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遊園地作りの下準備をします 3

「人が多いのう」


本当、駅前は人が多くてうんざりする。

ここでさえそんな風に感じるんだから、東京なんかじゃ暮らせないな、僕は。


「そうですねぇ。えーと、あっちです」


目指すはデパートのレディース服売場だ。

そこに行けば店員さんが色々とアドバイスしてくれるに違いない。

師匠を先導して歩き出そうとした時、背後から掌が風を切るような音が聞こえた。

敵意や殺気を全く感じなかったから、初動が遅れたけどなんとか回避に成功する。


「センパイ………アレッ」

「おっと」


そのまま腕を取り、関節を極めようと身体が勝手に動いたけど、寸前で止める。

それは見知った顔だった。


「マキちゃん!?」


学生時代、僕らがお遊びでやっていたバスケサークルの後輩だった。

慌てて掴んでいた手を離す。


「もうっ!酷いですよ!」

「ゴメン、ゴメン。いきなりだったからつい………」


掴まれていた所を擦るマキちゃんに、僕は両手を合わせて謝った。


「何処のゴルゴか!」

「いやぁ、本当にごめんね」

「ハァ、もういいですよ。………それより、卒業式から今まで何してたんですか?みんな心配してましたよ」


あ、メールとか着てたけどなんかタイミング逃してて、未だに返信してないや。


「まぁ、色々あってちょっと忙しかったんだ。悪いね、心配かけて」

「色々って何ですか?」


なんか直球が来た。

どうしよ?

異世界の事は、偉い人達に口止めされちゃったんだよなぁ。

まぁ、言っても信用してくれないだろうけど。


「あぁ、ラチられて外国に連れていかれたんだけど、その間に会社をクビになってた」


うん、嘘は言ってないぞ。

マキちゃんの目を見てると、信用はされてないみたいだけど。


「何ですかそれ」


口調が冷たい。

完全に嘘つきを見る目だ。


「おい、トール。ひるご………じゃない、服売場はどこじゃ」

「あ、師匠。ごめんなさい。今、行きます!………ごめん、また後で連絡するから」


放置されていた師匠が少し離れた場所から声をかけてきた。

ちょっと目がヤバイ。

これは昼飯を先に食べさせないと暴れるかもしれないな。

なんて考えて踵をかえしたら、ガッシリと服の裾を掴まれた。


「センパイ!あの超絶美女は誰ですか!?」

「え?」


鼻息を荒くしてマキちゃんが師匠を凝視している。


「あ、あぁ、外国でお世話になった人」

「え!?さっきの話、本当だったんですか!?」

「う、うん。一応………」


マキちゃんが師匠と僕を見比べていると、ついに痺れを切らしたのか師匠がこっちに来た。


「トールの知り合いならば一緒に来い。今から昼御飯じゃ!」


有無を言わさず、師匠は先頭を歩き始めた。

マキちゃんがこっちを窺うので、僕は「時間があれば一緒に来る?」と誘って、師匠の後を追う。


ところで、師匠はこの辺のご飯屋さんを知っているんだろうか?



