遊園地作りの下準備をします 1
阿藤首相を「表敬訪問」してから二週間が過ぎていた。
その間、僕は防衛省、財務省、経済産業省等の関係各省庁と協議を重ねていた。
うん、最初はうるさかったけどね、金塊を見せて「これで円の価値を高めます」って言ったり、首相と同じように本人や家族に「守護者」をつけてあげたら涙を流して喜んでくれたよ。
お陰でその後の「お話し合い」がスムーズに出来ました。
何事も「誠意」が大切ですね、はい。
そんなわけで、僕らは今、色んな書類を書いてる。
いやぁ、色んな資格やら許可なんかがいるんだね。
そこら辺も省けないかお願いしたけどダメみたい。ガンとして譲らなかったよ。偉いもんだね。
「う~ん、めんどくさーい」
どっさりある書類に目を通すのが嫌になった僕は、ボールペンを投げ出してベッドに横になった。
こっちの文字が分かるのは、僕と師匠の二人だけだ。
エギーユとリアも勉強中だけど、漢字や平仮名といった文字の数が多過ぎてお手上げ状態みたいだ。
取り敢えず、今は二人ともリビングで小学生の漢字ドリルをやっている。
そして、たった数時間で日本語をマスターした師匠は、僕と一緒に事務仕事をしてくれ………なかった。
キッチンで母さんと一緒に料理してます。
昨日なんかは糠床をかき混ぜながら「こ、こんな事であんなに美味しい漬物が!?」なんて言ってたよ。
「トール、いるか?」
ガチャリと扉を開けて入ってきた師匠の手には、ティーセットの乗ったお盆があった。
匂いからして、ポットの中身は紅茶だろう。
「いますよ」
僕は机の上を片付けながら、師匠を招き入れた。
師匠は場所が空いた机の上に、お盆を置いた。
「クッキーを焼いてみた。一つ味見をしないか?」
ポットからカップに紅茶を注ぐ。
断られるとは思ってもいないんだろう。
まぁ、断る理由もないんだけどね。
「これを師匠が?」
「うむ。御母堂の指導のもとに作ってみた」
「へぇ、美味しそうですね」
見るからに何の変哲もないクッキーだ。
ただ、その完成度は高い。
口に入れるとほろほろと崩れ落ち、濃厚なバターの薫りと、砂糖の甘さが広がる。
「美味しい!」
師匠の淹れてくれた紅茶も素晴らしいの一言だ。
聞けば、普通に家で使っているティーバッグの紅茶らしいけど、今まで飲んだどの紅茶よりも旨いと感じるレベルだ。
「な、なんでこんなに旨いんだ?」
「それはな………」
師匠はいつの間にか学習した蘊蓄を語り始めた。
元々、何事もきっちり計る師匠には料理と相性が良いのかもしれない。
どの状態がベストなのかをキチンと計測しながら何度も試してここまでの完成度にしたんだと嬉しそうに話してくれた。
因みに、試行錯誤は千回以上に及んだらしい。
凄い情熱だね。
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「だりゃあぁぁぁ!!」
五メートル程の間を一気に詰める。
いくら速くても、こんな直線的な動きならこの蜥蜴人は難なく迎撃してくる。
顔面に落ちてくる曲刀。
しかし、それも僕の思惑通りだ。
曲刀の腹を左手で払いながら蜥蜴人のバランスを崩し、足払いをかける。
「ふんっ」
踏み蹴りで鎧ごと蜥蜴人の身体を砕いた。
断末魔の悲鳴をあげる暇もなく、蜥蜴人は絶命し、消え去った。
「ふうっ、ちょっと前までは丁度良い稽古相手だったのにな。大魔王を倒してからはやっぱり物足りない」
今、戦ったのはかつて大魔王の片腕を務めた【勇将】キース。
魔族の中では戦闘力という面で一枚落ちる蜥蜴人だが、その知略で元帥まで登り詰めた男だ。
勿論、尚武を旨とする魔族の中を知略のみで登り詰める事は出来ない。
その剣技も大魔王軍に並び立つ猛者はおらず、初めて戦った時は四人がかりでもかなりの苦戦を強いられた。
そんな強敵を師匠の魔法で【複製】したものだ。
寸分違わぬ強さで【複製】されたキースは、大魔王討伐前の稽古相手にぴったりだった。
しかし、今は文字通り朝飯前の運動になっている。
これもあのクソ女神の加護である【学習強化】のお陰だ。
こういった戦いの経験が、常人の倍以上の速度で身に付いていくのだ。
まさに「その技は以前に見た。もう俺には効かぬ」ってやつだ。
あ、言葉や文字、魔法を覚えるのにも何気に役立ったな。
「まさか、あのキース将軍を素手で倒せるようになるとはの」
師匠が【訓練空間】を解除してくれたので、僕は通常空間に戻ってこれた。
これは結界と亜空間作成の合わせ技で、いくら暴れても壊れない空間を作ってくれる、師匠の便利魔法の一つだ。
僕は日本に戻ってきてからも、こうやって訓練を欠かしてはいない。
また何が起こるか分からないし、ストレス発散にもなるしね。
そう、ストレス発散にもなるしね。
お偉いさんに会うのは肩が凝るもんなんだよ、うん。
「あのう、トールいます?」
扉が遠慮がちに開けられ、リアが顔を覗かせる。
手には三人分のティーセットがお盆に乗せられている。
「どうした、リア?」
「あ、良かったらお茶をご用意致しましたので、ご一緒に如何かと思いまして」
「あ、ありがとう。今、丁度トレーニングが終って小腹が空いたところだったんだ」
「うむ、ワシもちと喉が渇いたのう」
「良かった」
僕は収納空間から小さめの卓袱台を取り出した。
リアはそこにカップやお茶菓子を置いていく。
「私、お義母様から教えて貰いまして、クッキーを焼いてみたんですの」
「へえ」
「ほぉ」
なんか、引っ掛かる所があるけど、リアの作ったクッキーか。楽しみだな。
出されたクッキーは黒褐色をしていた。
うん、チョコ味なんだな。
「いただきます」
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
ガキン!
