就職に向けて動き出します 1
「さて、お前達の今後の身の振り方なんだが………」
まだ床に寝転がっている二人を見下ろす。
どうやら、食べ過ぎで動けないようだ。
アルビオンではいつ魔族や魔物に襲撃されるか分からなかったから、こんな風になるまで食べ過るって事はなかった。
まぁ、さっきから繰り返すように、アルビオンって旨い物が無かったってのもあるけどね。
「お~い、聞いてるかぁ?」
「はい、大丈夫です」
「おう、聞いてるぜ!」
返事だけはいい人たちの見本ですね。
「まずは、この国で働こうと思ったら身分がしっかりしていないといけません」
「それなら大丈夫ですわ」
「おう、俺もちゃんと持ってるぜ」
二人はそう言って自分達の身分証を取り出した。
自信ありげに出したそれを、僕は即座に却下した。
「はい、ここ日本では、一般的に異世界の存在は認知されておりません。なので、そんなものを持ち出しても無駄です。それどころか、下手すると警察を呼ばれるかもしれません」
「えっ!?」
「マジか?」
二人は愕然としている。
「異世界じゃなく、外国からだって言えば良いんじゃないか?」
「はい、良い意見ですね。でも、それも難しいと思います。何故ならば、条件なんかは分からないけど、働くためには就労ビザが要るはずです。そして、その就労ビザを取るには、外国での身分がしっかりしていないとダメだと思います」
「む、難しいんだな」
「ですね」
絶句する二人。
僕もアルビオンに行った最初は日本との違いに苦労したっけ。
まぁ、今回の抜け道としては、僕が起業してこの二人を雇ってしまえば最初の問題はクリアすると思う。
ただ、何かあった場合の対処が難しくなるだろう。
だから、この二人にはちゃんとした身分を取得しておいて貰わないといけない。
あ、師匠に関してはなにも心配していない。
あの人はいざとなれば秘境に籠ってしまっても、なんとかする人なんだ。
アマゾンの奥地で自給自足の生活も難なくこなすだろう。
「八方塞がりじゃねぇか………」
「どうすれば良いのでしょう………」
仰向けに寝転びながら、お腹を擦ってそんな事を言ってる二人。
こいつら、口ばっかりで危機感なんてないんじゃないのか?
そんな二人の態度に少しイラついたけど、僕はニヤリと笑った。
「もう忘れたのか?僕たちは勇者だぞ?」
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僕の言葉に、エギーユとリアは困惑している。
そりゃそうだ。散々アルビオンとは違うことを力説されてたにも関わらず、いきなり勇者と言われてもピンとこないだろう。
魔王がいない日本で、魔王討伐に赴く者の称号が通用するとは思わないだろう。
「僕達は何時も王や諸侯に直接交渉していただろう?」
「あ、ああ」
「それは、僕に何かの権限があったからか?」
リアは相変わらず分からないようだが、エギーユはそれを聞いてハッとした。
そうなのだ。
リアという公女が仲間になるまでは、僕達は一介の冒険者だった。
もちろん、何の権限も持ってはいない。
だけど、僕達にはアレがあった。
「まさか、また城へずかずかと力ずくで踏み込むのか?」
そう。
僕達にあるのは、他を圧倒する力だ。
師匠の魔法とエギーユの魔道具の前では、数千の兵がいる王城ですら無用心な空き家の様だった。
僕?
その時の僕は一般兵と比べれば、幾らかマシって程度だったよ。
うん、完全に虎の威を借る狐だね。
そんな訳でリアと出会う前、僕達はやや強引に各国の王や代表と謁見してたんだよ。
まぁ、そのお陰で魔王討伐の戦力を連携させる事が出来たんだけどね。
「その通りだよ。でも行くのは王城じゃないよ」
「なら何処なんですか?」
「首相官邸。つまり、宰相のお家だよ」
てな訳で、僕達は一路東京を目指している。
勿論、新幹線なんて使わない。お金がかかるし、遅いんだもん。
見付からないように、隠者の外套を羽織って飛んでいく事にした。
家からの距離はだいたい五百キロくらいだから、ゆっくり飛んでも三十分掛からないからね。
やっぱり空の旅は良いね。
渋滞も無いし、あっという間に着いちゃったよ。
首相が官邸にいることは一応ネットで調べてから来たんだ。
そろそろどっかの誰かの表敬訪問が終わる頃くらいかな?
