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下 君と僕の別れ道

 なぜ私は生きているのだろう。

 その問いはついぞ見つけることができなかった。私の中に理由を探して、それでも見つけられなかったから周りを探した。でもどこにだって私の生きる意味はなかった。

 恋をしてみたかった。一瞬で私の存在意義を与えて欲しかった。

 夢が欲しかった。盲目に生きていくための道しるべが欲しかった。

 全部手に入らないっていうなら、誰しもそうやって生きていくなら、私はこの世界を許さない。

 だから、行くんだ。絶対を手に入れるんだ。

 私は一人、静かに決意をした。



 「え?あいつが死んだ?何を言ってるんですか。あいつは殺したって死にませんよ。そういうやつだって先生も知っているでしょう?」

 「いや、本当なんだ。先生も未だに信じられないんだが、さっき親御さんから連絡があった。自殺だそうだ」


 一緒の帰ったあの日から三日ほど経ったある日曜日の夜、夕飯の途中に電話がかかってきて、僕は君の死を知った。君は僕のその時の気持ちを想像できるかい? ……まあ、できるはずないよね。それが君らしい。まず、僕は最初先生の言ったことに全く取り合おうとしなかった。むしろ先生からの電話でなく、別人のいたずら電話か何かなのではないかと疑ったほどだ。その場では少し早目のエイプリルフールか何かだろうと決めつけて電話を切って、それから何事もなかったようにいつも通りの毎日を終えた。馬鹿らしいだって? いやいや本当にそう思ってたんだよ。だって君が自殺するなんていくら僕でも予想の範疇外だったからさ。

 しかし、翌朝になって君の死は急に現実味を帯びてきた。それは手元を恐ろしいほどのスピードで流れていくSNSのログや、階下での騒がしい物音の仕業だった。そして、下に降りて母がテレビを見て口を覆い涙を流している姿を見て、君の死は確定した。


 でもそのことを心の中でどこか認めていない僕がいて、その僕がわらにもすがる思いでお母さんに話しかけた。


 「お母さん、なにがあったの?」

 「柊ちゃんが……自殺したって」

 「ああ、やっぱりか」


 不意に口をついて出たのはその程度の言葉だった。勘違いして欲しくないだけど、僕は別に君のことを大切に思ってないわけではない。むしろ僕は君のことを大切に思っているからこそこの現実が、現実だと思えなかった。


 「やっぱりって……あなた何か知ってたの?」

 「ああ。昨日先生から電話があったんだ。あの時は全く信じてなかったけど」

 「……そうよね、そうよね。まさかあの子に限ってそんなことするはずないと思うわよね」


 お母さんは僕に言っているというよりむしろ自分に言い聞かせているように感じた。その姿が僕を見ているようで余計に絶望した。目の前が真っ暗になった。

 お母さんは袖で涙を拭いて、


 「とりあえず今日の夜はお通夜だから準備しておいてね」

 「わかった。あとお母さん」

 「何かしら?」

 「朝ごはんある?」

 「……あら、ごめんなさい。今から作るわね」


 そう言ってキッチンへと向かったお母さんの憔悴した顔を見て、僕はリモコンを取り、テレビの電源を消した。現実逃避だって今ぐらいはさせてくれていいだろう。

 少し遅めの、会話のない朝食を終えた僕は部屋へと戻り、鍵を閉めた。そして感情を爆発させた。


 幾分か冷静になった僕は机に座り、君の死の状況を集め始めた。もうここにはいない君の破片を見つけるかのように。

 死因は練炭による一酸化炭素中毒。いったいいつから準備してたんだか。それを見つけたのは君の母親で、日曜の朝に君の部屋に入って君を発見したそうだ。これはニュースで見つけた。それから自殺の動機。これは現時点ではまだわかっていないそうだ。警察は調査をしているが、どうやら望み薄のようで、『突発的な自殺』このままいくとそう片付けられるそうだ。これはSNSで見つけた。

 他にも情報が転がっていたが、僕にとって大切なのはこの二つ。どういった方法で君は死に、どういった理由で君は死んだのかだ。動機が分かっていないと知った時には思わず笑ってしまった。そりゃあそうだろう。あんな性格の君が素直に遺書なんて書くわけがない。きっと僕以外の誰にもその意味は分からないだろう。

 チクタク、チクタクと時計の音がうるさく響く。声のない部屋はこんなに静かだ。そこで考えるのをやめた僕はベッドへとうつぶせに倒れ、枕に顔を埋めた。

 なぜだろう。さっきまで、嵐のように猛っていた心の中が、今は凪のように落ち着いているように感じる。もはや君が死んだということですら全て予定調和であったように思えてきた。人は度を過ぎた絶望を味わうと一周まわって冷静になるというが、今の僕もそんな状況なのだろうか。


