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二日目です。お収めください。
酒場。そこはギルド【ディトリヒ】の運営するギルド食堂でもある。そして、その隣がギルドの受付カウンターになっていることに気が付いたのは、つい最近。
今日一緒にギルドまで出社したテレシアに教えられたのだった。
「すみません」
「お、色男。昨日は楽しんだかい? まさか、あのテレシアが男に気を許すなんて思っても見なかった。なんか、お前さんはテレシアの幼馴染とかかい?」
「は……ははは。嫌だなあ。テレシアとはお話していただけですよ。ちょうど、趣味が同じでして」
「それだけかい?」
「はい、それだけですぉ」
勘違いしているのは知っている。彼女は、テレシアのお姉さん的存在という、バジルという女性。豪快な性格をしており、その巨大な胸にはサラシを巻く程度の。それだけでは隠れきれてないけれども。
そして、そっちの仕事も昔していたと言うから、ギルドに来る前にテレシアに「絶対絡まれるけど、適当にしていいから」と注意を受けていたひとりでもある。
「んで? 色男。仕事でも探しに来たのかい? 昨日でなけなしの銭がなくなったのか? 見栄晴からだぞ!」
ガッハッハと笑う彼女。それでもその美形はなかなか。そして、もうすぐ零れ落ちそうなそれ。
聞く所、見えたとしても彼女は気にしていないと言う。たまにギルド内で晒しがはち切れたときも普段通りに接客していたと言うから。
彼女は、アレクの頭を軽くチョップしてから、机の下からファイルを取り出した。
別段、大したことのない普通のファイル。
「これは、ランク別に自動で依頼を選んでくれる魔法のファイル。ギルドでもここと王都にしか無いが、まぁどうでもいい。お前さんのギルドランクはいくつだい?」
「? このギルドのカウンターには、ギルドメンバーを把握するための魔道具があるんじゃないのか?」
「そんな便利なものは無いよ。まぁ、ランクがないってことはもしかしなくても、このご時世にギルドに属していないと」
あからさまに驚くバジルは、またも机にしたから出したのは、書類である。
「これは【ディトリヒ】に入るために契約書、テレシアもここのギルドだから安心して。はい、一通り目を通してほしい」
ギルド要項として、三つだけ書かれていた。
1,ギルド員同士で争うことを禁ずる
2,ダンジョンアタックの際に【ディトリヒ】は責任を追わない
3,毎月銀貨10枚の納金をする
そんなところだ。別におかしなところはないと思う。
3は、会員制って話なのだろう。ギルドには依頼がたくさん来る。その依頼を解決、及び達成すれば依頼料が支払われる。そして、そのコンテンツを使用するには有料会員では無いと行けないというはなし。
依頼をこなせば月の納金は出来るだろう。
しかし、ダンジョン攻略のためのギルドだと言うのに、責任を追わないとは少しメンバーに対して厳しすぎやしないだろうか。
ビビったギルドメンバーはダンジョンアタックしなくなるのではなかろうか。
まぁ、人はたくさん来るから一人ひとり管理するのは面倒だろうが。この帝都には、外から来る人間も多い。
数万人の人間が入ってきたり出ていったりする。それを管理する門番の方々は偉大だと思うが、それくらい多いのだから、一人死んでも十人死んでも関係ないのかもしれ無い。
「いや、違うね。このギルドには死ににいくバカは居ないのさ、新人」
「!?」
「これは失敬、君の疑問に先駆けて答えさせてもらった。ぼくには【アンサー】というオンリースキルがあるからね。
といっても、近くの人の疑問の答えが浮かぶだけだけどね。そのスキルを利用して、ギルド員の相談役を請け負っているんだ」
「んで、読んだだろ。入るならここにサインをしておくれよ」
ところで、バジルという女の年齢っていくつだろうか。
「29」
アレクの後ろにいる相談役の彼が即答した。
もしかして僕の心を読んでいるのではなかろうか。すると、僕のスキルも知られているのでは……まぁ知られたところで何もないが。利用価値もないし。
