1・リネン君の家
リネン君が学校へ来なくなった。
いじめっ子のソウスケにお尻を蹴飛ばされたから。漢字の書き取り二千五百ページに挫折したから。季節の変わり目になると足首が痛むから。給食当番が嫌だから。
いろいろな説が飛び交っているけれど、本当はどれも違う。ミウは知っているのだ。そんな生半可な理由で学校へ来られなくなるわけがない。
「ミウちゃんって、リネンと家近いよね?」
「たまに会ったりする?」
リネン君は背が高くて勉強もスポーツも得意なので、女の子に人気だ。隣のクラスの子たちも、学校へ来ないことを心配している。でも、誰も家まで行って確かめようとはしない。
「だって……わざわざ行くのも……ねえ?」
「ミウちゃんなら何か知ってるかと思って」
ミウは隣のつるかめ市から越境してこの学校に通っている。リネン君もそうだ。最寄駅も同じなので、ミウが毎日宿題のプリントを届けている。
「私だって怖いのに」
ミウは今日も、給食だよりと国語のプリントを持ってリネン君の家へ向かう。駅を出て、商店街へ向かわずに公園の前を通り過ぎ、住宅街へ入るとすぐ、白いふわふわの塊が見える。
「やっぱり今日も同じだなあ」
リネン君の家は、巨大なわたあめになってしまった。四階建てのアパートよりも大きなわたあめに、リネン君は取り込まれてしまったのだ。
「こんにちは。同じクラスの水野ミウです」
わたあめに話しかけても、リネン君を出してくれたりはしない。玄関は白く閉ざされ、インターホンがあったところを押してみても、指にねっとりと砂糖がついてくるだけだ。
体当たりをしようものなら全身べとべとになってしまう。むしってもむしっても、わたあめは糸のような手を伸ばし、空から雲をとってきて穴をふさいでしまう。
「あーあ。とても勝てないわ」
ミウはプリントを二枚わたあめに押し込んだ。もう一度リネン君を呼んでみたけれど、返事がないので帰ることにした。
みんな、本当のことを知るのが怖いのだ。それぞれがわたあめに閉ざされたように、なんとなく見たり聞いたりしている。心配、と言ったそばからわたあめに塗り固められてしまう。
ミウは指についた砂糖をなめながら、リネン君の顔をぼんやり思い出そうとしていた。先月まで一緒に勉強していたのに、本当にぼんやりだった。