帰ったら無職でした 1
「ここは」
暗い。
けど、明るい。
異世界アルビオンには無かった街灯の明かりだ。
「そうか、卒業式の」
クソ女神サイリスの手によって異世界に飛ばされる直前まで俺がいた場所だ。
公会堂の前にある公園。
その噴水の前に立っていた。
服装も卒業式に出た時のスーツを着ている。
このスーツ、異世界に行った初日にビリビリに破かれたんだったな。
大魔王を倒した今となっては単なる雑魚だが、あの時はゴブリン一匹に大騒ぎだった。
手には卒業証書とバスケットサークルの後輩から貰った花束がある。
これも初日に無くしたものだ。
他にもスマホや財布とか無くしたものは全て無事だった。
「夢、だったのかな?」
思わず遠い目をして一人ごちる。
そんな時だ。スーツの内ポケットから携帯の呼び出し音が響いた。
「誰だろ?」
取り出して見てみる。
驚いたよ。
ラインやメールがびっしりと入っている。
どれも僕の事を心配するものだ。
「あー」
間抜けな声が出る。
日付を見たら更に驚いた。
だってさ、卒業式からもう半年も経っているんだから。
僕が異世界アルビオンにいたのは約五年ほど。
それから比べれば、多少は戻っているんだろうけど。
「あんの雌ブタがぁっ!」
なんだよ、この微妙な感じは!
戻すんなら、ちゃんと当日に戻せよ!
ピロン
またスマホが鳴る。
「なになに、『そちらの世界とこちらでは時間の流れが違うみたいです。悪しからずご了承ください。お詫びとして、初期装備及び最終装備の修復を行っておきました。サイリス』だと?」
なんだこれ、あいつメールなんて出来るの?
それより、初期装備ってこのスーツの事か。
だとしたら、最終装備は大魔王オルキスを倒したときの物なのか?
「空間」
俺は魔法で作った収納空間を開けてみた。
目前に中に入っている物のリストを呼び出す。
確かにある。
聖槍ノイエを始めとして、最後の激戦を制した装備品がちゃんと入っていた。
試しに聖槍ノイエを取り出してみる。
刃こぼれも無くなっていたし、柄に入っていたヒビも完全に修復されている。
この分だと、鎧やマントなんかも直っているだろう。
あのクソ女神は、本当にクソだけど、言うことはちゃんと守るからな。
そこはちょっと信頼している。
まぁ、だからと言ってクソなのは変わらないけど。
「飛靴」
僕は収納空間から一足の靴を取り出して、それまで履いていた革靴から履き替えた。
これは呼んで字のごとく、飛ぶ為の靴だ。
仲間の魔道具使いエギーユが造ったもので、信頼性も高い逸品である。
自分の魔法で飛べるようになってからは殆ど使わなかったけど、なんか疲れきった今は魔法を使いたくない気分なんだ。
だからと言って、電車やバスが走ってないこんな時間に歩いて帰るのも億劫だ。
タクシーなんて贅沢なものを使う金も無い。
うん、飛靴で一刻も早く家に帰ろう。
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「ただいまぁ」
玄関の鍵を開けて、五年ぶりの我が家に入る。
時計を見ると、現在は午前三時だ。
家族は全員寝ている時間の為、こっそりと自室に戻る。
空を飛ぶところを見られないように着ていたエギーユ謹製隠者の外套を脱ぐ。
これを着用している間、誰からも姿が見えなくなると言うものだ。
おまけに音も全く漏れないし、匂いも遮断してくれる優れものだ。
だから、さっきの「ただいまぁ」は誰にも聞かれていないはずだ。
部屋の中を見渡すと、キレイに整頓されている。
半年の間、親が掃除してくれてたんだろうな。
「まさか、ベッドの下までは………」
あることに気付くと、僕はベッドの下を覗こうと動いた。
だけど、それは途中で中断された。
本棚に入れられた書籍群。
その中に目当てのものがしっかりと並んでいた。
「お、おぉぉぉ」
僕はスーツがシワになるのも構わず、ベッドの上にうずくまった。
よほど疲れていたんだろう、そのまま僕の意識は夢の中に吸い込まれていった。
まぶしい。
ベッドの脇にある時計を見ると、午前七時だ。
今日は講義もバイトも無いし、カーテンを閉めて寝直すかな。
って、違う!