「いや、心は読めない。疑問の答えが浮かぶだけだ。それに、君のスキルは知らない。何かオンリースキルでも持っているのか?」
「おい、ファルス。今は入会の話をしているんだ。それと、ファルス。あとで俺のところに来いよ」
「やめておこう」
颯爽と、ファルスと呼ばれた相談役の彼は、人混みに紛れて消えていった。
【アンサー】というスキルを持っているのに、名前が偽とは、少しかわいそうではあるが。
「そうですね、バジルさん。このギルドに入らせてもらいます」
「ほら、ここに名前を書きな。書けないなら代筆するが」
「大丈夫ですよ、僕は文系なんです」
「ブンケイ……とは?」
バジルは頭にはてなを浮かべて、アレクを見た。
あれ? 師匠の言っていた言葉は通じないのか。これは他で言わないようにしよう。
「研究職のことですよ。あまり気にしないでください」
「そうか、……では、アレクトラ……と読むのか。癖が強いな。
では、アレクトラ。これで入会した。そして、銀貨10枚は来月から収めてくれればいい。一ヶ月間はお試し期間で無料だ」
なんか、よく聞く商法だ。
「そして、テレシアはそこそこ稼いでいるが、あいつを働かせないでいい程度に稼げるようになれよ。これが依頼書だ。お前は今入会したので、最低ランクのFだが」
「草むしりとかしか無いじゃないですか。……あ、ディアーの討伐。……これはダンジョンの依頼ですね。これにします」
「最初からダンジョン系の依頼をするのか。腕に自身があるようだな。まぁ、ディアー程度なら村人でも倒せる程度だ。新人にはちょうどいいだろうよ」
――僕にはそれが倒せるだろうか。一般人程度の力しか無い。村人はああ見えて筋肉の塊だ。僕とは大違い。
バジルがいるクエストカウンターを離れて、いつも自分が座っているカウンター席に来た。
そこには、ニヤついたスタッフが三人。
「テレちゃんの具合はいかがでした?」
どストレートに聞いた、女性。彼女はアレクによく話しかけてくるスタッフ、カナ。
カウンターに両肘をついて、両手で顔を支えて、アレクにそのニヤついた性格が出ている目を向けて
「初めてだったぁ?」
げひひひひ、と下品な笑い方をする。
「そんな、カナちゃん直接すぎるよぉ」
「大丈夫大丈夫、お客さん毎日来る常連だし、たまに話すし、ねぇアレクさん」
「あ、ああ。別にテレシアに手は出していない。誓おう」
「誰に? テレちゃんの処女に?」
げっひっひ、とその笑い方は大きくなる一方。
顔立ちは、このギルド、顔で選んでないかって程に整っているスタッフが多い。こんな気色の悪い笑い方をしているカナであっても、黒髪ロングの超絶美形だったりする。
そして「ふえぇ、カナちゃんやめたほうがいいよぉ」と、ふわふわしている彼女は、垂れ目気味の妹系。名前はエリカと言った。
「それは確かでしょうか。今から少し見てきますね」
「おっとぉ、ケイちゃんそれは駄目だぜぃ。第一にテレちゃんに無理矢理はこの私が許さないぞ、げひひ」
じゅるりとカナは口元からたれたよだれを拭いた。
カナの後ろには、エリカとは別にもう一人の女性がいる。清楚系の黒髪スレンダー。それにメガネを掛けている。腕を組んで、クイッとメガネのズレを治す。
師匠が言うには秘書系というのだろう。彼女のようなタイプはS系っぽいが実はMらしい。そして、彼女はジャスティン・ケイ。
彼女たちは、メイド服というこのギルドの制服を身に着けている。そして、その目線は全てアレクが抑えているという。
しかし、あまり嬉しくない。
ただ、いつものようにオリジナルジュースを頼もうとしていてのこれだ。
そして、ニヤついたカナの目は少女というより、おじさんのそれだ。
「で、テレちゃんは人前に出るタイプじゃないし、アレクさんもテレちゃんをあまり見たことなかったんじゃ無いかな? いくら毎日ここに来てるって言っても、まだ半年。
私とか、ケイちゃんとか話してるスタッフはいるとは思うけど、どうしてテレちゃんだけをお持ち帰りしたの? それが一番の疑問なの。
どうして私じゃないの?」
「そ、そこなのぉ!?」
