遊園地着工します 1
「閉じよ」
世の理に基づいた複雑な印を刻んだ鉱石。
それが掌から弾け飛び、それぞれのあるべき場所へと潜る。
直後、鋭い金属音と共に、世界に境界が出来る。
風が、潮の流れが、光さえもが消え去った。
「万年の微睡みから目覚めよ」
歌うような声だ。
風も消え去った世界に、ただその声だけが辺りを揺るがす振動に変わる。
「#起き上がれ!」
放たれた振動は海底にまで届く。
振動に乗った力に依って世界が変成する。
ゴボリ………
最初の変化は海底から上がった気泡が弾けた音だった。
ゴボリ………ゴボリ………
時を経ずして気泡の数が増えていく。
ゴボリ………ゴボリ、ゴボリ、ブクブクブク………
海面が泡立ち、逃げるように海水が流れていく。
ザバリ!
遂に一つの都市が丸ごと入りそうな地面が、海面から顔を出す。
歌は既にヒトの声の体を成していなかった。
世界を変える力そのものになっていた。
空気を揺らす振動に合わせて地面は隆起し、その形を整えていく。
大地には山が、谷が、川が、緑溢れる平野が、その他諸々の人が生活するに足る物が急速に出来上がっていく。
深夜から行われたその大魔法は、太陽がうっすらとその姿を現した頃、ようやく終焉を迎えた。
「師匠、お疲れ様でした」
「うむ。帰ったらモーニングだぞ」
「はい、もちろんです」
「三人前だからな」
「はい、分かってます」
安い人件費でした。
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「本日未明、突如あらわれた………」
モーニングを食べ終わって帰ってくると、テレビで早速僕らが造った島の事がテレビでやっていた。
ヘリコプターなんかで空撮した映像や、地学や経済なんかの専門家が画面を賑わしている。
もちろん、僕や師匠の事は一切出ない。
あくまでも、不思議な「自然現象」だと解説され、そこから得られるであろう利益の皮算用をしているだけだ。
さて、これからのスケジュールとしては、一月くらい政府の調査が入り、その後すぐに形だけの競売にかけられる予定だ。
既に国内の大手企業には根回しがしてあるらしい。
外国企業は国防を理由にシャットアウトするって言っていたから、本当に形だけの競売だ。
まぁ、僕ら以外が買ったらまた海の底に沈めれば良いから、そんなに気にしてはいない。
おっと、それよりその間にやらないといけないことがあるんだ。
「ねぇ、エギーユ」
「んあ?」
テレビを見ながらケツを掻いてたハゲに声をかける。
だらけきってるな。
人ん家でリラックスしすぎだろう。
「頼んでおいたもの出来てる?」
「あぁ、出来てるよ」
エギーユは自分の収納空間からゴーグルを取り出した。
見た目は安っぽいけど、しっかり目を覆う構造になっている。
「なかなか良いじゃないか」
「だろ?苦労したんだぜ」
ゴーグルの横の突起を触ると、目の前の景色が変わった。
これは仮想現実とか拡張現実なんていう技術を、魔法を用いて再現したものだ。
要はゴーグルのレンズ部分に幻を投影しているのだ。
直接脳内に作用するような魔法だと、どんな副作用が現れるか分からないし、魔法耐性のある僕らなんかだとかからない可能性がある。
でも、この投影型なら少なくとも見せたい幻影を見せる事が可能だと考えたんだ。
現に、魔法耐性のある僕でもプログラムされた映像を見ることが出来ている。
そして、このゴーグルは耳も覆っていて、そこから映像に合わせた音が聞こえるようになっている。
後は、遊園地となる島の周囲に張った結界と連動させて、全ての装着者が同じ物を見られ、聞こえるように調整するだけだ。
来場者はこれで「剣と魔法の世界」を安全に体験できるって仕組みだ。
「じゃあ、取り敢えずこれと同じ物を一万個作ってよ。二ヶ月以内に」
「は?」
さっきまでのどや顔が消えている。
心なしかハゲ頭の艶も少し消えてる気がする。
「じゃあ、取り敢えずこれと同じ物を一万個作ってよ。二ヶ月以内に」
理解出来てなかったようなので、もう一度言ってみた。
なんか、泣きそうな顔だ。
「一時間で七個くらいのペースで良いんだから楽勝でしょ?」
「お、おう」
「僕はエギーユの能力を高くかっているんだ。きっとやってくれるって信じてるよ」
ポンポンと肩を叩くと、エギーユは自分の工房を設置している亜空間へと消えていった。
足を重たそうに引きずり、どことなく楽しそうだ。
きっと、創作意欲に満ちあふれているからだろう。
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「トール、これを見て下さいますか」
エギーユが工房に籠ったのと入れ替わりに、小走りでリアがリビングに入ってきた。
いつもとは違う服装だ。
「どうしたんだ、それ?」
「お義母様が、こっちの神職はこういう格好をするんだよって取り寄せてくれたんです」
ほほう。
あのヲタク、巫女服くらいはいつかやると思っていたけど、まさかこんなのを持ってくるとはな。
うん、本当に女性神職の衣装なんてどっから取り寄せたんだよ。
思わず意味が分からなすぎてスマートフォンを使って画像検索しちゃったよ。
ええと、なになに額当て、表衣、小袖、切袴か。
手に持ってるのは普通に扇だな。
それにしても着付けるのも大変そうな代物だ。
「どうですか、似合いますか?」
「う、うん」
思わず曖昧に返事をしてしまった。
だって、似合ってるかどうか判断できないんだよ。
あ、そうそう。
リアの言う「似合ってるか?」は「可愛いですか?」という意味は恐らく含んではいない。
その衣装を着るに値する人間ですか?って意味なんだ。
どの程度の役職の人が着る衣装なのか分からないから、僕には似合ってるかどうかの判断が出来ないのだ。
これもお洒落なんて無いアルビオンの特徴だ。
「ところで、漢字ドリルは終わったの?」
僕は話題を変えることにした。
渡しておいた漢字ドリルの進捗状況を聞いてみた。
「はい!これでトールのお手伝いが出来るようになりました!」
「おぉ、凄いじゃないか!」
聞けば、既に高校の現国の教科書くらいならすらすら読めるらしい。
たった二ヶ月で大したもんだよ。
エギーユもそうなんだけど、地頭はかなり良いんだよな二人とも。
頭を撫でると、「エヘヘ」と十八才とは思えない幼い笑顔を見せてくれる。
こういった姿を見ると、可愛いなと思う。
「だけど、この衣装では僕の手伝いは出来ないんだ。なにせ、僕の仕事は神事じゃないからね」
「あぁ、そうでしたね」
納得すると、リアは瞬時に衣装を変えた。
収納空間に入れてある衣服は、こうやって着ている状態の物と交換できるんだ。
今度は中世ヨーロッパ風のチュニックとズボンだ。
ジルオン公国の平服である。
こういった素朴な感じも良いもんだ。
とは言ったものの、取り敢えず書類仕事は一段落したし、今は特にリアに手伝ってもらいたい仕事は無いんだよなぁ………
そんな時だ。
スマートフォンから着信音が流れてきたのは。