「お、おぉ?」
なんだ?
口の中から金属音がしたぞ?
あ、なんか師匠が口を押さえている。
「むぐぐぐ」
思いっきり噛んでも歯が食い込んでいくこともない。
これはなんだ?
汚いが、一旦取り出して見てみる。
「クッキー、だよな?」
「どうか致しましたか?」
「い、いや。なんでもないよ」
もう一度口の中に茶褐色のクッキーを放り込む。
「【筋力強化】【硬化】」
魔法で咬筋力を上げたうえ、歯の硬度も高める。
それで思いっきり噛むと、さしものクッキーも敢えなく砕け散った。
バリボリと音を立てて砕けるクッキーは、何故か苦辛い。
なんか、味的にも厳しいから、カップに注がれたお茶で流し込もう。
「ごがっ」
な・ん・だ・これは!?
この味はなんて表現したら良いんだ?
「どうですか?お義母様のご指導の通りに淹れてみたのですが………」
いや、流石にそれはないだろう。
いや、ないよな?
「これは、熱による炭化と圧縮でここまでの硬度を出したのか」
あ、師匠は食べるの止めて、なんか研究モードに入ったぞ。
「えぇ、焼くのに十五分もかかると仰ったので、魔法を使って十倍の温度で焼き上げてみました。お陰で一分位で済みましたわ。その時、何故か真っ黒く粉々になってしまったので、同じく魔法で圧縮して固めてみましたの。如何ですか?」
うん、それはもうクッキーじゃないよね。
聞いたら、砂糖と塩も間違えてたみたいだけど、そんなの気にならないよ。
紅茶は手順通りに作ったみたいだけど、なんであんな味がしたんだろう?
リア、恐ろしい子。
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「勉強は進んでるか?」
書類を見るのに嫌気がさした僕は、エギーユの様子を見にリビングへ顔を出した。
あ、リアは師匠から事情聴取を受けている。
なんでも、失敗のサンプルにしたいんだとかで、事細かく聞かれていた。
特に紅茶の淹れ方は熱心に温度や分量なんかを聞いていたな。
不思議を不思議で終わらせないのが師匠の凄いところだ。
それで、せっかくやって来たリビングには誰も居なかった。
やりかけの漢字ドリルが二つ置いてあるだけだ。
気配を探ると、どうやらキッチンにいるようだ。
「エギーユ、キッチンでなにしてんだ?」
「お、おぉ、トールか。いやな、リア達がこの前から色々とお前のおっかさんから聞いて何やらやってるからよ。俺も興味が湧いてきちまったんだよ」
「はぁ、お前もか」
「エギーユ君は男の子なのに割と手際が良いのよ」
母さんが楽しそうにハゲ頭をつるりと撫で上げた。
エギーユはゆでダコみたいに真っ赤になっている。
ダイニングテーブルで話していると、オーブンレンジから電子音が響いた。
「お、焼けたな」
エギーユがうきうきとしてオーブンレンジを開けて、中からクッキーを取り出した。
って、またクッキーかよ。
そういえば、母さんの得意なお菓子がこのクッキーだったな。
少し、子供の頃を思い出していたら、目の前にぬっと太い指に挟まれたクッキーが差し出された。
「食うか?」
「お、おぉ。ありがとう」
見ると、少し小さめなクッキーだ。
「いただきます」
一口大で食べやすいから、そのまま口の中に放り込む。
「お、これは!」
旨い!
サクサクなのに、それでいてしっとりしている。
ほのかな甘味も丁度良い。
これは師匠のものより断然旨い!
元々、手先が器用なエギーユだけど、料理の才能もあるのか!
そして、沸いてくるこのパワー!
え?
沸いてくるパワー?
「どうだ?折角だから刻印魔術で、肉体強化がかかるようにしておいたぞ。今、お前が食ったのが【魔力上昇】だな」
「え?」
何だって?
皿の上に並べられたクッキーを見てみると、確かに魔法円が描かれている。
これが口の中に入れたとき、食べた人間の魔力に反応して刻印魔術を発動するんだな。
「こうやってハンコを使って色んな模様を描いていくのよ。なんだか売り物みたいよねぇ」
母さん、こんなの日本で売り出したら大変な事になるよ?
スポーツやってる人なんか殺到するんじゃないかな?
でも、刻印魔術を除いても、売り物になるくらいは旨いな。
ポリポリと強化クッキーを食べながら、エギーユの隠れた才能に僕は驚いていた。