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就職に向けて動き出します 3

「戸籍ですか」


首相は難しそうな顔をして、膝の上で手を組んでいる。

僕の感覚ではそんなに無茶な要求をしたつもりはない。

だけど、やはり行政に携わる身としては迂闊に返答出来ないのかもしれないな。


「それは、これから日本国民として生活されるということで良いのですか?」

「はい」

「そうだな」


それまで無言を貫いてきたリアとエギーユが返事をした。

まぁ、彼等の事だ。僕が答えるわけにはいかないだろう。


「そちらのお嬢さんは?」

「ワシか?うーむ、そうじゃなぁ………うむ。宜しく頼む」

「そうですか」


一同の返事を聞くと、首相は目を瞑った。

何か考えを巡らしているんだろう、その表情は真剣そのものだ。


「戸籍を用意するのは可能です」

「本当ですか?」

「えぇ、ですが一つだけ条件があります」

「条件?」


なんだ?

必要書類の提出とかだとアウトだぞ?

いくら師匠でも世界を跨ぐような移動は無理だって話だしな。


「私は先程、あなたの様な帰還者が他にもいると話したのは覚えていますか?」

「えぇ、まぁ。確か三十人くらいでしたね?」


今さっきの話を忘れるほど頭は悪くないつもりだ。


「そうです。確認されていない者が他にも居るかもしれませんが、現在われわれが把握している限りでは二十八人います。加藤君、あなたを入れて二十九人になります」

「はぁ」

「その帰還者達は全員ではありませんが、あなたの様な戦力を保有しています」


なるほど。

異世界で魔王と相対したのは僕だけじゃないって事か?

武力で脅すのは無駄だと言いたいのか?


「だが、その者達も今、阿藤首相、あなたを助けには来れていない」

「その通り。どうやら、あなた方は他の帰還者達とは隔絶した戦力をお持ちのようだ」


帰還者は警護の中にもいて、既にここを取り囲んでいるのかもしれない。

師匠の結界を壊そうと魔法攻撃を繰り返している者にも何人かいそうだ。

しかし、それは師匠の結界を壊すにはほど遠いものだ。

つまり、今の時点で日本政府が動かせる帰還者は、僕らよりもこと攻撃力の面では及ばないということだろう。


「そんなあなた方にお願いしたい事があるのです」

「お願い、ですか?」

「ええ」


首相は言葉を一旦区切る。

僕達を見回してから続けた。


「あなた方に帰還者受け入れの事業を手伝って貰いたいのです。それが戸籍を用意させていただく条件です」


帰還者受け入れの事業?

なんか、面倒な予感しかしないぞ?



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「帰還者の受け入れ事業ですか。それはどういったものですか?」

「えぇ、先程も言いましたが、帰還者の大半はこの世界の住人と比べると圧倒的な身体能力を獲得して帰ってきます」


僕がそうだからね。

今ならオリンピックの記録を全て塗り替えて、金メダルを取れる自信があるよ。


「その方々があなたのように理性的に話し合いに応じてくれれば良いのですが、中には転移先の世界に染まってしまう方もいらっしゃるのです」


理性的な話し合いか。

チクチクと嫌味を言ってくれるな、この人は。

僕もこうやって総理大臣に直談判しようなんて、アルビオンに行かなければ思いもよらなかっただろうしな。

転移先の世界に染まるっていうのは理解出来るよ。


「大抵は我々で処理出来るのですが、その『処理』の仕方が問題でして………」


処理、ね。

あぁ、なかなか表沙汰になったらヤバい事をやっているんだな。


「それでまぁ、その手伝いをしていただけたらと思いまして」


僕達の首に鈴を着けたいのはよく分かった。

保護って言い回しがダメなら、組織に組み込むか。

まぁ、僕達の力がもう少し弱かったら、ここで力押しでの説得って選択肢も出てくるんだろうな。


うん、実家の方にも何人か既に配置されているようだしね。

警官かな?練度はそれなりに高いけど、手を出してこなくて正解だね。

もし、敵意をもって結界の張ってある敷地に入ったら、その瞬間に昏倒しているレベルだ。


「問題がある処理の仕方っていうのは、今、僕の実家に行ってる人たちみたいなのの事ですか?」

「うっ」


あ、完全に言葉に詰まった。

ちょっとこっちを甘く見すぎてたかな?


