3・マユキ先輩
「スコップを返してください」
三年生のマユキ先輩がミウの教室へ来て言った。マユキ先輩はとても小さいので、廊下の隅や階段の下、本棚の中などによく隠れている。同学年の男子たちと遊んでいると、埋もれていつのまにかいなくなっている。そして後から屋上で発見されたりする、謎の人だ。
「スコップがいるんです。どうしてもいるんです」
「あ……ごめんなさい。昨日、なくしちゃって」
ミウはリネン君の家へ行ったいきさつを話した。聞けばあきらめるだろうと思ったが、マユキ先輩は顔色ひとつ変えなかった。
「リネン君の家ですね。わかりました。リネン君って誰ですか」
説明しても仕方がないので、一緒に電車に乗り、リネン君の家へ行った。ところが、大きなわたあめを見た途端、マユキ先輩は興味を失ってしまった。
「こんなの大したことないです」
「えっ。だって、スコップがこの中に」
「北海道の雪はもっとすごいです。地面が全部凍りついて、みんなで雪像になるんです」
そういえば、マユキ先輩は北海道から転校してきたのだ。あっ、とミウはようやく気が付いた。
「先輩、もしかしてこの前の地震で……」
「北海道にはイクラがいます。タラコもたくさんいます。ウニも、友達も」
マユキ先輩の親戚や友達は、地震で生き埋めになってしまったらしい。北海道は全て氷に覆われているので、特別なスコップでなければ掘り起こせないのだ。
「溶かしたらだめなの?」
「だめです。イクラがあふれてしまいます。ミウはイクラとかまぼことどっちが好きですか」
「かまぼこ」
そうですか、とマユキ先輩は言い、走っていってしまった。しばらくすると、銀のハンマーといちごシロップの瓶を持って戻ってきた。
「北海道に行きます。僕が助けるしかないんです」
「待って。被災地にいちごシロップとか絶対迷惑ですよ」
「僕が戻らなかったら、スコップはリネン君にあげていいです」
マユキ先輩は風を切って走り、あっという間に見えなくなった。ミウはわたあめの家を見上げ、スコップの跡を探した。どんなに目を凝らしても、ただただ白いだけだった。