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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

# 怙終 厳霜ヲ経テ終ニ報イヲ成ス

作者: トニー

 何故冬の女王様は塔を離れないのでしょうか。

 何故春の女王様は塔を訪れないのでしょうか。


 困った王様がお触れを出しました、とさ。


「王様がいるのに女王様もいるのって、おかしくね?」

「お后様のことだよきっと。だからおかしくはないのよきっと」


 従者の二人が、左右から好き勝手に喋っている。

 なんともはや、喧しい。


「ということは奥さん? 奥さんが部屋から出てきてくれないの誰か助けて?」

「なっさけない王様だねぇ。首でも括って死んだらいいんじゃない?」


 もう少し静かにしろと、注文を付ける。

 はーい、はーい、と返ってきた。返事だけはいつも元気なふたりなのだ。


「そろそろ春ちゃんの出番なのにお冬さんが出て行ってくれないのね」

「王様だからって好き勝手しすぎでしょ。四人囲って交代制? ふざけろエテ公」


 そう、返事だけはいつも明晰なのだが、結果は伴わない。ああ姦しい。

 後、女王様が四人いるっていっても、衣替えしているだけで本質は同一だからな?


「それで? ご主人はどうして関与? 別にほっときゃいいじゃない」

「『好きな褒美を取らせよう』だからだよ。王様の魂ヨコセなんだよ。さすが悪魔だよ」


 件の王様は血統的に四分の三ほど神族だから。今の我の格じゃ魂なんか捕れないよ。

 それに我は別に、王様のいう「好きな褒美」なんてものに興味はないのだ。

 与えられるものに興味はない。欲しいものは自ら奪ってこその悪魔だろう。


「でもお冬さん閉じこもってると、王様なにが困るんだっけ」

「そりゃあもちろん、人間がいっぱいいっぱい死ぬんだよ。そしたらほら、管理不行届きじゃん? 王様が天のお偉方に怒られちゃうじゃん?」


 降りしきる雪に霞む、天に届く塔の姿を遠くに眺める。

 天上と大地とを繋ぐ偉大な階段。神と人との接点として塔は聳え立つ。

 塔にして城。天の神々に連なる王の居城だ。


 地上世界の全てが凍てつき、住人たちなど滅び去ってしまえばいい。

 神々がそう考えていると、愚かな人間たちに信じさせることこそキモだ。

 絶望する人間たちに、哀れな家畜共に、我こそが手を差し伸べようじゃないか。


 旧き神々はお前たちを見捨た。見よこの凍て付きし世界の様を。

 今まさに、神々が無慈悲にお前たちを葬り去らんとしているのが分かるだろう。


 悔い改めよ。お前達の盲従に報いはない。

 我を信じよ。されば救いの火を授けよう。

 我を崇めよ。されば寛ぎの暖を与えよう。

 我を讃えよ。我こそが救世主なのだから。


 どうよこの完璧な計画プラン。実に悪魔的で素晴らしいアイディアだろう?

 というわけで邪魔はさせない。王のお触れに応じようとする輩の足を引っ張らなければ。


「じゃあ、女王様が入れ替わらないのは、ご主人の仕込みなのね?」

「どうやったの? どうやったの? 面白い話? 教えて教えて!」


 鬱陶しい。招き寄せるんじゃなかった。

 これから忙しくなりそうだったので、猫の手でも借りようと思ったんだが、選択ミスか。

 そして別にそれほどのことはしていない。ちょっと女王様に真実ってやつを教えてあげただけ。


 女王様、貴女様が衣替えの為に天に帰る土用の期間、王様は何をしていたと思いますか?

 貴女様への変わらぬ愛を語ったその口で、王様は他の女を口説いたことがあるのですよ?


「王よ! あなたが身の証を立てるまで、本宮わたしがここを離れることはないと知りなさい!」


 冬の衣装で塔に戻った女王様が、王様を弾劾するのを聞いて、我はほくそ笑んだね。

 やったぜ、作戦成功。ふははははは。


 女王様がさっくり信じた辺り、王様の日頃の行いが知れるというものだ。


「王様はやっぱり浮気をしていたのね?」

「やっぱりエテ公なのね? 女の敵ね?」


 やっぱりってなんだろうね。でも我は嘘なんてついてはいないさ。

 我が嘘をついていないからと言って、女王が信じた真実が事実とは限らないけれどもな。


 季節の変わり目である土用の期間。

 王様が何をしていたのか? 我の観察していた限りでは、王様はまじめに仕事をしていたよ?

