開園間近です 1
「ふぅ、こんなもんかな」
「そうじゃな。これで次元の壁を越える回廊が繋がったはずじゃ」
山の中腹に位置する洞窟で、一仕事終えた僕と師匠は座って休憩していた。
その一仕事っていうのはモグラ人達が住んでいる世界とこちらの世界を繋ぐ穴を、この洞窟まで引っ張ってきた事だ。
イメージとしてはパイプを繋ぎ合わせたかんじかな。
樹海の中にあった異世界へ繋がっていた穴の前に、こちらに転移する為の魔術設備を設置したんだ。
これでここから彼等の世界に自由に行き来出来るようになったはずだ。
あ、そうそう樹海の洞窟は念のために塞いでおいたよ。
万が一迷い混んだら危ないからね。
遊園地が開園したら、モグラ人さん達にはエキストラとして働いてもらう事になっている。
交渉?
話し合いの最中に、僕の召喚獣に進んでなってくれた巨大土竜………正式には溶岩土竜から宣言してもらったら何事もなく了承してもらえたよ。
今後は、友好的な獣人族として働いてもらえる事になった。
彼等の住居となっている洞窟は、そこを棲み処にしている敵対生物である溶岩獣や火炎蝙蝠なんかを討伐するアトラクションとして利用させてもらう。
鉄鉱石なんかの鉱脈もあるみたいだから、採掘なんかも出来るようにしても面白いかもしれないな。
何はともあれ、安全面も考慮しなければいけないから、そこら辺は考えどころだね。
溶岩獣はタイマンなら田中さんが魔法抜きの近接戦闘で余裕を持って倒せる相手だけど、集団になったらそこそこ強い。
十体を一度に相手どったら音をあげていた。
火炎蝙蝠も似たようなものだったから、戦闘訓練をしたことのない普通の人にはちょっと厳しいかもしれないし。
「この世界はあまり美味しそうな料理は無いのだな」
「そうですねぇ」
地べたに座って安全対策について話していたら、師匠が急にそんな事を言い出した。
最近の師匠は食い気が前面に出てきているなぁ。
「蚯蚓の養殖が盛んでしたよ。たしか熱蚯蚓って言ったかな?」
「ほう」
「田中さんが貰って食べてましたけど、ピリ辛でなかなか美味しかったらしいですよ」
「蚯蚓か」
熱蚯蚓は何ヵ所かに集められて飼育されていた。
そこにはあまり見慣れない植物が生えており、それらと一緒に炒めるのが主な料理法らしい。
「なるほど興味深いな」
蚯蚓は魔王討伐の旅をしている時、何度か食卓にのぼった事があった。
一メートル位の奴をぶつ切りにして食べていたんだ。
勿論、生でね。
貴重な蛋白源だったから食べていたけど、あの何とも言えない食感はあまり思い出したくないな。
「よし、トールよ。ワシ等も馳走になりに行こうではないか」
目をギラギラさせた師匠に僕が逆らえるはずもなく、モグラ人達がやっている食堂へと向かうことになってしまった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「うむ、あれはあれでなかなか旨かったのう」
師匠は満足気に膨れたお腹をさする。
何も子供が出来た訳じゃないよ、モグラ人達の食堂でお腹いっぱい食べてきたからだ。
そんな師匠を見ながら、僕は門田さんとこの遊園地の地図を二人で見ている。
実は、モグラ人達の世界の他にも、異世界への出入口を設置しなければいけなくなったからだ。
半魚人達が独自の文明を築いている水棲世界アクアポリス、世界樹の元で有尾人達が狩猟生活している樹上都市ウルモという二つの世界にもこちらとの通路が出来てしまっていたんだ。
世界の綻びを直す手段を未だに持たない僕らは、とりあえずの手段としてこの島に通路を繋ぐ事にしたんだ。
まず手始めにモグラ人達の世界………火山都市フレモーラへの出入口を作った。
それで、残りの二つの世界を何処に繋げれば良いのか、門田さんと話し合っているんだ。
「アクアポリスはここの浅瀬に作りますか?」
「確かにそこなら危険性は無いですけど、いざアトラクションとして開放する時に行けなくなりませんか?」
「確かに。なら、ここに桟橋でも作りますか?」
海中生物は大型の物が多く危険だ。まして魔物なら尚更だ。
最初に潜った時なんて、大きな蛸みたいな魔物に田中さんが絡み付かれていたのには笑ったなぁ。
それからしばらく蛸が食べれなくなったって田中さんがぼやいてた。
一応結界を張って簡単には行き来出来ないようにするつもりだけど、万が一の事を考えると下手な場所には繋げることが出来ないよね。