 ……ちょっと待てよ。君が死ぬことは予定調和で、動機は突発的である。頭の中で何かが引っ掛かる。意味不明な君の考えを毎日聞いていた僕でしか分からない動機がそこにあるはずだ。僕は顔を上げ、立ち上がり、自分の部屋をぐるぐると歩き回りながら考える。手段に状況、それから動機。

 窓を見るといつの間にか太陽は真上まで来ていた。今日は雲一つない真っ青な空だ。君が死んだことを悲しみもしていないみたいで、それが癪に障った。

 と、僕は一つの仮説にたどり着いた。突拍子もなくて根拠なんて全く見当たらないそんな推論だったが僕は自分の考えが百パーセント正しいように思えた。

 ――ああ、そうだ。そういうことだったのか。君の気持ちが少しだけわかったような気がした。確かに君はそういう人だった。さすがは非常識人。考えることがぶっ飛んでいる。

 それから、急に君との何気ない日々が思い出されて、明かりを消した自分の部屋の中で少しだけ泣いた。

 きっと今夜は月がさぞかし綺麗だろう。もう僕には意味のない話だ。



 初めて見た君の死に顔。眠っているかのように安らかな顔をした君を見て僕は思ってしまった。

 君はなんて綺麗なんだ、と。僕は相変わらず君に縛られっぱなしのようだ。たぶん縛っているのはよく言う、赤い糸って奴だろう。


 僕はもう君の告別式に来ていた。それは氷雨の降る、冷たく寂しい日だった。今頃悲しんだってもう遅いよ。今日は君を送り出す日なんだから。

 なぜだろう。君が死んでから僕の記憶はジグソーパズルのようにばらばらだ。きっと僕の時間はあの電話がかかってきた時から止まったままで、目の前の光景が他人の記憶を見ているようにしか思えないからだろう。

 クラスメイトは全員君の告別式に呼ばれた。もちろん僕もだ。告別式は近所のホールで行われることになり、僕は一人でそこへ向かっていた。お母さんは急に抜けられない仕事が入ったようで何回も僕にごめんね、と申し訳なさそうに言っていた。僕は気にしないで、と言ったがそれが僕の言うべきことでないことに気づいてなんだかおかしかった。どっちにしろ今日は一人で来るつもりだった。きっとそうするのがふさわしいから。君との答え合わせが、最後の宝物をまだ開け終わってないから。

 ホールへ着くと艶やかな光が僕を迎えた。あたりを見回すと、案内板が見えた。どうやら丁度別れ花の時間のようだ。間に合ってよかった。僕は案内板をたどっていき列に並び始めた。

 列に並んでいるとクラスメイトの女子たちがなんで、どうして死んでしまったの、と泣いている声が聞こえてきた。どうして、か。僕がその理由を彼女たちにもし話したとして彼女たちは納得するだろうか。……いや、しないだろう。むしろふざけたことを言うな、と殴られてしまうかもしれない。

 そんなことを考えていると君の姿が見えてきた。それはまるで白雪姫のワンシーンを見ているようだった。棺の中で眠る君。君を殺したリンゴはだれが持っているのだろう。

 ……さあ、あと2人、1人。次が僕の番だ。

 左手に持っていた花を右手に持ち替え、棺のほうへ一歩踏み出す。

 君の姿を見て僕は思わず息をのんだ。

 君は美しかった。それはこの世のものとは思えない――まあ、当たり前か――ほど神秘的な雰囲気と静謐せいひつさを併せ持っていた。いつだって君は病的だ。


 「大丈夫。僕は分かっているから」


 思わずつぶやいていた。独り言なのかそれともあの時の答えなのか、自分でもよくわからなかった。

 その時だった。君の声が、唄うようなソプラノの声が聞こえてきた。頭がおかしいと思うかもしれない。そんなことあるはずがないというかもしれない。でも、間違いなく僕には君の声が聞こえたし、それだけが分かれば十分だった。


 「---」


 僕は君の声を聴いて思わず笑ってしまった。だってやっと分かったから。見つけることができたから。

問われたのはあの時と同じ質問。

 僕は答える。


 「いいや。だって恋は一瞬だから」


 そういって一息つき、もういちど口を開いた。言おうと思ったのはあの時とは違う、僕の気持ち。理由なんてないけれど、それが僕の心の中にしまっておくべきものなんだとそう決めることは出来た。

 頬が紅潮しているのが自分でもわかった。でもこれは言わなければいけないことだから。

 確かに僕はもう君に恋をしていない。

 だけど、

 だけど僕は、


 「柊さん。僕は君を愛しています。ずっとずっと愛しています」


 ――だって愛は永遠だから

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