 だから我も「何をしていたと思いますか?」と聞いただけだし。


 女王様と結ばれる前の王様が、今の女王様以外の女を口説いていたことがあるのは確実。

 よって「王様は他の女を口説いたことがある」わけで、嘘はついていない。

 それは浮気とは呼ばないかもしれないが、別に我は王様が浮気をした言ったわけではないのだしな。


「バカなことを言っていないで、己の義務を果たせ」


 そんな感じで、王様は女王様の言葉をはねのけた。

 取り合わなかった。もう見事にビシッと拗れたね。


 そこはもっと、根っこにある女王様の不安をくみ取ってあげなくちゃ。

 真摯に向き合ってあげなくちゃいけないところだったよ。分かってないね。


「つまり、偶々うまくいった、くだらない悪だくみということね?」

「まあご主人は小悪党だから仕方ないよ。ああでも、さすが悪魔だよとかいって損した気分」


 何を言うか。罠というものはだな、数を仕掛けてなんぼなんだぞ。

 そして数を仕掛けようという以上、そこまで一つ一つに凝ってなんていられないだろ。

 くだらなくたっていいんだよ。現に今回、見事にクリーンヒットしたじゃないか。


 後はどうやって、這い出た芽を大きく逞しく育てるかなんだ。

 偶然から転じた好機を活かし、最大の成果をもぎ取る。重要なのはそっちだよ。

 きっかけなんて正直、なんだっていいのさ。


 大々的に、王様はお触れまで出してしまった。

 事ここに至っては、女王が望むことは何だろうか? 我は想像力を働かせる。


 王様が見事自分の無実潔白を証明すること? いやいやまさか。

 それでは逆に、自分の過ちを認めることになるじゃあないか。いい恥さらしだ。


 王様が謝ること。悔い改めてくれること。

 年を重ねるに従って摩耗してきた優しさを取り戻してくれること。

 若く情熱的だったあの頃のように、再び自分を愛してくれるようになること。


 大切なことは、事実がどうだったかじゃあないと思うね。

 出来事をどう受け止めているのか。どうしてそう受け止めるに至ったのかさ。


 不安を抱かせてしまったことを詫びて、再度愛の誓いを口にして。

 そして抱き寄せて接吻を交わしてくれること。

 女王様が望むのは、敢えて言葉にするならば、そんなところじゃないのかな。


「なにを知ったか振っているのか知らないけれど、それでご主人はこれからどうするの?」

「逆仲人をしようというのね? 熟年カップルの悲劇を演出なのね?」


 どうするもなにも、さっき説明したじゃないか。

 とりあえず、街で情報操作でもしようかなと思って、わざわざ足を運んだのですよ。

 女王様がより頑なになる方面の噂が流布するのが、事態の長期化には好ましいよね。


 傲慢で我儘な女王様が王様を責め立てている!

 女王が我らの苦境を人質にして、我らの王に土下座を強いている!

 そんな勝手を許してなるものか! 立て人民よ! 悪しき女王の魔手から王を救い出すのだ!


 そんな感じの仕立てで如何?

 噂の火種を撒いて、煽って煽って凍える人々のハートを暖めて進ぜよう。

 事実を取捨選択して、推測を混ぜて大袈裟に語るのが、扇動のコツだよね。


 そんな噂が広まっていると女王様が知れば、それはもう素敵なことになってしまうはず。

 悪いのは王様なのに! なんで本宮わたしが責められなくちゃならないの?!

 謝ってほしいんじゃない! 浮気わるいことなんてしてないんでしょう? じゃあ証明しなさいよ!


 女王様からそんな発言さえ引き出せれば、自縄自縛になるからベストだね。

 そして消極的事実うわきなんてしていないことの証明というのは、なかなかに難しい。


 身動き取れなくなったところで、永劫の冬に沈む王国から、我は人間たちを救出するだろう。

 旧き神々の軛から人々を救済し、そして新しい世界で我が新しい神となるのさ。


「目的と手段の落差がひどすぎて、言葉がない感じね」

「ご主人、バカな夢を見ていないで、手頃な人間の魂を集める地道な努力に戻ったら?」


 だまらっしゃい。

 大体にして、天地創造から始まって、大洪水が起きたり、大竜巻が起きたり、大地震が起きたりする粗方の天災の原因は、神々の手前勝手な愛憎劇なんだってことになっているんだよ。

 その延長線上の話として、なんの不自然もないだろうが。


 王様と女王様が不仲になって、修復不可能で冬が終わらなくなる。

 そこで我が救世主として降臨し、哀れな仔羊どもを救済して絶大な信仰を獲得するのだ。

 うん、我ながら完璧な構想じゃないか。ほれぼれするね。


 そうだと信じることが大切なんだよ。

 目標を実現するためには、まず自分がそれを実現可能だと信じることから始めるべきなんだ。

 我ならできる。我なら達成することができる。我にしかできない!