官邸を上空から見下ろして、挨拶に行くタイミングを計っている。
余計な衝突は避けたいからね。
師匠に透視の魔法を使ってもらって、首相が一人になった時に瞬間移動するつもりだ。
「ふむ、なかなか見事な結界が張ってあるな。さすが、一国の宰相の邸宅だ」
「え?」
師匠が何か変な事を言い始めたぞ?
結界?
首相官邸に?
「何を驚いておる?大丈夫じゃ、少しぼやけるが中の様子はちゃんと見えておる」
「いや、それなら良いんだけど………」
いつから、日本って魔法が使えるようになったの?
しかも、師匠の透視がぼやけるって大国の宮廷魔法使いクラスが数人がかりでやっとだよ?
なんか、ちょっと不安になってきた。
「お、ちょうど今一人になったみたいだぞ。行くか?」
少し迷ったけど、どっちにしろ行かなきゃいけないんだ。
「はい、お願いします」
一瞬後、僕達の姿はその場からかき消えた。
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「初めまして、阿藤首相」
僕は外套を脱いで、首相に挨拶をした。
それにエギーユ達が続く。
「む、あなた方は?」
ほう、動じてないな。
テレビで見ていたらぼやっとしている印象だったけど、なかなかどうして肝が座っている。
「なに、怪しいものじゃありませんよ。今日は少々お願いがありまして、お邪魔させて頂きました」
「ふむ、今日はもう来客の予定は無かったはずですが?」
「申し訳ありませんでした。実は急な事だったので、アポイントも取らずにこうして来てしまいました」
「さて、外には警備の者がいたはずですが………」
鋭い眼光だ。
こちらの腹を探っているんだろう。
これは思ったよりタフな交渉になるかもしれないな。
「僕達は直接ここに入って来れる手段があるんです」
「ほう、テレポートですか?」
む、やはり魔法の存在を認めているのか?
それとも、ただのオカルト好きなのか?
「この官邸には結界が張ってあるはずなんですが?」
「ええ、なかなか強力なのが張ってありましたよ」
あ、やっぱりそういうのアリなんだな。
魔法の存在は特権階級が独占して、一般人に知らせない的なやつなのかな?
「ただ、僕の仲間は優秀でしてね、これくらいの事なら苦もなくやってしまうんですよ」
「なるほど、確かにあなたの仲間は優秀なようだ、加藤徹君」
「な!?」
驚いた。
この数分で僕の事を特定したのか。
「私のスタッフも優秀でしてね、これくらいの事なら苦もなくやってしまうんですよ」
面白い。
やはり、軍隊を持たずに各国と渡り合っているだけの事はあるな。
「どうやら、捜索願いが出されているようですが、あなたがこんなテロリスト紛いの事をしていると知ったら、ご両親はどうお思いになられるんでしょうねぇ」
「ご心配無く。実家には昨日挨拶に帰りましたので」
家族の事を持ち出すか。
食えないねぇ。
念のためにアレを置いてきて良かったよ。
取り敢えず、今までをやりとりで首相の情報源は手にしているスマホという事は分かった。
結界で閉じられたこの空間に電波が入って来れないのはさっき試したから分かっている。
ならば………あった、あのルーターだな。
僕が一睨みすると、ルーターが火を吹いて沈黙した。
「ほう」
首相にも僕が何をしたかすぐに分かったようだ。
どうやら、この日本にもやはり、魔法使いかそれに準じた存在がいるのは確かなようだ。
じゃなかったら、こんなに落ち着いていられる訳がない。
さて、日本の魔法使いはどれくらいのレベルなのかな?