マイナスのプラス
「かおりー?あんたいい加減に学校行きなさいよ!?」
朝の通勤時間で、何処かの家から母親の声が聞こえる。寝坊でもしている女の子をお母さんが起こそうとしているのか?いや違う、断じて否だ!何故それが分かるかって?
それは私の家だからだ。そして、私が香織だ。年齢17歳の引きこもりだ。朝から起きている、非常に健康的な引きこもりだ!!
と、自慢した所で誰か笑ってくれるわけでもないし、馬鹿にするわけでもない。そうだな、もう3ヶ月は家族以外の人とまともに話をしていないな。
毎日ちゃんと掃除もしているから部屋はきれいだ。朝昼晩とちゃんとご飯も食べるし、家事の手伝いもする。そして、夕方にはランニングに行くし、夜は早く寝る。
そりゃ、こんな私を見て誰もが何故学校に来ないんだ?というか、それは引きこもりではなくて登校拒否だろ。無理矢理でも行かせろよ!という話をちらほら聞こえますよ。
学校の先生やら親がそういった話をする時は、私は逃亡する。無免許でチョイとバイクをちょろまかして遠くに逃げる。その後は、ほぼほぼ警察のお世話になって帰宅だ。
「かおりー?開けるわよ?」
「はーい」
部屋の扉が開いた。そこで気付く私。あれ、もう一人いないですか?お父さんはもう会社に出掛けたし、じゃあこんな朝早くから誰かお客さん?
「やぁ、久し振りだね」
「、、、!」
母の後ろには学校の先生が立っていた。いつもなら夕方に来るから、先生の来る気配がしたら家から飛び出していたのだが、、、朝来られるのは想定外だ。
「いや!行かない!」
私は窓を開けた。そして、後ろも振り向かずに飛び降りた。ここは2階だが、もしものために庭にマットを置いておいたのだ。私ってば優秀!
マットの上に落ち、そのまま綺麗に一回転をして地面に降りる。近くに隠しておいた靴を履いて、家から飛び出した。狭い路地裏をぐねぐねと走り抜けて、近所の子供達しか知らないルートで駅まで走った。
「はぁはぁ、、まさか朝から、はぁはぁ、来るなんて」
ふらふらと、ポケットに入っていたお金で切符を適当に買った。駅は通勤時間と重なってたのか、多くの学生やサラリーマンでごったがえしていた。特に急いでいるわけでがないが、追いかけてきた親か先生に捕まる可能性もある。渋々、満員電車に飛び乗った。
「ね?魔女の店って知ってる?」
「何それ?都市伝説?」
東京の朝の電車はごちゃごちゃしているが、日本の電車内は静かだ。私と同じ女子高生だろう。人が多すぎて良くわからないけど、電車内の何処からか話し声が聞こえた。
「そう、それでね。自分の大切な物と魔法を交換してくれるんだって」
「なにそれ。恋が叶う魔法とか?」
「そうそう。そういうの、何処にあるんだろうね?」
電車の扉が開く。買った切符の駅だ。
「降ります!降りまぁ~す」
ほとんど誰も降りない駅で人をかき分けながらホームに降りた。なんで、こんな変な駅までの切符を買ったんだ?私は。
学校とは反対方面の電車に乗ったので、ここが何処だか全然分からない。初めてくる駅だ。とりあえず、駅から出て、近くに置いてあるバイクをちょろまかす。もう鍵を開けるのにも慣れたものだ。
「さて、今日は何県の警察にお世話になるかな?」
エンジンをかけて、ヘルメットせずに走り出した。この調子だと直ぐに捕まってしまいそうだ。
*
運が良いのか悪いのか、特に警察のお世話になることもなく日が傾きはじめた。ガソリンが無くなったバイクを引きずって、私は近くの公園に足を踏み入れた。
バイクを置いて、ふらふらと公園内を歩いていると突然良い匂いが漂っている事に気が付いた。その方向を見ると、小さな喫茶店のようなお店が公園内にあるのが見えた。
「小銭は、、少しはあるわね」
『魔女の店』
そう書かれた看板が、店の前で光っていた。
私は特に何も考えずにその店の扉を開いた。
「いらっしゃい」
店に入ると、そこには魔女の恰好をした可愛らしい女性が座っている。入る所を間違えたかな?しかし、部屋からは確かに美味しそうな匂いはするのだ。
「ここは何ですか?」
「魔女の店ですよ。まぁお座んなさい。別に金なんて取らないですから」
「、、はぁ」
言われるがままに、紫色の可愛らしい椅子に座った。座ってから気づいたのだが。テーブルの上に置いてあるフラスコ、そこから美味しそうな匂いが出ているのだ。
「あの、そのフラスコは何ですか?」
「あ、これはですね。ごきぶりホイホイのように、お腹を空いた人を呼び寄せる物です」
「馬鹿にしてるの?」
「まぁ、まぁ。ところで魔女の店と聞いて何か思い当たる節はありませんかね?」
私はそういえば朝の電車でそんな話を聞いたのを思い出した。
「あー。なんか、魔法がどうのこうのとかの」
「あ、それです。まぁ、貴方の大切な物との交換になりますが」
大切な物、、ね。別に今そういった持ち合わせはない。そもそも、大切な物という物を持ったような記憶がない。
「何でも良いのですよ。ただ、大切な物の度合いによって魔法の効力が変わってきますが」
大切な物、大切な物ね。あ!そうだ、あるじゃない。大切なも物が。
「私の大切な記憶をあげる。その代わりに嫌なことを忘れられる魔法が欲しいのだけど、、記憶って物?」
「えぇ。形は無いけど問題ないですよ」
「じゃ!それで」
「分かりました」
魔女は、私の髪の毛を一本抜いてフラスコの中に入れた。その後は、いかにも怪しい液体が入った別のフラスコを取り出して、それに注ぐ。手に持ち、くるくるとまわす。
「記憶よ、魔法になりその姿をあらわせ」
フラスコが青色に光る。その光は徐々に大きくなり、次第に目をつぶるほどの強さになった。
「では、確かに魔法を授けましたよ」
魔女の声が聞こえたのを最後に意識が途切れた。
*
目が覚めると、そこは家のベットの上だった。日付を見ると、何故か昨日1日分の記憶が無い。それだけでなく、それ以前のことも何だかあやふやだ。
ベットから起き上がり、部屋を出ようとしたする。すると、床に1冊の本が転がっていることに気が付く。その本の表紙にはこう書かれていた。
〖嫌なことを完全に忘れさせてくれる魔法〗
「嫌なこと?忘れたいような嫌なことって何かあったけ?」