遊園地作りの下準備をします 4
慣れないヒールにもよたつくことなく、師匠は買い物に付いてきてくれた。
眼鏡売場で色んな形の物を試着した。
師匠は別に目が悪いわけではないので、だて眼鏡なのだが、これがまたよく似合う。
「トールよ、なんじゃこれは?」
「眼鏡です」
「それは分かっておるわ。ワシは目が悪くないからこんなもの要らぬぞ?」
「だて眼鏡です」
「だて?誰じゃそれは?」
何度も言うが、アルビオンにはファッションを楽しむという文化がない。
全ては機能性を求められるだけだ。
なので眼鏡は全て度付き………というより、視力強化の魔法がかかっているものしかない。
当然、だて眼鏡なんてものは無いのだ。
「ここではそういったものも大事なんだとだけ理解してください」
「むむ、難しいものなのだな………」
「そうなんです。難しいんです。主観で判断されるから、時勢で良し悪しが変わっていきますしね」
問答をしながらいくつか試着した結果、シルバーフレームのものにした。
バシッと決まって、有能そうだ。
後は髪形なんだけど、「髪はいじらぬぞ!」と師匠の強い要望で美容院には行かないことにした。
師匠の髪形は魔力的な意味を込めたものだから、他人に触られたくはないらしい。
と、いうよりも下手に触ると危ないらしい。
最後は化粧だ。
化粧品売場で適当なメーカーの販売員さんに、試しに化粧をしてもらい、僕が【学習強化】でその手順をしっかり覚える。
「ふむ、こちらでは戦化粧以外にも化粧を施すものなのだな」
「?」
師匠の言動が理解できない店員さんは、頻りに師匠へ「お肌が綺麗ですね。お化粧のノリが良いです」と繰り返していた。
見事なスルースキルだ。
取り敢えず化粧品一式も買い、家路についた。
今日だけでいくら使ったのか考えたくもないよ。
まぁ、これで明日の視察もバッチリだろう。
あ、帰りは師匠の転移魔法で一瞬だった。
満員電車に乗る気力も無かったし、ハリウッド女優に、勝るとも劣らない美貌を魅せる師匠への注目が半端無かったからだ。
好奇の目に晒されるのも面倒なので、僕らは人気の無いところを見付けると、そこからすぐに転移したんだ。
部屋に入ると、流石の師匠もぐったりしていた。
あ、因みに僕のスーツは二着目半額とかの店でで買ったやつです。
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ビキリ!
空間が歪み、区切られる。
切り取られた空間の中に、殺気にも似た闘気が満ちる。
「ふむ、なかなか見事な結界じゃな」
世界を分断する構造体に目を向け、師匠が不敵に笑う。
「それで、ここで僕らの力が見たいと?」
「そうだ。一度貴様らの力を見ておかないとな」
港の待ち合わせ場所に来た僕らと対面しているのは、約束していたお役人ではなく、自衛隊の帰還者対策部隊だ。
なんだかカッコイイ名前が付いていたけど、忘れちゃった。
「この国の軍人か。面白そうじゃな」
師匠は好戦的ともとれる笑顔を見せる。
だが、実際は未知の技術に触れることが出来るという知的好奇心だ。
美女の凄絶な笑みに自衛隊員達が一瞬たじろぐ。
「あ、師匠。僕の国には「軍人」はいませんよ」
「は?」
「あれは自衛官です」
「え?」
「何が違うかは分からないと思いますが、そういうもんだと思って下さい」
師匠は毒気を抜かれたような顔で自衛官達を見回している。
迷彩服に防弾のボディアーマーなんかはテレビなんかで見たことのある物だったが、他がちょっと違った。
小銃なんかは持っておらず、その代わりに剣や盾、杖なんかを持っている。
「帰還者で構成されている部隊か」
「そうだ」
僕の言葉に、隊長であろう髭を生やした壮年の男が首肯した。
その隊長は今すぐにも手合わせしたいようだ。
後に控えている隊員達も皆ヤル気満々だ。
どれも修羅場の二つ三つくぐり抜けてきたような顔をしている。
下手したら僕らもこの部隊に編入されていたのかもしれないな。
それにしても、話し合いでどうこうは出来そうな雰囲気じゃないな。
「なるほど、じゃあやろうか」
僕が一歩踏み出すと、全員が身構えた。
自衛官は全部で五人。
武装は剣が二人に斧、弓、杖が各一人ずつだ。
最初に攻撃を放ってきたのは弓使いだ。
身体より大きい長弓を引き絞ると、光の矢が形成された。
光の矢は全部で八つある。
それが一度に角度を変えて襲いかかってくる。
「魔鏡反射」
「なっ!?」
魔力で矢を作ったのは良い。
威力もなかなか。
けど、スピードが今一つだな。
僕が魔法を行使する余裕を与えちゃダメだよ。
角度を調整して、こちらに突っ込んできた女剣士に跳ね返してやる。
雷の魔力を帯びた剣で、なんとか切り払った。
大した腕だね。
「よっと」
魔力の矢を切り払った事で、がら空きになった腹に前蹴りを叩き込む。
肋骨が何本か折れたみたいだね。
バキボキいってる感触が、革靴越しに伝わってきた。
「もうちょっとカルシウム摂らなきゃいけないよ」
「ぐうぅ」
折角のアドバイスも聞こえてないみたいだね。残念だ。
蹲ろうとしているところを、腕を取って引っ張りあげ、迫ってきていたもう一人の剣士にぶつけてやる。
「はい、残念」
頬を平手で打ってやった。
頚椎からグキョって不穏な音が聞こえてきたけど、大丈夫かな?
