遊園地作りの下準備をします 2
「さて、後は敷地なんだけど………」
登記の書類を書きながら、僕はそう呟いた。
一応、用地獲得に関しては、関係省庁には話を通してあるが、まだ実行に移してはいない。
幾つかクリアしておかないといけない問題があるからだ。
「取り敢えず、師匠に相談だな」
階段を降りて、ダイニングに行く。
師匠は最近、キッチンで料理の手伝い及び研究か、ここでの読書かどちらかをして一日過ごしている。
少しは書類を書くのも手伝ってくれれば良いのになぁ………
「師匠、居ますか?」
「お、トールか。どうした?」
師匠はやはりダイニングにいた。
どうやら、文庫本を読んでいたようだ。
「師匠に今後の事でちょっと相談があるんですけど」
「なんじゃ?ワシに出来ることか?」
「いや、むしろ師匠しか出来ないのですが………」
「ほう」
師匠は文庫本に栞を挟んでテーブルの上に置くと、こちらに顔を向けた。
僕は師匠の対面に座ると、話を続けた。
「師匠に島を作って欲しいんですけど、可能ですか?」
そう、僕は遊園地の為に、海上に新しく島を作ろうと考えているのだ。
これならば、ある程度まわりから隔離できるはずだ。
その為に、師匠に大規模な土属性の魔法を使ってもらおうと思っての相談だ。
「し、洲をつくるだと!?」
あれ?
なんかちょっと反応がおかしいぞ?
「はい、僕だけでは多分ムリなんで、師匠の力も貸して頂こうかと」
「そ、そりゃ、オヌシだけでは、みゅ、無理なのはた、確か!………じゃが………」
なんで、顔を真っ赤にしてるんだ?
口調もなんかシドロモドロだし、どうしたんだ?
「わ、ワシじゃなくとも、リアなんかど、ど、どうなんじゃ?」
リア?
リアはあんまり土属性の魔法は得意じゃないんだよなぁ。
てか、島を造るような大規模魔法は出来ないだろう。
「リアはムリでしょう。やっぱり師匠じゃないと」
「………ひぐっ」
あ、しゃっくりした。
本当にどうしたんだろ、顔を真っ赤にしてアタフタしている師匠なんて………あれ?どっかで見たな。
「こ、今後の為に、わ、ワシと洲を………ちゅ、作るだと………」
あ、思い出した。
なんか、エロい事を言われた時の反応だ。
でも、何もエロい事なんて言って無いんだけどなぁ………
ふと、文庫本の背表紙が目に入る。
『日本書紀』って書いてあるぞ。
「あ、国産み神話か!」
「ひゃあぁぁぁぁ」
師匠はとうとう熟れすぎたトマトみたいな顔色をして、後にぶっ倒れた。
意識を取り戻した師匠にキチンと説明したところ、「オヌシの国の神話のせいじゃ!」と理不尽な怒りをぶつけられたのは言うまでもない。
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「まったく!なんてハレンチな神なんじゃ!まったく!」
師匠は『日本書紀』を読み終えてプリプリしている。
どうやら天鈿女命の所がお気に召さなかったようだ。
でも、これは師匠の照れ隠しだ。
じゃなかったら、低俗だと断じた本を最後まで読み終えたりしないことを僕は知っている。
うん、ブツブツ言いながらも、一所懸命にその背後に何が隠されているのか読み解こうとしていたよ。
「それで、どうなんですか?出来そうですか?」
「う、うむ。それは可能じゃが、そのう、本当にこの国では男女のアレコレでしか洲を造れないなんて事はないのじゃな?」
「多分、大丈夫ですよ。魔法を使わない埋め立て工事とかもありますし」
「ホントじゃな?絶対じゃな?」
「う~ん、僕が魔法を使えるようになったのはアルビオンに行ってからなんで、正直こっちに魔法とかあることすら知らなかったんです。なので、分からないです」
僕は正直に言った。
まさか、日本でも魔法を使う人が本当にいるなんて知らなかったよ。
しかも、異世界に行って帰って来た人が少なくない人数いるなんて想像すらしてなかった。
「ま、まぁ、いざとなれば、成さぬことみょもないぞ………」
流石は師匠だ。