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「ここは桃源郷か!?」


僕らがいるのは駅の地下街だ。

師匠の鼻の示すままにここまでやって来たわけだ。

うん、改札口からそんなに遠くないとはいえ、この嗅覚は普通に凄いと思うよ。


「む、ここにしよう」


師匠の鼻の命ずるまま、僕たちは一軒の店に入った。

この店は地鶏を使った料理が名物なようだ。


「え~と、親子丼にしようかな。それからこの手羽先も美味しそう」


立地もあるんだろうけど、流石は地鶏を使っているだけあって、ちょっとお高めの値段設定だ。

それでも、お薦めなのだから旨いんだろう。


「よし、じゃあ、ワシも同じものにしよう」

「じゃあ、あたしも………って、高い!?」

「あぁ、ここは僕が出すから大丈夫だよ。好きなの頼んで」

「え、悪いですよ、そんなの」

「良いよ良いよ、ちょっとした収入があってさ。今、小金持ちなんだよ」

「無職なのにですかぁ?」

「うん、そう。無職なのにね」

「あはは。じゃあ、遠慮なくご馳走になりま~す」


三人は仲良く同じものを頼んだ。

注文の品物が来るまで、マキちゃんが色々と聞いてきたが、とりあえず話せるところは話しておいた。


「てな訳で、外国に行ったせいで失職しちゃったけど、人脈が広がった感じなんだ。だから、今度その伝で起業する事になったんだ」

「へぇ、大丈夫なんですか?センパイ、前から騙されやすいからなぁ」


アハハハ、と笑うマキちゃんだけど、大きなお世話だ。

まぁ、甘いところが多々あるのは認めるけどね。


「まぁ、今回は取引先が結構お堅いところだから、その辺は大丈夫なんじゃないかな」

「へぇ、良いですねぇ。あたしもそろそろ就活だから憂鬱ですよぉ」

「あ、そうか。マキちゃんもう三年生だったね。大変な時期だ」

「そうなんですよぉ。誰かさんみたいにブロンド美女とイチャコラしてる暇なんてないんですよ」


マキちゃんは師匠をさっきからチラ見している。

その師匠は店内に満ちる料理の気配に、これからの期待を膨らませまくっている。

頻りに「この薫りは」とか言ったり、店員さんが他のテーブルに運んでいる品を凝視したりしている。

うん、今にも涎を垂らさんばかりのその姿は、完全に残念美人だね。


「イチャコラ、か。そう見える?」

「いえ、実はそんなに………」

「だよねぇ」


師匠が食物にご執心なのは誰の目から見ても明らかだ。

甘い雰囲気など微塵も感じないだろう。



「お待たせ致しました」


話が一段落したところで、親子丼がやって来た。

小鉢と汁物、漬物もある。

丼の蓋を取り、その湯気が顔にかかると、師匠の目のかがやきが増した。


「「「いただきます」」」


言うが早いか、師匠は匙で親子丼を掬うと目の前に持っていく。


「これは鶏肉と卵。あぁ、だから『親子』なんじゃな。しかし、なんとも食欲をそそる薫りじゃ」


すんすんと匂いを堪能すると、師匠はおもむろに口に運ぶ。

一瞬、その熱さに顔をしかめるものの、すぐに蕩けたような顔をする。


「熱い!しかし、美味い!この蕩けるような卵はなんじゃ!?熱でたんぱく質が変成する直前のギリギリを狙って加熱しておるのか!これは美味い!」


どうやらお気に召したようだ。


「この食感の為に敢えてここで加熱を止めるのか。そして、この鶏肉のプリプリとした歯応えによく馴染むではないか!」


師匠の手は止まらない。

よくあんなスピードで食べながら、喋ることが出来るなと感心する。


「そして、この飯じゃ。出汁が絡むことにより、旨さが引き出されておる。うむ、箸休めのこの漬物と合間に飲むこの汁物も、良く味の調和が取れておる!」


ブツブツ言いながら物凄い早さで食べ進む師匠に、マキちゃんは唖然としている。


「こ、この手羽先の唐揚げがまた凄い!外の皮はパリッとしておるのに、中の肉のこの柔らかなこと!歯応えを残しつつ、ジューシーなことこの上ないではないか!」


瞬く間に食べ終えた師匠は、その後ゆっくり食べているマキちゃんをじっと凝視するのだった。

ちょっとマキちゃんが気の毒だ。

僕は店員さんを呼ぶと、新たに注文することにした。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「それにしても、センパイ雰囲気変わりましたねぇ」

