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1-2 業界では当たり前

 トイレから部屋に戻った二人の様子は、明暗がくっきりと別れる様に対照的だった。


「お兄ちゃん! これは転移だよ! 異世界転移したよ! チートで魔法でギルドでランクSSな例のアレだよ!」


 ムサシは顔を紅潮させて、小次郎の寝間着が伸びる程に引っ張りながら、小次郎には良く解らない言葉を連発した。


「落ち着けよムサシ、確かに大掛かりなドッキリの線は無くなったけど、異世界ってのは言い過ぎじゃないのか?」


 ゲンナリした様子の小次郎は、ムサシの興奮を他所に未だ自分の身に起きた事象を飲み込めない様子でいた。


「ムサシが最近ハマっている小説サイトでは、日常茶飯事の出来事なんだよ! 異世界転移物としては、オーソドックスなパターンだね、なろう主人公としてはハーレムを所望したいところだね! この業界ではアタリマエの事だよ」


「どこの業界だよ……」


 呆れた小次郎がムサシのほっぺたをつまみ上げ、ムサシの口を黙らせる。


「お兄ちゃん、一体どこの国に行けばお月様が二つ綺麗に並んでいるのが見れるのかな? 百歩譲ってここが外国だとしても、ムサシ達を連れて来る事によってどう言うメリットがあるのかな?」


 ムサシが二人で包まった毛布の中で、ツヤツヤとした顔で人差し指を立てて、ここ数年で一番のドヤ顔を決めて小次郎を黙らせる。


「ぬぐぐ……」


 ムサシのドヤ顔に反論出来ない小次郎が歯嚙みをすると、ムサシが声を潜めて突然真剣な面持ちになる。


「お兄ちゃん、ネガティヴな考えを持つのは悪い事じゃ無いけど、その場で足踏みを続けるのはあまりいい事じゃ無いとムサシは思うな、思うんだよ!」


 絶賛不登校真っ最中の妹に、やたらポジティブな正論を突き付けられた兄は、ギョッと目を剥いて驚いた後に溜め息を一つ吐いた。


「解ったよムサシ、乗っかるよ……後で恥をかいても此処まで大掛かりだと騙されても本望だ。差し当たってこれからの事だけどなムサシ」


 小次郎が現在置かれている状況を、ゲームの中での状況と認め、ムサシが願って止まないゲーム世界への転移だ。と同意した小次郎の次の判断にムサシは心をときめかせた。


「今夜はもう寝るぞ! 寝不足の頭でこの世界は渡って行けないし、何しろ」


「何しろ?」


「起きたら全て夢だったで片付くかも知れない」


 ムサシにも小次郎の溜め息癖がついたようで、小次郎と一緒に包まった毛布の中で一つ溜め息を吐いて、小次郎のお腹の辺りでくるりと丸くなり、大人しく眠りに着いた。


 二人が寝静まった部屋の中、動く者の居ない筈の部屋の隅で、光量の低い蝋燭が作り出した薄い影が、音も無くするりと動いて闇に溶けた。



******************************************************************



 深い眠りの中、入り口に取り付けられている何世代も昔に使っていた様な鍵を、ガシャガシャと開ける派手な音で小次郎は飛び起きる。


 毛布を跳ね除けると中には、ムサシが未だに寝息を立て丸くなっているのが見て取れた。


「夢じゃなかったか……」


 壁に据え付けられた燭台の蝋燭は、昨日寝る前に見た長さと然程変わらずに、辺りを照らし出している。


「召喚者様、朝のお召し替えにございます」


 扉が開くと外には兵士らしき男性が二人と、女官らしき女性が三人綺麗にお辞儀をしていた。


「ご苦労様です。 えと……今は朝ですか?」


 地下の特別室とは言われたが、小次郎のゲーム知識の中ではここは地下牢である。窓も無ければ入り口には鍵がかかり、おまけに看守がオプションで付いて来る特別室だ。小次郎のピント外れな質問を誰も責められないだろう。


「召喚者様、召喚者様は我が国の希望でございます。故に我が国の希望を害するのを良しとする勢力も存在致します。ですので御不便をお掛け致しましょうが、何卒御容赦下さいませ……」


 心痛な面持ちで女官が頭を下げる。


「あ、いえ責めている訳ではなくて、ここに居ると時間を知る手立てが無くて聞いただけなので、そんなにかしこまらないで下さい」


 妙齢の女性に頭を下げられて、女性に免疫の無い小次郎が慌ててその場を取り繕う。


「お兄ちゃん、美人のお姉さんをいじめちゃダメなんだよ」


 いつの間にか起きて来たムサシが横槍を入れて来る。


「ム、ムサシ! 俺は虐めてなんか……」


「わあ! これがこちらのお洋服だね! ムサシに似合うキュートなお洋服はあるかな?」


 小次郎の言い訳をまるっとスルーして、ムサシが女官の下に走り寄ると、悲壮感が漂っていた女官達にホンワカとした笑みが浮かんだ。


 小次郎も寝間着姿でうろつくのは御免被りたいので、ムサシの後について洋服を選ぶ為に女官の下に歩み寄った。


「お兄ちゃんその服はダメなんだよ、フォーマルな出で立ちだけどこれからムサシ達が何をするか解って無いうちは、動き易くて丈夫な洋服をムサシは薦めちゃうな」


 小次郎が手に取った軍服仕立ての厨二心をくすぐる洋服は、幼い妹のオシャレチェックに引っかかり敢え無く女官の手に戻った。


「もう、何でも良いです……」


 小次郎がカクリと肩を落としながら呟くと、女官がクスリと笑いながらムサシの言う動き易くて丈夫な洋服を見繕ってくれた。


 下着類は纏めて数日分を籠に入れて、洋服は木綿生地の丈夫で通気性の良さそうな物を見繕ってもらう。色合いは地味なアースカラーで纏められていたのが小次郎は気に入っていた。ウエスト調整は全て紐で調整する物だったが、支給されたブーツは魔物の革を使った物で、足を入れた途端ピッタリと足に吸いつく様にサイズが自動調整されたので、小次郎は驚いて短い悲鳴を上げた。


 ムサシは女官二人がかりで、あーでも無いこーでも無いと、たっぷりと時間をかけて服を選んでいたが、ゲーム内のイベントでチラリと出て来た王立魔法学園の小等部の制服をアレンジした様な、赤いチェックのスカートと白いブラウスっぽい洋服に落ち着いた様だ。


 二人はやり切った感の漂う女官達のホッコリした笑顔に見送られ、少し遅めの朝食の為に地下特別室から地上に向かう事となった。

ストックがそろそろ無くなるんだよ!

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