ミウの傘」
ルルが傘立てを指差す。雨の日にさして帰ったはずの傘が、ぽつんと置いてある。握り手のところには、青いバラがリボンで留めてあった。
ミウは傘を手に取った。水色と白の水玉模様がしっくりと手になじみ、不思議な懐かしさがよぎった。まるで長い旅をして自分のもとに帰ってきたようだ。
ミウは振り向いた。校庭の真ん中で、マユキ先輩がスコップを振っている。ミウも傘を振り返した。
「行こう」
ルルに促され、ミウは校門を出た。バイバイ、バイバイ、といくつもの声が弾けて消えた。見えない雨粒が傘に、靴に、スカートの裾に、お団子の髪に転がっている。
リネン君のわたあめもいつか、見えなくなる日が来るだろう。その時は、何も持たずに会いに行こう。
ルルと並んで歩きながら、空を見た。青く澄み切った色が、ミウの瞳へ真っすぐ落ちてきた。
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