僕は慌てて上体を起こす。
九月の暑いときにスーツなんかで寝ちゃったから汗だくだよ、気持ち悪い。
取り敢えず、スーツも脱いじゃおう。
僕はシャツとトランクスだけになると部屋を出て、階段を降りていく。
リビングの方から音が聞こえてきた。
どうやら、朝の情報番組がやっているみたいだ。
リビングを覗く。
いた!
五年ぶりの親父だ!
親父は新聞を熱心に読んでいた。
読んでるもの以外にも、テーブルの上には何紙もの新聞が置かれている。
「父さん、おはよう」
僕はなるべく平静を装おって挨拶した。
「おぉ、おはよう」
読んでいた新聞から顔を上げて挨拶したかと思うと、また直ぐに新聞に目をやった。
「そんなに熱心に見て、何かあったの?」
「ん?徹の奴の事が何か書いてないかと思っ………って、徹!?」
バサリと新聞を乱雑にテーブルの上に置くと、親父は僕の方を指差した。
その指は少し震えている。
「お前、今まで何処に行っていたんだ?」
目の下にクマがくっきりとあるな。
顔色も悪いし、随分と心配かけたんだと一目で分かる憔悴ぶりだ。
「言って信じてもらえるか分からないんだけど、僕は異世界アルビオンに行ってたんだ」
僕は包み隠さず全て話そうと思った。
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僕は頭の中を整理し、親父に今までの事を話そうとした。
「おっと、ちょっと待て」
「?」
「おーい、母さん、ちょっとおいで!」
親父が僕が話し始めるのを遮って、母さんを呼んだ。
どうやら、母さんはキッチンで朝食を作っていたみたいだ。
「どうしたのあなた?新聞に何か徹の事が書いてあったの?」
そう言いながらリビングに顔を覗かせると、母さんの動きが固まった。
両手で口を押さえ、こちらを凝視している。
父さんと同じように、少しやつれた感じだ。
みるみる内に瞳に涙が溜まり、今にも溢れ出しそうだ。
「徹、あなた……今まで、一体何処に………?」
「落ち着け、母さん。今から徹が話すそうだ」
父さんは立ち上がると、母さんの隣まで行って優しく背中を擦る。
少し母さんが落ち着くと、ソファに座らせた。
新聞を片付け、テレビを消して聞く体勢をつくる。
「何から話せば良いのか分からないから、単刀直入に言うよ」
「あぁ」
「えぇ」
僕は二人が頷くのを見て、今まであった事を話し始めた。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕はアルビオンと言う異世界に呼ばれて行ってきたんだ」
「なん、だと?」
「え、えぇ!?」
父さんと母さんは驚いているようだ。
そりゃそうだろう。
半年も行方不明になっていた息子が、いきなり訳の分からない事を話し始めたんだ。驚かない方がどうかしている。
「僕が行ったアルビオンは、大魔王オルキスって奴に滅ぼされる寸前だったんだ。それを憂慮したクソ女神サイリスが僕を呼び出したんだ」
「クソ女神って、トイレの女神様?」
母さん、なんでそんな所に食いついてくるの?
僕は「違うよ」とだけ言って、話を進める。
「そこで、三人の仲間に出会ったんだ。エギーユ、シルマ、リアと僕の四人で旅をしながら、大魔王を倒す為の力をつけていったんだ」
何度も死にかけるような壮絶で、苦しい旅路だったけど、それは言わなくても良いだろう。
「そして、五年の歳月を費やしてようやく昨日、大魔王と決着を着けて戻ってこれたんだ」
あんなに大変だった冒険の連続も、言葉にしちゃうと簡単なもんなんだな。
おっと、父さんと母さんの様子がおかしいぞ?
さっきまではあんなに憔悴しきっていたのに、今はなんだかキラキラした目をしている。
信じられないかもと、収納空間から向こうで使っていた魔道具を取り出してみると、すごい勢いで手にとって、食い入るように見ている。
「すっげー」
「まぁまぁまぁ」
両親は大興奮だ。
そうだった、この五年で忘れていたけど、僕の親は所謂OTAKUだった。