「魔法弾!」
背後から魔力で出来た弾丸が襲ってくる気配がした。
それが僕の身体に届く直前に、大戦斧を振りかぶった隊長が一瞬で間を詰めてきていた。
「なっ!?」
こうも繰り返すって事は、魔法で牽制からの直接攻撃って有効なんだろうね。
だけどね、僕らはそんなに甘くないよ?
魔法弾は僕をすり抜けて、隊長に直撃した。
着ているボディアーマーがボロボロになってるよ。
すり抜けていく時に込められた魔力を観たけど、この程度で済んだって事はそれなりの魔力障壁を張っていたんだろうな。
「何、を………」
「ん~、彼女の魔力に身体を同調させただけだよ」
丁寧に種明かしをしてあげてから、往復ビンタをしてあげた。
隊長は何も出来ずに大地に沈む。
さて、残るは弓使いと魔法使いの二人だな。
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「くっ!」
弓使いは金属製の矢を空中から取り出すと、弓につがえた。
彼もやっぱり僕みたいな収納空間を持っているんだろうね。
「これなら!」
音速を越えて飛んできた矢を、僕は中指と人差し指で挟んで止めた。
「魔法じゃないから跳ね返せないと思った?残念でした」
手首のスナップだけで投げ返してやる。
今の僕はエギーユの魔道具で力の殆どを封じられているから、魔法を使ってもそんなにスピードを出せない。
せいぜい、さっき弓から放たれた時と同じくらいだ。
「なっ」
返ってきた矢を咄嗟に避けた弓使いとの間を、走って詰める。
たったの二十メートルなのに、二秒近くもかかっちゃった。
そっと弓使いの首筋に手を当て、足を払う。
ズドン!
仰向けでコンクリートの地面にめり込んだ弓使いに、止めの踏み蹴りをお見舞いする。
白目を剥いてるけど、致命傷にはほど遠いから大丈夫だろう。
「ズエァァァァ!!」
裂帛の気合いだ。
思わず視線を向けると、それは残った女性自衛官だった。
「よくも、隊長をぉぉぉ!!」
怒りで我を忘れたか、徒手でこちらに突っ込んでくる。
だが、その拳は力強く、彼女の本分がこの拳を用いての徒手格闘だと雄弁に語っていた。
彼女は遠距離支援を止め、得意の位置で勝負を仕掛けてきたんだ。
「ほっ、ほっ、ほっ」
僕は剣指を作り、彼女の拳をさばいていく。
当たれば鋼鉄くらいなら易々とぶち抜きそうだけど、当たらなければどうということもない。
前腕の側面を剣指で丁寧に弾いていく。
「こ、のっ!」
徐々に拳速が上がっていく。
身体中の力を巧く乗せている拳は、更に力強さを増している。
そして、こちらを狙う角度とタイミングも素晴らしい。
アルビオンの勇者達に勝るとも劣らない格闘のセンスだ。
「ナメるなぁー!!」
僕の脇腹を狙って、右のミドルキック。
魔力で強化されたその攻撃は、当たれば僕でもダメージを受けそうだ。
掬うように捌くと、軸足が跳ね上がる。
「やるねぇ」
頚椎を狙ったその蹴り足を、僕はガッチリと掴む。
もちろん、さっきの右足も掴んだままだ。
そのまま高々と持ち上げる。
「どーん、だ」
振り下ろして、地面に叩きつける。
「神衣!」
ひび割れたコンクリートの上に横たわった女自衛官は、桃色の鎧を装備していた。
どうやら、魔力を練り上げて物質化したものだと看破した僕は、そのまま足を振り上げた。
「くっ!?」
身を捩り、逃げようとするけど、そんな事は許さない。
鎧の効果だと思うけど、力がさっきより増している。
これなら多分、コンクリートに叩きつけたダメージなんて無いだろう。
「ふんっ!」
強めの踏み蹴り。
僕の革靴は、女自衛官の纏った鎧をすり抜けて、彼女の腹筋を押し潰す。
「えぐっ!?………なん、で………」
「君の魔力パターンは覚えているんだよ?さっきも同調させてたのもう忘れたの?」
威圧的にならないように、僕はニッコリ笑って教えてあげた。
だけど、どうやら気を失ったらしく、もう聞いてないみたいだ。
女自衛官から離れた僕は、とりあえず着ているスーツに穴が空いてないか急いで調べたよ。