その点、ウルモへの通路は簡単に決まった。
由香さんが面倒を見てくれている果樹園の中央に設置するつもりだ。
ウルモには魔物と呼べるような、強力な魔力を持った生き物は殆んどいない。
唯一いるとしたら、世界樹のてっぺんに巣を作っている霊鳥クーレイくらいだ。
だから安全かって言われると、そうとも言い切れないから困るんだけどね。
虎や熊がいるジャングルって、あんまり安全じゃないって田中さんが言っていたよ。
だけどまぁ、魔法が無い脳筋ばっかりの世界だから、きちんと結界を張っていればあまり問題は無いだろうって結論になった。
なにかあれば僕の使い魔になったクーレイがフォローしてくれるだろうし、お客さんには気持ちのいい森林浴を楽しんでもらえそうだ。
「じゃあ、アクアポリスは一般公開を考えないで、ここにしちゃいますか」
「そうですね。それが良いと思います。じゃあ、魔術設備の耐水性能をもう一度見直しておきます」
「お願いしますね」
「はい、潮の流れも強いみたいなんで強度も見直しておきます」
ようやく結論が出た頃には、師匠の腹の虫が騒ぎ始めていた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
僕は眼下に広がる島の全貌を見渡していた。
「なかなか良い出来じゃないか」
「本当ですね。良い景色です」
僕の言葉に鈴木さんが同意してくれる。
鈴木さんと僕の二人は今、出来たばかりの観覧車に乗っている。
一応、試運転を兼ねて上空から工事の進捗状況を確認するためだ。
同乗者が鈴木さんと二人だけなのは、今度テレビが入る事になったのでその打ち合わせもするからであって、他の皆に断られたからじゃないよ。
「あ、列車が走ってますよ」
島をぐるりと囲むように走る鉄道に鈴木さんは目を向けた。
「あの列車のデザインは甲斐さんがスゴくこだわってたよね」
「そうでしたね。あ、この前知ったんですけど、甲斐さんはテツなんですって」
そう、甲斐さんは鉄道ヲタクらしく、古今東西の資料を引っ張り出してきて、設備班のエギーユや門田さん達とあーだこーだと言い合っていた。
結局、蒸気機関車の意匠を取り入れつつも、高速走行時の空力なんかを考えた物になっている。
素人の僕から見てもそれなりに格好よく仕上がっていると思う。
でもまぁ、通常運行だと彼等が想定しているだろう速度域にはならないんだけどね。
「………スゴい速いですね」
鈴木さんの目が点になっている。
言ってるそばからこれだ。
通常運行では一時間半かけて走る島の外周約六十キロを、試運転中の列車は五分弱で一周している。
明らかにやりすぎだろ。
はしゃいでる三人の顔が目に浮かぶようだ。
「………最高速を試すのも大事だよね」
「そ、そうですね」
僕らは無理矢理視線を反らす。
その先は線路の各所に建設した駅舎だ。
「駅前の開発も随分と進みましたね」
「だね」
鉄道の駅は全部で八つだ。
島の東西南北とその中間に建てられている。
駅前には小さいながらも商店街を作ってみた。
宿屋兼酒場を中心に、武器屋に道具屋お土産屋なんかがある。
もちろん、何軒かの食堂も作っておいた。
食堂は行く行くは外部から誘致しても良いかもしれないけど、当面は英孝さんと由香さんの二人に頑張ってもらう事になっている。
一応、いくつかの会社が営業に来たんだけど、安全面が確保出来るまでは入れるつもりはないので断っておいたんだ。
だから、バイトも雇っていない。
園内の施設は門田さんとエギーユ合作の魔道人形で運営していくつもりだ。
「あの魔道人形って人間そっくりですよね」
「門田さんのオクトマシンが表情筋を動かしているらしいから余計に人間っぽいよね」
表情を作る人工筋肉を一本一本制御している変態仕様だ。
関節各部の動きも異常に滑らかだし、門田さんの技術は恐ろしいものがある。
「そういえば、アイドルのグラビアとかを参考にしてましたけど、テレビが入っちゃっても大丈夫ですか?かなりそっくりですよね?」
「う~ん、その辺は上手く誘導しておいてよ」
「え!?丸投げですか?」
「うん、丸投げですよ」
あの時はノリノリでやってて何も考えてなかったけど、よく考えたらちょっとまずいかな?
なにせ本物と間違う位のクオリティだからなぁ………
「ヨロシクね」
流石に悪いと思ったから、挙動不審になってる鈴木さんに手を合わせて拝んでおく。
あ、観覧車はそろそろ頂上だなぁ。