エリカは驚いて声が大きくなったようで、慌てて口を隠して、涙目になってアレクを見た。
「え? カナは良かったの?」
「良くない」
「いや、だから。何でテレちゃんなの? って話なの!! 私だってテレちゃんと一緒に寝たい」
「そうか。残念だが僕もテレシアとは寝て居ないんだ」
アレクが言うと、少し考えるようにして、カナは頷いた。
「そうね。アレクさんは一晩中ヤりそうで寝る間もないと思ったわ」
「そういう意味では無いんだが」
「わかってるから。あなたはそういう人よ、アレクさん」
カナは、アレクの肩に手を置いた。
「ともかく、僕はオリジナルジュースを一杯貰いたい」
「はいはーい、エリカちゃんよろしく」
「ふえぇぇ」
それは鳴き声なのか、了解したときの返事なのか。ともかく、エリカは厨房の方まで行った。
「お前に頼んだのに、任せるのかよ」
「私は、アレクさんにテレちゃんの具合を聞く義務があるのよ」
ケイがその場を黙って離れる。
「席を片付けてくる」
ちょうど、料理を食べ終わり、席を離れたお客さんを見たようだ。
カナは手を振り、見送ったあとに少し小声になりアレクに言う。
「テレちゃん、さっき君と来てからトイレから出てこないもの」
「な、何もしてないのにか? まじで僕は何もしてないんだ ぞ!!」
「まぁ、それはどうでもいいのよ。テレちゃん笑ってた。昨日。なんだかね、嬉しくて。
いっぱい努力して、勉強して、ダンジョンに行って、テレちゃんは何かに急かされるように死に急いでいるように見えたし。
死なないのはわかってる。彼女はとても強いもの。精神的にも、力も。でもね、楽しそうにしているのを見たのは、昨日のあの時で久しぶり」
「……ん、んん」
「だからね、大事にしてほしいの」
カナは最大級の笑顔で僕にそう言った。
「それは、大丈夫だ。そのために、今日はダンジョンに挑戦しようと思っている」
「それが、どうしてテレちゃんのためになるの?」
「お金を稼ぐんだ」
「テレちゃん、お金には幸せを見出してないわよ。何? 実は昨日フラレてて自殺しに行こうって訳じゃないわよね。
フラレても私が慰めてあげるから、ね! 死ぬのは少し考え直しなさい」
「いや、違うよ。僕はテレシアにプレゼントを買うためにお金が欲しいんだ。今の手持ちは、半年間働いてなかったから底を尽きかけていてね」
「半年間働かなくても良かったお金って、どんだけ持ってたのよ」
確かに、この店は結構高い。ギルドに属していない人からすれば結構高級店になるかもしれない。
それを朝昼晩、それに宿屋を取り、そんな生活をしているのはカナにはバレている。
それを踏まえて、半年間だ。
節約すれば、二、三年は暮らせてもおかしくない数字であるのだ。それをカナは暗算で弾き出した。
「あんたは馬鹿ね」
「知ってる」
そのとき、エリカが戻ってきた。
その手には、緑色のシュワシュワしている液体の入ったコップがある。
オリジナルジュースの面白いところは、それは決まった商品ではないことにある。
スタッフそれぞれに自分が作り出したレシピが幾つかあり、それをランダムで作っってきてくれるのだ。
女性スタッフ唯一の手作りの商品と言ってもいいかもしれない。カナのオリジナルジュースは一番の当たりで、三種類あるジュースはどれも美味しい。
ケイのジュースが地獄で、あれは何の拷問かと思うくらいの煉獄ジュース。
昨日のテレシアのは美味しかった。あの、どストレートの僕に合ったジュース。
まぁ、それはいい。
今、エリカが持ってきているのはエリカちゃんのオリジナルジュース。
別段、ハズレではなさそうだ。
緑色をしているが、クリアーできれいな色をしている。美味しそうではある。
「特製エリカジュースです」
「あ、エリカ。それはお客さんに出したら駄目なや…………いや、何もない」
「その長文は聞いたらいけないものだった気がするが。わかり易すぎる前フリだと」
「いや、大丈夫よ。これを飲んでも死なないもの。毒じゃないわ」
「流石に毒を出すのは店としてどうかと思うから、無いとは思うが」
一口。
それは、不幸な人間の一生を一度に味わったような味がした。