遊園地着工します 4
「この辺り?」
「そうです」
僕が聞くと、案内の女性がムスッとした顔で答えた。
今、僕が来ているここは、富士山の麓に広がるあの有名な樹海の中だ。
どうやら、ここに異世界への通路………というか穴が出来てしまっているみたいなんだ。
どうやら手が足りないらしく、こちらにまで出動の要請があったから、ちょうど作業が一段落した僕が単身でここまで来たわけだ。
案内してくれたのは前に一度戦った事のある、帰還者部隊の女性隊員だ。
顔はあんまり覚えて無いんだけど、前回と同じ装備をしている。
うん、あの杖には何となく見覚えがあるぞ。
あんまり良い印象を持たれていないみたいで、終始不満げな顔をしている。
社会人なら、もうちょっと営業スマイルを覚えてほしいもんだ。
まぁ、コテンパンにされた挙げ句、実験動物みたいに扱われたら苦手意識が出てくるのも仕方の無い事なのかもしれないな。
気を取り直して少し辺りを探知してみると、前方で確かに空間に綻びが感じられる。
取り敢えず、そこまで足を進めてみよう。
それにしても、ここには今まで来たことが無かったけど、流石に樹海って呼ばれるだけあって、木が鬱蒼と繁っているなぁ。
そんな樹海の気配に圧倒されていると、すぐに目的の場所に着いた。
「これか」
そこは樹海に数多くある溶岩洞の一つだ。
千年以上前の富士山の噴火で流れ出した溶岩で出来た洞窟なんだと女性自衛官が教えてくれた。
何気に博識だね。
洞窟に入ってすぐの所に、目当ての綻びがあった。
その空間の綻びに手を突っ込んでみると、入れた手が目視出来なくなった。
痛くはない。
戻すと特に手に異常は見られないから、出入りするだけなら危なくは無いみたいだな。
「なるほど。で、ここをどうしたいの?」
「調査して、危険であれば封印してほしいとの事です」
調査して封印か、そういうのは師匠の方が得意なんだよな。
だけど、今回は手が離せないらしくて来れなかったんだ。
園内で提供する食べ物をを試食するって大事だよね。
「調査って、中に入って調べてくるの?」
「方法はお任せします」
「そっか」
ここは自衛隊の訓練の途中で偶然見つかったらしく、詳しい調査はまだされてないらしい。
世界の狭間に貴重な人材を送り込むわけにはいかないんだろうね。
こういった事は経験者に任せておくのが良いって事だろう。
よし、取り敢えず中に入ろう。
おもむろに僕は空間の穴の中に身体を入れた。
さて、どんな場所に繋がっているんだろうか?
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穴の向こうは、それまでと同じような景色の洞窟だった。
これ、普通だったら異世界へ移動したなんて気付かないだろうな。
一個だけ違いがあるとしたらこの温度だ。
樹海は三月近いとはいえ、まだ寒いくらいだったんだけどここはかなり暑い。
それも、奥に行けば行くほど気温が高くなっていく。
「八十度くらいかな?」
「そうですね、それくらいはあるでしょう」
しばらく歩くとまるでサウナの中にいるような温度になってきた。
一緒に来た女性自衛官は暑さに強いのか平気そうな顔をしているけど、その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
そういえば、名前は田中花子って言ってたな。
なんか、偽名臭いけどなんでも良いか。
それよりもこの暑さをなんとかしたいな。
よし、あの子達を呼び出そう。
「【召喚】冷狼」
目の前に二匹の蒼白い狼が現れる。
二匹は僕の召喚獣で、名前の通り冷気をまとった狼だ。
この二匹が現れてくれたお陰で、周囲の温度が一気に下がった。
僕はそのまま冷狼をソファー代わりにして座ってみる。
毛皮がひんやりして気持ちいい。
「このまま歩いて調べるのも面倒くさいね」
休憩しがてら田中さんに話を振ってみる。
「きちんと調査して下さい」
「はいはい、分かりました」
見かけによらず、なかなか真面目なタイプのようだ。
それとも単純に僕の事が気に入らないからか?
ともかく、お目付け役がいる以上は真面目にやらないとダメみたいだ。
それじゃあという事で、僕は収納空間から小さな立方体をいくつか取り出した。
これは門田さんとエギーユの合作の魔道具だ。
いや、正確に言えば魔道具じゃないのかな?
うん、それは置いといて機能としてはドローンみたいなもんだ。
搭載されたカメラで撮った映像を、手元のディスプレイに写し出すってものだ。
それだけなら僕も精霊を呼び出してやれば同じような事が出来るんだけど、この立方体はそれで得た情報を整理して記録してくれるという優れものだ。
「お願いね」
「アイサー!」
立方体が元気に返事して飛んでいくのを見送る。
「あれは貴方の使い魔なんですか?」
「ん?そんなもんかな?」
目視出来なくなったところで、僕は画面に目を向ける。
そこには立方体の台数分に分割された映像が映し出されている。
「機械と精霊を組み合わせているんですか?」
「そうだね。気になるの?」
「えぇ、ちょっと」
この人も他の術師と同様に好奇心が強いのかな?