「そうかい?」

「えぇ、なんか大人っぽくなったっていうか………」

「ん?老けたって事?」


外見は筋肉量が増えた程度で、そこまで変わっていないはずだけど、アルビオンでの苦労が顔に滲み出ているのかもしれないなぁ。


「ん、もう。違いますよ。でも、学校の時はそんな腕輪とかみたいなお洒落なもの着けてなかったですよね」

「あ、これ?」


マキちゃんの視線の先、僕の左手にはエギーユ謹製【能力封じ】の腕輪が嵌められている。

これによって、僕の身体能力は常人並みになって、日常生活で物を壊さないように気を付けなくても良くなった。

まぁ、それでも下手なプロレスラーよりも力はあるんだけどね。

その#腕輪__マジックアイテム__#がマキちゃんからしたら、お洒落なバングルに見えるんだろう。


「仲間が造ってくれたんだけど、似合わないかな?」

「ん~、前まではキャラじゃないと思ってましたけど、こうやってしてるのをみると意外と似合ってますね」

「お、良かった」


僕とマキちゃんは他愛ない話をしながら、師匠が三杯目の親子丼を食べ終えるのを待った。




「どうも、ご馳走さまでした」


昼食の後、これからバイトだと言うマキちゃんと店の外で別れた。

その際、近い内にバスケサークルの連中と会う約束もさせられた。

僕と会ったこと、すぐさま仲間に報告していたよ。

何故か師匠の写真付きで。


「うむ、達者でな」


満腹になった師匠はすこぶる機嫌が良い。

笑顔でマキちゃんを見送った。


「さて、それでは帰るか」

「いやいやいや、おかしい、おかしい」


用は済んだとばかりに帰ろうとする師匠を、僕は必死に引き留めた。

師匠は冗談を言わない。

全て本気なのだ。


「ん?」

「僕らは師匠の服を買いに来たんですよ」


一瞬、師匠の眉間にシワが寄る。

完全に忘れていた顔だ。


「おぉ、そうじゃった、そうじゃった。すまんな、すっかり忘れておった」

「………」


ふぅ。

思い出してもらえて良かった。

………うん、そう思っておこう。


「じゃあ、師匠。行きましょうか」

「うむ、案内を頼むぞ」

「………はい」


レディースの売場は五から七階と三階層に跨がっていた。

二人でうろうろしていると、やたらにこやかな店員のおばちゃんが声をかけてくれ、案内してくれた。


「彼女の仕事用のスーツが欲しいんです」


僕がそう言うと、師匠に合うサイズの物をいくつか見繕ってくれた。

師匠はそれらを見比べているが、明らかに困惑しているのが分かった。


「なぁ、トールよ。違いがワシには分からぬのだが………」

「違い?」

「うむ、素材が少々違うのは分かるが、それがどのような作用を及ぼしているかが分からぬ。この形にしても、取り立てて魔法がかかっているわけでも無いようだし………」


あぁ、そうか。アルビオンでは職業によって着る服がある程度決まっていたんだ。

それは何も身分がどうたらとかじゃなく、服にも仕事に必要な機能を持たせていたからだ。

例えば鍛冶屋なら火に強いとか、漁師なら潜水できるとかだ。


しかし、日本だと素材によって丸洗い出来るとか、撥水効果があるとか程度だ。

その代わり、多種多様なデザインがある。

だが、師匠にはそのデザインによる効果が何か分からなくて困惑しているんだ。

まぁ、アルビオンでデザインと言えば魔法的な図形の事だったのでそれも仕方ないだろう。


「デザインの違いはあまり気にしなくて良いですよ。好みで選んで下さい」

「好み………」


半ば強引に師匠はおばちゃんに試着室へ押し込まれた。

数分後、カーテンを開けて出てきたのは、ピシッとしたキャリアウーマン然とした師匠だった。


「………良い」


奇を衒わないベーシックなスーツが師匠のスマートな体型にしっくりくる。

そして、膝丈のタイトなスカートのスリットから覗くすらりとした脚がまた素晴らしい。

師匠は細いが、手足が枯れ枝みたいな感じではない。

筋肉によってメリハリがあり、その上で程よい脂肪のお陰で女性らしい丸みを帯びているのだ。

その優美とすら言える身体に、かっちりとしたスーツを纏わせると、これほど魅惑的なものになるとは………


「眼鏡がいるな」


その天啓を受けた僕は、すぐさま行動に出た。

おばちゃんが持ってきてくれた紺、グレー、白のスーツをサイズだけ合わせると三点とも購入し、最初に試着した紺のスーツと薄い水色のブラウスをそのまま着て帰ると告げる。

他にも下に着るブラウスや靴も見繕ってもらい、それら全てを購入。


「え?おい」


流石にそれだけの現金は持ち合わせていなかったのでカードで支払い、次の売場を目指す。


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