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円空さん様々 

作者: 各務原逍遥

 あらゆる木を材料として彫った神仏像が、現在において全国で

確認されているのは、五三〇〇体あまり。この中で、各務原市内

のお寺や個人で所有しているのは、『十一面観音像』、『秋葉神

像』、『観音像』など、分かっている仏像は、ほんの数体だとい

う。これらの仏像を全国行脚して彫り続けた人物がいる。

 江戸時代の仏僧であり、彫刻家でもあった円空である。寛永九

年(一六三二)、『美濃国、竹ヶ鼻という所の人なり』と、古い

文献に書かれてある一方で、『美濃国、上南部の瓢ヶ岳山麓(美

並村)で木地師の子』と、別の文献にはある。

 この二つの説のうち、現在の羽島郡竹鼻で生まれたとする説が、

根強いと言われている。


 円空が出家した経緯は、母親が洪水で流されてからだと言われ

ている。また、三十二歳で初めて像を彫ったとされるも、その三

十二年間の資料が、まったく残っていないという。

 寛文六年(一六六六)、三十六歳で北海道に渡り、ついで東北

を巡って、数多の彫刻を残している。その後、美濃に帰り、羽島

の中観音堂の本堂にあるご本尊十一面観音像を彫ったとされてい

る。


 ずいぶん前になるが、友達と飛騨高山を訪ねたとき、古い町並

みが残る、上三之町をぶらぶらと歩いていると、骨董品の並ぶ店

を見つけふらりと入った。

 そこで、高さ二十センチほどの円空彫り、護法神像を買い求め

たものが、今も家にある。

 また、梅原毅氏の円空に関する講演を聴いたり、関市にある円

空館で、円空仏の鑑賞をしたりしていた。

 このときに、印象に残っているのが観音菩薩像で、奈良の飛鳥

寺にある飛鳥大仏を思わせる、優しさをうちに秘め、穏やかにほ

ほ笑む菩薩像に見入ったのを覚えている。

 最近では、岐阜県博物館で円空彫り作品展が開催されたので、

出かけていった。円空物に魅せられた県内外の人たちの作品が並

び、書籍や写真なども展示されていた。


 仏の道を説き、人々に仏を敬う心を教えた円空は、元禄八年

(一六九五)七月十五日、関市弥勒寺近くの長良川畔で入定にゅうじょうする。

 時に円空、六十四歳であった。


 この円空に付いてのエッセイを書いたからと、プリントしたも

のを友達に渡そうと、持って行ったときにそれは起きた。

 これからお話をする導入部は、こんな会話から始まった。


「円空……円空って、あのお菓子の?」

「なにそれ……そんな話をしてんじゃないゾ!」

「円空ってお菓子、虎屋にあったんじゃないかなぁ……」

「え~~知らないゾ そんな菓子!」


 関市内にあるギャラリー・カフェで、毎週木曜日に開催される

コンサートが始まる前の一コマである。

「円空についてエッセイを書いたから読んでみて」

 と、プリントしたのを渡したそのときの彼女の反応が、

「円空……円空って、あのお菓子の?」

 であった。

 和菓子の虎屋は有名だから知ってはいたが、円空とどうつながる

のか、荒唐無稽な応えに思えた。彼女がそこにいた知人の女性に

助けを求め、

「円空というお菓子ありますよねぇ……」

 と、振られた知人の応えが、

「ありますよ。たしか『円空さん』というお菓子です」

 何ということだ。関の人は円空のことを『円空さん』と親しみ

を込めて『さん』を付けて呼ぶことは聞いてはいたが……まだ疑

いが消えず、ほんとうにあるのか確認をとるために、その場で友

達にスマホでさっそく虎屋を調べてもらった。

……出ました美味そうな和菓子の画像が。

 その和菓子であるが、何というか、こどもが折り紙で猫の顔を

折ると、こんな形になるのではないかという姿である。なぜこの

形になったのか、円空とどう関連があるのかを、訊いてみたい気

もする。また、一度食べてみたいと思ったりもしたが……。


 演奏前に、こんな会話をしばらくした後、ピアノ・コンサー

トが始まった。

 今回は、事前にリクエストを14曲ほど書いた中で、『ハナミ

ズキ』、『コンドルは飛んで行く』、『オリビアを聴きながら』、

『モーツァルト ピアノ・ソナタK・545』、『国境の南』、

『You Raise Me Up』などを、ピアノ演奏で前半

30分。

途中に休憩30分を挟み、後半30分と、オール・リクエスト

での演奏を、美味しいイタリアン・コーヒーを飲みながら聴いた。

 演奏してくれた曲の中で『国境の南 South Of The Border』

は、譜面を手に入れるのに苦労したようである。

 

