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帰ったら無職でした5

玄関を開けると、スパイスの香りがプンと鼻をくすぐった。

母さんが作るカレーの匂いだ。

とはいえ、何も特別のものじゃない。

市販のカレールーを使用したものだ。

特徴と言えば、牛や豚じゃなく手羽元を使っているところぐらいだろうか?

いずれにしても、スパイスと言えば漢方薬のようにしか使っていなかったアルビオンでは到底食べる事の出来なかったものだ。


「ただいま~」

「ただいま帰りました」


玄関先で挨拶をすると、真っ先にキッチンを覗きに行く。

師匠も鼻をひくつかせながらついてきている。

既に口元からヨダレがあふれそうだ。


「お帰りなさい、もうすぐカレー出来るから、手を洗って待ってらっしゃい」

「はーい」

「はい!」


一旦洗面所までいって手を洗うと、すぐにキッチンと繋がっているダイニングに向かう。

アルビオンは公衆衛生自体は発達しており、師匠が水道の使い方に手間取るという事はなかった。


席について数分後、カレーの香りにつられてフラフラとゾンビのようにエギーユとリアがやって来た。

こいつら、さっき僕の分まで食べたくせにまだ食べるつもりか!

睨み付けてやるが、必死で視線を反らす二人。

まぁ、そろそろ許してやるか。


「そう言えば、三人はなんでこっちの世界まで来たんだ?」


さっきから疑問に思っていた事を聞いてみた。

あのままアルビオンに残っていたら、英雄として良い暮らしが出来ただろうに。


「そんなの………」

「それはだな、トール」


何か言いかけたリアを遮って、エギーユが話し始めた。

師匠はキッチンで立ち働く母さんを、熱のこもった視線でじっと見ている。


「お前が突然消えてから、すぐに俺達は国に帰って大魔王討伐の報告を王にしたんだ」


エギーユは真剣な顔をしている。

さっきまでの来るべきカレーとの邂逅に期待して、弛緩しきった顔ではない。

一流の職人であり、戦士でもある漢の顔だ。

何か、重大な話があると思った僕は居住まいを正す。


「お待ちどうさまぁ!カレーが出来たよ~」


母さん、間が悪すぎるよ!

三人とも口からヨダレが滝のように出てるじゃないか!

シリアスな空気が一瞬で砕け散っちゃったよ!


「な、これは!」

「まさか………」

「排泄物か!?」


スパーンと良い音が響く。

いつの間にかハリセンを持った母さんが、エギーユの頭を叩いたんだ。


「汚いこと言わないの」

「ハハハ、怒られてやんの!」


子供みたいに叱られるエギーユの姿に、思わず笑ってしまう。

それで、僕まで母さんに睨まれた。


「こ、これは!各種のハーブを使い、食材を煮込んでいるのか!」


突然、師匠が叫ぶ。

その声に驚いた僕達の肩がビクンと跳ねる。


「熱い!辛い!今まで食べたことが無いほど辛い!しかし、それが良い。この辛味が食欲を更に強く掻き立てる!」


師匠が食レポモードに入った。

どうやら、このカレーライスも気に入ったようだ。


「この柔らかくした米の持つほのかな甘味と相まって、どんどんと食が進む!なんて素晴らしい組み合わせだ!そして、この鳥肉!スプーンを少し当てただけでホロリと崩れるぞ!にもかかわらず、この口に入れた時の弾力!ワシは加熱調理と言うものの神髄を見ているのか!美味しい!旨い!この本当の意味を今日、初めて知ったぞ!」


カレーごときに大袈裟な。

なんて思わない。

久しぶりに食べたカレーは本当に旨い。

さっき、何か大事な話をしようとしてた気がするけど、そんなのは後回しだ。


「母さん、お代わり!」


僕らは殆ど同時に皿を空にした。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□


鍋一杯のカレーが無くなるのはあっという間だった。

エギーユはお代わりが無くなったと知ると、皿まで舐め始めてリアに引かれていた。


僕も、五年ぶりのまともな料理を食べてパンパンになった腹を、満足そうにさすっている。

しばらく動きたくないくらいだ。


師匠はさっきから母さんの所に行って「御母堂、是非ワシを弟子に!」なんて言っている。

よっぽど気に入ったんだね。

母さんは「あら、花嫁修業ね。ウフフ」と、こっちを意味ありげに見てくる。

何か、勘違いしてそうだけど、ほうっておくか。

それよりも、食事で中断したさっきの話の続きを聞かなきゃな。


「なぁ、さっきの話なんだけど、なんでこっちに来たんだ?」

「ん、あぁ、御輿として担ぎ上げられそうになったから、避難してきた」


お腹いっぱいで考えるのが億劫になったんだろう。

ややぞんざいにエギーユが答えた。

大方の予想通りな答えだっただけに、僕は驚かなかった。


アルビオンには二つの大国と、十ほどの小国がある。

ジルオン公国は十ある小国の一つだ。

僕達はそのジルオン公国の援助で大魔王討伐の旅をしていた。


他の国も勇者を仕立てて魔王討伐に向かわせていた。

そう、大魔王の他に二十体の魔王もいたんだ。

僕達、各国の勇者はある時は反目し、ある時は協力して魔王率いる魔物達と戦っていた。


戦線が優位になり始めた時、各国はその後の覇権を意識し始めていたようだ。

それは、魔王軍から解放された場所を領地として接収していった事からも窺える。


だけど、何体かの魔王を倒したとき、その背後に何者かがいる事が分かった。

そう、大魔王だ。

僕達は、リアの兄である第一公子キーレン・ソル・ジルオンにだけその事を話し、戦場から姿を消したんだ。


それでも、僕達の動向は各国にはバレバレだったみたいだ。

各国の諜報機関が優秀だったのもあるし、わざと僕達が痕跡を残したってのもある。

さもないと、僕達が道半ばで倒れても後に続く人がいないからね。

まぁ、運良く大魔王を倒してそれは杞憂に終わったんだけどね。


ここからはエギーユが話してくれた事なんだけど、大魔王を倒した時点で、各地の魔王達は敗走を始めたらしい。


何処にかは分からない。

ひょっとしたら、伝承の中にある魔界なんではないかとリアが言っていた。


その撤退はたったの二日で終わったらしい。

ある戦場では、魔物が忽然と消えたそうだ。


その報告を受けた各国は、全国民に勝利宣言を行った。

そして、その立役者としてエギーユ、リア、師匠を引っ張りだそうとしたのだ。


その時に、エギーユ達はキナ臭い匂いを感じたらしい。

特に二つの大国は、ジルオン公国も含めて自陣営に入れようと画策していたようだ。

身の危険も感じ始めたので、リアを通じてクソ女神サイリスに俺の世界に転移してもらうように頼んだみたいだ。


クソ女神は大魔王討伐の報償という事で、これを快諾したみたいだ。

その時に「それはそれで面白そうね」と言ったとか言わなかったとか。

やっぱりあいつはクソだな。



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