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帰ったら無職でした 2

しばらく両親は魔道具の事で僕を質問攻めにした。

うん、息子の苦労話より見たこともない魔道具に夢中なんだ。

そりゃ、空飛ぶ靴や姿を消すマントなんて実際に触れるなんて思ってもみないものだろうから仕方ないかもしれないね。


「おっと、いかんな、もうこんな時間か。仕事に行ってくる」


父さんは慌てて仕事用の鞄を掴むと玄関を飛び出していった。

すると、すぐに車が発進する音が外から聞こえた来る。

慌てすぎて事故なんて起こさなきゃ良いけどね。



そこで、ハタと気が付いた。


僕、一応就職が決まっていたんだけど、どうなったんだろうか?

半年も無断欠勤していた事になってるんだよな。


「母さん、僕の会社から何か言ってきてない?」

「あの、その………」


母さんは言いにくそうに目を伏せる。

それで僕は全てを察した。


新入社員が半年も連絡無しで休んだりしたら、クビになるのは当たり前だ。

普通に考えて迷惑だもんな。

今頃、一日も来ずに辞めた伝説のバックラーがいたって話のネタになってそうだ。


「あのね、徹」


僕が自嘲の笑いをこぼしたとき、母さんが話し始めた。


僕がいなくなって最初の二、三日は卒業式の後にはめを外して、友達の家にでも行ってるんだろうと思ってたんだって。


流石に一週間も経つ頃には心配になったらしいけど、友達の連絡先なんかはしらないもんだから、取り敢えず警察に行ったらしい。

でも、成人した男が数日帰らないってだけじゃあ、警察もとりあってはくれなかったみたい。

けんもほろろに追い返されたんだって。


それからまた何日かして会社の研修が始まると、無断欠勤を咎める電話が来た。

そこで行方不明だと告げるも、かなり酷い事を言われたらしい。

試用期間だったから、そこで採用は流れてしまった。


それからもう一度警察に行って、捜索願いを出して今に至るって感じらしい。

まぁ、その間にも些細な情報でも無いかと新聞を全紙取ってみたり、ネットニュースなんかも時間が許す限り見ていたんだって。


それを聞いて、不覚にも涙腺が弛んじゃったよ。

余計な心配をかけちゃった。


それもこれもあのクソ女神のせいだけどな!


まぁ、恨み言なんて何時まで言っててもしょうがない。

生きて帰ってこれただけで良しとしよう。


今更どうやっても、無職は決定なんだし前向きに職探しでもしようかね。


俺が就職活動をする決意を固めた時、背後から眩い光が放たれた。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「ここがトールの生家ですか」


光が収まると、背後に複数の人の気配が突如として現れた。

と、同時に聞きなれた女性の声が聞こえた。


「リア!?」


振り向くと、大魔王討伐のメンバーが三人とも揃っていた。


いつもの戦闘服じゃない。

リアは王宮で舞踏会でもしそうな豪奢なドレスを着ている。


エギーユも普段はツナギばっかりなのに今日はちゃんとした礼服を着ている。胸には幾つもの勲章が並んでいるな。ハゲ頭に毛があるのはカツラなのか?