 この曲だけは、どうしてもピアノで弾いてほしかった。という

のも、村上春樹の小説『国境の南、太陽の西』を、ずいぶん前に

読んだとき、〈ナット・キング・コールが『国境の南』を歌って

いるのが遠くの方から聞こえた〉という記載がある。

 そこで当時、ようつべで調べてみたが、まったくヒットしない。

後で分かったったことだが、実はナット・キング・コールは、こ

の曲をレコーディングしていないということを知った。

 そんな因縁のある曲でもあることから聴きたかった。

 この曲を歌っているフランク・シナトラは有名だが、他に、

ブルー・ダイアモンズ、ウイリー・ネルソンも歌っている。また、

ベニー・グッドマンやアルフレッド・ハウゼの演奏も軽快で楽し

める。


 他の人たちのリクエスト曲を聴いていると、ジャンルは様々で

あるが、ほとんど聴いた曲ばかりだった。それを選曲するのもピ

アニストとしての裁量であろう。

 アンコール曲は、ショパン エチュード『革命』を、久々に聴

いた。ショスタコーヴィッチの交響曲第5番『革命』を聴いてみ

たくなるような演奏であった。



 ギャラリー・カファ・コンサートで、文化的ジェネレーション・

ギャップの閃光をあびせられてから1カ月が過ぎた。果てしない

宇宙の彼方をさまようがごとく、その後遺症ともいうべき状況は、

今日こんにちまで、影絵仕掛けの回り燈籠とうろうのように、グルグルグルグルと、

永遠に回り続けるのではなかろうかと思案するほど、脳裏に影響

を与え、いまだ青色吐息状態である。


 そもそも、事の起こりといえば、

「円空……円空って、あのお菓子の?」

 この一言が、日々の暮らしに滅法界悩むこととなる。

 ともあれ、一刻も早くこのモヤモヤを断ち切る方はないもので

あろうかと考えた末……。

「そうだ、虎屋へ行こう!」

(あのCMのパクリか……)

 それならと、座右の銘のひとつでもある即時実行と、関市の虎

屋にあるという和菓子『円空さん』を買い求めに行けば解決する

のではと、車をころがして行くことに、やぶさかではない。

 そこで、時代に取り残されぬよう、

《70にして心の欲するところに従えども のりを超えず》

 という心境で、一路関に向かったのである。

 

 今日は定休日ではないことは、事前に電話をして確認をとって

ある。というのも、初めて行く店でもあり、『円空さん』なる和

菓子が、どのくらい店頭に並べてあるのか、まったくの未知数だ

からでもある。

 しかし、思いもよらぬ突発的なことが起き、臨時休業というこ

ともありうるが、まあそれはないだろう。

……と、本町通りをゆるゆると車を進めた。

 ぎふ柳ヶ瀬のようなシャッター街かと思ったが、そうでもない

感じだ。

(この辺りのはず何だけどなあ……ナビに入れておけばよかった

かな)と思いつつも、しかし見つからない。

(誰かに尋ねてみるか……)

 お菓子のことを聞くには、男より女性に限ると、通すがりの人

に、

『すいませ~ん、この辺りに、虎屋という店はありませんか』

『あ~、1日遅かったねえ、虎屋さんだったら、昨日で移転され

ました』

 何てことにはならないだろうが……。


 そうこうしているうちに、虎屋の看板が前方に見えてきた。

 店は当然開いていた。店の隣が駐車場になっているようで、

車をそこに停めて店の中へと入ると、ウィンドーの中には、数多あまた

の和菓子が行儀よく並んでいた。

「いらっしゃいませ」と、奥さんらしい人に声をかけられた。

 声からして、先日電話に出た人だとすぐに分かった。

「電話で、予約した者ですが……」

「はい、伺っております」と言って、すでに用意されていた

『円空さん』が5個入った袋を渡された。

 店頭に並べてある『円空さん』を見ると、ネットの画像で見

たより、はるかにふっくらしている和菓子であった。

 猫の顔の形がぬぐいきれないので、真意を尋ねてみよう。

「この形にしたのには、何か経緯いきさつがあるのですか」

「いいえ、円空さんの抽象的なイメージなんです」

 また、「円空さんを販売してどのくらいになるのですか」

「もう20年以上になると思います」

 という応えであった。

 待望の和菓子『円空さん』を買い求め、虎屋を後にした。


 そして向かうは、思い出すとハンドルもブレそうになる、あ

の日の会話が、流れに竿さすとは到底いかなかったギャラリー

・カフェである。

 買ったばかりのホカホカの和菓子『円空さん』を、友達3人

と、カフェの社長に渡し、買った経緯を手短に話し終えると、

脳裏にわだかまっていたあやかしともいうべき影絵の回転も止まり、

灯籠の明かりも消滅したのであった。

 

 翌日、朝の珈琲のお供にと『円空さん』を頂いた。

 甘さひかえめのこしあんが、まわりを包むきじとの絶妙なハ

ーモニーを奏で、珈琲によく合い、朝から至上のひとときを味

わった。

 もっと買ってくればよかったと、少し後悔をしたが、来月に

もコンサートを聴きに行く予定でいるから、そのときに必ず買

おう。


 今度は、誰にも渡さんゾ!


 


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