「な、なんの事かな?」

「惚けなくて大丈夫ですよ。弱点を狙うなんて当たり前の戦略ですもんねぇ」


にたり、と笑ってみた。

首相の顔が青を通り越して真っ白だ。

おかしいね、当たり前の事を言っただけなのにね。


「まぁ、お孫さんが可愛くて仕方ない阿藤首相は気が気じゃないんでしょうが」

「ま、待ってくれ!孫には手を出さないでくれ!」

「ウフフ、そんな酷いことはしないから安心してください。なぁ、みんな?」


僕が振り向くと、皆一斉に頷いた。

だからと言って、安心できるとは思ってないけどね。

あ、イイコトヲオモイツイタゾ!


「阿藤首相、もし不安なら僕から一つプレゼントを致しましょう」

「え!?」


返答を待たずに、僕は掌に魔力で魔法円を描く。


「【創造】守護者」


掌の魔法円が扉の様に開き、中から禍々しい黒い鎧を纏った戦士が出て来た。

勿論、サイズは掌に収まるほどだが、その威圧感は半端ない。


「お呼びでしょうか、御主人様」

「うん、今からこの子の警護を頼むよ。くれぐれも粗相のないようにな」


僕は、空中にとある子供の映像を浮かび上がらせた。

それを見た阿藤首相は「ひっ!」と変な声を出したが、単なるしゃっくりだろう。

ここは聞かないふりをするのがエチケットだろうな。


「は、承りました。この身命にかえましてもお守り致します」


一礼すると、僕お手製の守護者は映像を通り抜けて警護しに行った。


「ふふ、首相が僕の両親を警護してくれているようなので、そのお返しですよ」


なぜか真っ白い顔で口をパクパクさせている首相に、これ以上ないくらいの笑顔を見せてみた。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


何故か酸欠の魚みたいになっている首相に、もう一杯お茶を差し出した。

自分も飲みながら、首相の回復を待つ。


「さて、阿藤首相」


少し待って、顔色が多少戻ってきたところで呼び掛けた。

肩がビクンと跳ね上がったところを見ると、ひょっとしたら居眠りしていたのかもしれないね。


「な、なんですか?」

「先程の件、お受けしても良いですよ?」

「は?」


首相は心底訳が分からないといった顔をしている。

まぁ、僕は今、無職だからね。

実際問題として就職口を探さなきゃいけないわけですよ。

そして、僕だけじゃなく、仲間の分もね。

特にエギーユなんてこの世界では学歴、職歴無しでついでに髪もない三十半ばのおっさんだ。

バイトをするにしても難しいだろう。


「ただし」

「?」

「僕のやり方でやらせてもらいますよ?」


この時、僕にはそれほど大した思惑があった訳じゃない。

しかし、あるビジョンがあった。


「それはどんな?」

「異世界を体験した帰還者がいるんです。そこに馴染んだのならばそういった環境を用意しようと思いましてね」

「?」


僕の言ってる意味がよく分かってないようだ。

まぁ、僕も言いながら構想を練っている状態だから当たり前か。


「遊園地を作ろうと思います」

「テーマパーク?」

「そうです、遊園地です」


僕の頭の中に浮かんだのは『東海歩行者』に載っていた記事だ。

期間限定で行われているアトラクションに「剣と魔法の世界」を模したものがあったのだ。

そういう場所なら、ちょっと暴れたとしても単なるイベントで済むだろう。

もちろん、隔離できるようなそれなりに広い敷地が要るだろうけどね。

それにはまぁ、少しばかりあてがある。


そんなような事を首相に説明してみた。

うん、胡散臭そうな目で聞いているな。


「なるほど。隔離施設ですか。悪くないアイディアですね」


ん?

なんか不穏当な感じがしたけど………


「では、資金はどうしますか?」

「それなら、自分でなんとか出来ると思いますよ。これなんかどうですか?」


僕は収納空間から金のインゴットを取り出した。

それを次々にテーブルの上に置いていく。


「僕の行ったアルビオンは、通貨というものは無かったんですが、鉱物資源は豊富に有ったんです」

「ほ、ほう」

「これを売却し「止めてください」


一本十キロのインゴットを二十本くらい出したとき、首相に止められた。


「?」

「ひょっとしたら、資金の全てを金で賄う気ですか?」

「もちろん。僕は貯金も無いですからね。でも、金なら五十万トンくらいありますから、それでなんとか賄えると思いますよ」

「五十万!?」


そう、日本の保有している八百トン弱の千倍近くだ。


「それだけの金が市場に出回ったら、金の価格が暴落してしまいます!」

「だけど、それじゃあ………」

「融資。そう公庫からの融資でどうですか?」

「う~ん、それで足りますかね?」

「そこは任せてください」


うん、まぁあんまりごねるのもみっともないからね。

ここら辺で手を打ちますか。


「で、用地なんですけど………」


この後、事務方の人達と取り決めを交わして僕達は家に帰った。

明日からちょっと忙しくなりそうだ。

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