それともこちらの技術力、ひいては戦力をただ単に計りたいだけなのか………
まぁ、どっちにしろあんまり知られて困るような事は無いんだから、聞かれたらきちんと答えるとしようかな。
そんな事を考えていたら、今いる洞窟のマップがどんどん出来上がっていた。
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どうやらここは火山の中に出来た洞窟のようだ。
外への出入口は四つ。その内、人が出入りできる位の大きさがあるのは二つで、あとは小動物が入れる程度の大きさだ。
天然の洞窟に少し手を加えた形跡がある。
それはここに棲息している人型の魔物が行ったものだろう。
とはいえ、罠があるとかそんなんじゃなくて、崩れないように補強したり家具らしきものを置いたりとそんな程度だ。
洞窟の中には人型の魔物と四足の魔物、飛行する魔物がいるようだ。
あ、そうそう。この場合、魔物っていうのは一定以上の魔力を有しているモノをそう分類している。
魔物自体の力はそれほど強く無さそうだけど、全て火の属性を持っているみたいだ。
まぁ、こんな環境ならそれも当たり前なんだろう。
「こんな感じなんだけど、実際に見に行った方が良いかな?」
印刷されたコピー用紙を田中さんに渡す。
そこには立方体から得られた情報が仔細漏らさずに載っている。
地図、生態系、鉱脈等々だ。
「そうですね。やはり実際に目にしない事には………」
まぁ、そうなるだろうね。
だって、情報収集している立方体の信頼性が皆無だもんね。
「そっか、じゃあここの中層、火口の所にいる魔物が一番強い力を持っているみたいだから、そこに行ってみようか?」
「それが良いでしょう」
おそらく、そこにいるのがここのボスなんだろう。
立方体から得られた情報では、それほど強い魔力は検知できなかったが、溶岩の近くに棲息できるって時点で結構強いんだろうとは推測できる。
少なくとも火への耐性はかなりのものだろう。
そんな事を田中さんと話しながら足を進める。
「なかなか正確な地図ですね」
「本当ですねぇ」
僕の返しに田中さんは「えっ!?」と驚いてみせる。
僕が自信をもって資料を渡しているものだと思っていたんだろう。
まぁ、その気持ちも分かるけどね。だけど、僕もこの立方体を使うのは初めてなんだから仕方ない。
取り敢えず、この地図を検証しながら行きましょうよ。
「おっと、ここは右に行くようですよ」
「そうですね」
足場はしっかりしているので、温度さえ気にならなければかなり歩きやすい。
今は冷狼が周囲の空気を冷やしてくれているので、汗もかかずに快適に進んでいける。
いくつかの分かれ道を越えた時、前方に何かの気配が複数あるのを感じられた。
地図ではそれなりに大きな空洞があるみたいだ。
立方体からの映像でも、この空洞で人型の魔物を数体捉えていた。
ひょっとしたら、魔物の巣があるのかもしれない。
「どうしますか?」
「ん~」
田中さんは難しい顔をして地図とにらめっこしている。
迂回路がないか探しているようだ。
「この地図を信じるなら、火口に行くにはここを通るしか無いようですね」
「みたいですねぇ」
「戦闘はお任せしても?」
「戦闘する事が前提なんですか?物騒ですねぇ」
「!?」
ちょっとからかっただけで顔を真っ赤にしてるよ、この娘。
「ま、平和的に行きましょうよ、ね」
「………そうですね」
僕らが角を曲がって、魔物の集落らしき場所に足を踏み入れると、十体程の魔物が臨戦態勢で待ち構えていた。
簡単な鎧を纏い、手には槍を持っている。
炎のような赤色の体毛を持つその魔物は、人型というよりは二足歩行するモグラだ。
どうやら、衛兵のような役割を持っているらしい彼等は、しきりにこちらに警告を飛ばしてきているようだ。
言葉自体は分からないけど、なんとかその思念から意味は読み取れる。
〈出ていけ!〉
〈出ていかない!〉
〈なぜだ!〉
〈先に進みたいからだ!〉
〈ダメだ!〉
〈なぜだ!〉
〈この先には神がおわすからだ!〉
所謂念話ってやつでコミュニケーションをとってみた。
なかなか分かりやすい奴らではある。
奴らの言う神が、火口にいる大型の魔物の事だろう。
「って事らしいけど、どうする?」
田中さんも念話のやり取りは聞いていたようで、少し考え込んでいる。
まぁ、結論が出るまでしばらく待ちますかね。