 さあふたりとも、人間の姿に化けて、適当に噂を広めて来てください。

 ついでにどんな噂が今流れているのかも確認してくるように。我は塔の情勢なぞを見張っているから。


「えーッ! そんな面倒臭い! だいたい向こう、雪がたくさんで寒そうだし!」

「ご主人、自分で行ってくるべき! 塔の監視は僕らにお任せ。雲の上から見ていてあげる!」


 こいつら、これから唯一神になろうという我に対して、もう少し敬意を持つべきだろ。

 確かに今の我にそれほどの力はないがね。


 しかし一国の人間全てから信仰を集めることができるようになればだな、ひとつふたつの魂なんぞ全く問題にならない力を手にすることができるのだぞ。


「ご主人この前、喰うに困って借金をしていたものね」

「あれだよね、一発デカいのを当てて、何もかもをチャラにしようって考えが、もうクズの典型というか」


 さて、これから頑張ろうかな。噂を広めるには、やはりまず酒場からだろうか。

 王様のお触れの話をしているグループでも居れば、話が早いんだが。


「しかしご主人も懲りないよね。もっと身の丈に合ったことを目指せばいいのに」

「そうだよねー、分不相応は良くないと思うなー。できることを着実にこなしてゆくべきだよね」


 こいつら。悪魔がそれじゃあ夢も希望もないだろうが。

 望むからこそ叶うのだ。希うからこそ実現するのだ。魂とはそのための燃料だ。


 人間の可能性とはすなわちそれだ。そして我のような悪魔はその延長線上に在るものだ。

 できるはずがないと最初から諦める。魂を持って生まれておいて、そんな様に朽ちてどうするのか。

 まあ、動物霊にすぎないこいつらに言っても始まらないのかもしれないが。


 慎重さもそれはそれで必要だけどな。諦めちゃダメだろ。

 自分の限界を勝手に決めて、分相応だのなんだのとくだらない。

 そこ止まりで終わってしまうぞ。そんな詰まらない魂の浪費をして如何するのか。


 さあそれから、降り止まぬ雪の中、我は努力した。

 頑張った。ひたすら駆け回り、ひたむきに声を上げ、真摯に向き合った。

 人々の怒りを焚き付け、あるいは悲嘆を聞いてこれを励まし、大きな力に纏め上げたのだ。


 その間には、色々なことが起きた。色々なことを起こした。

 借金の返済に、小作農の身命を売り捌こうとする大地主を打破した。

 目減りする一方の糧食備蓄を横流しして、莫大な財を得ようとした役人を成敗した。

 続く冬に収穫も何もないのに、暦通りに税を課して徴収しようとした貴族たちと闘った。


「季節を司る女王を軽んじ、為に苦しむ民衆の苦境を省みず、終始人任せに無為無策だった愚かな王よ。今ここで我が剣の前に斃れるがいい。最後に何か、言い残すことはあるか!」


 何時しか我は革命軍の先頭に立って、王様に剣を突き付けていた。

 当初の計画と少し違う形になったが、まあその辺は臨機応変ということだな。

 傷心の女王様を誑かして、あんな分からず屋の王様なんか捨てちゃいなよとか、まあ色々とね。


「この下郎めが! ……悪辣な扇動に、不義密通。我が父であり母である天の神々が、お前の悪行を見逃すと思うのか。悪魔と化して、その魂まで呪われ朽ち果てるがいい!!」


 我はニヤリと笑って、斬首の剣を振り下ろす。

 ザグンッ ズシャーーッ コロコロ。


 呪いの言葉。なるほど確かにそれは我を呪うだろう。

 だけどさ、ねえお父様。我は既に呪われた身ですよ。


 そしてあんたが、我の母様にしたことを思えばだ。

 我の悪行なんて、たかが知れているとは思わないか?


「うわー、弑逆して王座を奪っちゃったよ。もうドロドロだし、夢も希望もないし、なにこのお話」

「おまけにご主人、王位に就く前の王様が作った庶子なのね? 父親殺しだし、義母寝取りだし、最悪ね」


 そりゃ、悪魔ですから。八分の三ほど神々の血を引きつつも、悪魔と堕した身ですから。

 他者を踏み躙り、魂を喰らってまでも、己の野望を叶えようとするのが我の在り様だとも。


 さあ王座を得て信仰を獲得したぞ。全てはここからだ。

 手前勝手な神々に支配されない我の王国を、これから築くのだからな。


 春の衣装に着替えた女王を抱き寄せて、微笑みかける。

 幼い女王は少し戸惑ったように、微笑みを返してくる。


 女王は精霊だから、春の衣替えで若返り、そうして永遠を生きる存在だ。

 我もまた悪魔として、野望が途絶えぬ限りは永遠の存在である。


 老いさらばえての倦怠期などないから、安心してくれていいのだぞ。

 接吻を交わす。王座共々これからの貴女は永劫に我のものだ。


「絶対、どこかで躓くと思うけどな」

「でも躓かなかった場合、どうなるのだろうね。本当に唯一神とかになっちゃうのかな」


 結局こいつら大して役に立たなかったし。これから覚悟しておくといい。

 お前ら天使としてこき使ってやるからな。そして光栄に思え。


 季節の女王とセットで、お前らには三大天使の名をくれてやる。

 なんたって我の他に神々は居なくなり、纏ろわぬ全ては「悪魔」と呼ばれるようになるのだからな。


【怙終】信念に基づいて再犯すること、またはモノ。

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