自分の羞恥よりも、研究を取る姿勢は見習わないといけないな。
なんだか噛みまくってるけど。
「あ、そうだ。明日、現場を視察しに行くんですが、師匠も同行してもらっても良いですか?」
「なに?現場を、か………」
「えぇ、海だから美味しい物もあるかもしれませんよ?」
師匠の目が輝いた。
近頃の師匠は食べ物で釣れるって分かったんだ。
「うむ、現場を見ることは大事じゃな。うん、大事じゃ。良し、ついていこう」
「お願いします」
と、そこでもう一つ思い付いたことがあった。
「師匠、明日の視察は役所の人間も何人か来るみたいなので、服装をこっちの物にしてもらっても良いですか?」
「む?」
「ちょっとフォーマルな感じで」
「う~む、だが、ワシはこっちの服は持っておらんぞ?」
お、服装には頓着しない師匠にダメ元で言ってみたけど、悪くない返事だ。
よっぽど未知の料理に関心があるようだ。
「なら、今から買いに行きませんか?なんだったら、今日の昼御飯は出先で食べても良いですし」
今、僕の財布はあまり大っぴらに出来ないお金で多少潤っている。
師匠のスーツを買って、ランチを食べるくらいなら全然問題ない。
「昼御飯!?………いや、やはり場に応じた服装を心掛けるのは大事じゃな。うむ、悪いが見立てを頼むぞ」
師匠の目がキラキラし過ぎて直視できないくらいだ。
「はい、じゃあ行きましょうか」
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僕と師匠は今、地下鉄に乗って移動中です。
飛んで行っても良いんだけど、たまにはこちらの文化に触れるのも良いかと思って電車移動にしました。
なので、文字がまだ分からないリアとエギーユは留守番です。
行きたがっていたけど、面倒事を起こされるのは勘弁してもらいたいんです。
その内、小学生の漢字ドリルが全て終わったら連れていくと言い聞かせて来ました。
「ふむ、まだ電力に変換しないとエネルギーを活用出来ないのか。ちと遅れておるのう」
師匠は地下鉄を一目見るなり、解析を始めたようです。
アルビオンでは大気に満ちる力を魔力としてそのまま取り込み、操る技術が発達していました。
そこから見ると、地球の文明は1歩も二歩も遅れているとは感じられます。
「だが、懐かしい感じがするのう」
僕らが蒸気機関車に乗ってるような気分なんだろうか?
師匠はどこか嬉しそうだ。
あ、そうそう。
師匠ですが、今は母さんの服を着ています。
出掛ける直前に気付いたんだけど、リアル「服を買いに行く為に着ていく服がない」状態だったのです。
なので、母さんのワンピースとカーディガンを借りてきました。
いやぁ、同じ服なのに、着る人間によって随分と印象が違うものなんだなぁ。
まぁ、ハリウッド女優が日本のおばちゃんの服を着てるって言えば分かりやすいかな?
「ところで、あれは何をしてるのじゃ?」
「何ですか?」
乗り換えるとき、ホームで電車を待っていると師匠がスマートフォンを見ている人を示して聞いてきた。
多分、インターネットか何かをしているんだろう。
それを僕のスマートフォンを見せながら説明する。
「ほう、ではこの波長をあの板で変換して………」
僕のスマートフォンを手に取ると、師匠はブツブツと呟きだした。
しばらくして、師匠は自分の収納空間から魔法銀の板を取り出した。
大きさは丁度スマートフォンと同じくらいだ。
「【接続】」
師匠が自分の息に魔力を乗せて魔法銀の板に吐きかけた。
そうすると、板面にお馴染みのゴーグル先生が現れた。
「なるほど、これは便利じゃな。この世界のデータベースを直ぐに閲覧できるのか」
どうやったかは分からないけど、師匠はどうやら魔法銀の板で電波の送受信が出来る仕組みをこの一瞬で作り上げてしまったようだ。
本当に、この人の魔法は何でもありだな。
「なんと!この世界にはこうも多様な料理が存在するのか!?」
それから目的の駅に着くまで、師匠はずっと料理投稿サイトを見て過ごしていた。