師匠は………いつも通りだな。

如何にも魔女然とした格好だ。この人は僕がアルビオンに行った時は、すでに世捨て人みたいな感じだったし、服は寒くなければ良いってスタイルだ。


三人は物珍しそうに部屋を見回している。


アルビオンの技術水準は、はっきり言ってこの日本より数歩先に行っている。

簡単に言うなら、オカルトを捨てなかった科学って感じの技術なんだ。

所謂魔法なんてのも、緻密に理論、体系化されているうえ、補助する道具もあるから、誰にでもある程度なら扱えるようになっている。


ただ、やっぱり個人の資質に左右されるから師匠みたいな高威力の魔法を連発したりするのは、普通の人には無理だけどね。


で、その高い技術はほぼ全てが軍事方面に割り振られている。

それは大魔王の侵攻なんかでしょうがない部分もあるんだけどね。


だから、テレビに近いものはあっても、全て軍用だから一般の家庭には置いていないし、ましてや娯楽番組なんて放送していない。

そんな余裕のある世界じゃなかったんだ。


一部の貴族なんかは別として、家には寝具と食器、あとは数枚の着替えがあれば上等な方だった。


そんな世界から見れば、日本の一般家庭は物で溢れていると言っても良いだろう。

三人が興味を持つのも仕方ない事だ。


師匠なんかは新聞を手に取って、文字の解読作業に入っているし、エギーユなんかはテレビを分解したくてしょうがない様子だ。

僕はエギーユの首に腕をまわして、必死にそれを阻止している。


そんなカオスな状況の中、いきなりな展開で目を円くして驚いている母さんに、リアが優雅に挨拶している。


「本日は前触れもなく突然お邪魔してしまい、まことに申し訳ありません。私、ジルオン公国第二公女にして、サイリス教団にて祭司長を勤めさせて頂いておりますキセリア・サイズム・ジルオンと申します。我が盟主であるトールのご母堂様とお見受けいたします。お初におめもじ頂き光栄に思います。以後、お見知りおき頂ければ幸いかと存じます」

「あ、はい。宜しくお願いします」


相変わらず初対面の挨拶が長い。

そして、こんな一般家庭のリビングでするにはムダに典雅だ。

母さん、気持ちは分かるけど、こっちに助けを求めるような目を向けるのを止めてください。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


僕はカオスの様相を見せているリビングを一人後にした。

もちろん、テレビを分解しようとしていたエギーユは丁寧に拘束してある。

他の二人はまぁ、ほっといても大丈夫だろう。


彼らが来た以上、真っ先にしなくちゃいけない事がある。


そう、着替えだ。


僕はまだシャツとトランクスだけという至ってラフな格好なんだ。

収納空間に入っている服を着ても良いんだけど、それにはちょっと問題がある。


全部の服に、身体強化の術式が織り込まれているんだ。

そう、ただでさえ筋力が常人と隔絶した域まで達しているのに、これ以上のパワーアップは家が崩壊する予兆に他ならない。

ここは普通のズボンを取りに、一旦自分の部屋に戻らなくちゃいけない。


「ちょっと待って徹!」


背後から母さんの涙声が追いかけてくるが、取り敢えず無視しよう。

心苦しいけど、僕の尊厳の為に母さんにはしばし耐えてもらう事にする。

大丈夫。

長台詞を早口で喋るけど、基本的にリアは無害だ。


僕は可及的速やかに自室へと戻った。

衣装ダンスの引出しから、ジャージを取り出す。


「おふっ」


変な声が出た。

だって、部屋を出ようと振り返ったら師匠が本棚を物色しているんだもん!

って、本棚!?


「お、ここらの本は装丁が他と違うな」


ヤバイ!


僕は即座に動いた。


「火焔!」


慌てているけど、キチンと座標指定をして魔法を発動させる。

魔法はキッチリと本を焼き尽くした。


グッバイ、僕のお気に入り達………

フォーエバー、僕の青春達………

君達と過ごした日々は忘れないよ。


「復元」


僕が余韻に浸っていると、燃え尽きたはずの僕のお気に入り達が、みるみるうちに元に戻っていく。

師匠の魔法だ。

しかし、そんな事させる訳にはいかんのだ!


「火焔!」


僕の魔法は発動しなかった。


何の能力向上の魔法も掛かっていない僕では、師匠の魔力障壁を突破する事は出来ないんだ。


しかし、そんな事は初めから分かっている。

だけど、それでも僕はその書籍群を消し去らなければいけないんだ!


「極大火焔!」

「なんじゃ、うるさい!」


不機嫌そうに師匠が手を挙げると、僕の都市を一つ壊滅させる威力がある魔法が発動する事なく消え去った。

圧倒的な実力差の前に、僕は敗北した。


足元の感覚が消え去り、僕は床にへたりこむ。

そんな僕の様子をよそに、師匠の指先が本にかかりそのまま引き出す。


「トール…なんじゃ、これは……」


パラリとページを捲った師匠は、声を震わせている。

顔を見ると真っ赤になっている。


「こちらの世界で成人した男性が読む雑誌です。ぶっちゃけエロ本です」


僕はありのままを告げた。取り繕う言葉も出ない。

心の中は虚無感でいっぱいなのだ。


「お、お前、こ、これは、なんて、このかっこうは………」


師匠は目を白黒させてその場に倒れた。

その隙に、僕は師匠の手にある書籍を奪い取り、収納空間へと片付けた。

もちろん、本棚の残りも忘れずに。

最初からこうしておけば良かったんだ。


それにしても、師匠はもう何百年も生きているって言ってたけど、こんなにウブなんだなぁ。


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