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蜘蛛の姫

姫様追加になります。

 若干ショックの抜け切らないムサシと小次郎が、覚束ない足取りで地下の神殿に向かって階段を降りていくと、篝火や松明とは明らかに違う魔法照明特有の、揺らぎの無い明かりがマザーツリーの根らしき物が這い回る天井から辺りを照らしている。


 狭い階段とは打って変わり、児童公園程の広さの開けた場所に辿り着き、姫巫女は足を止めた。


「おうい、蜘蛛姫はおるかや?」


 人工物と見られる沢山の衝立の陰からガサリと音を立てて、蜘蛛と言うよりは黒くて巨大な蟹の足が姿を見せる。


 小次郎がモンスターの類と見て、いち早くムサシの前に身体を割り込ませる。


「ああ、心配は要らぬぞ、森の眷属故妾の敵で無い限りは襲っては来ん、のう? 蜘蛛姫」


 緊張の解けない小次郎を見てクスリと笑う姫巫女が、衝立の向こう側に声をかける。


「誰ぇ? ミコちゃん? 誰を連れて来たのぉ?」


 衝立の陰からこそりと覗く姿は高校生位の年代だが、足下から覗いているのは凶悪そうなモンスターの足である。


「蜘蛛姫よ怯えなくても大丈夫じゃ、マザーツリーの恩人じゃからの、お主からも礼を言うがよかろ」


 衝立の陰からカニ歩きの様にちょこちょこと出て来た蜘蛛姫と呼ばれる少女は、上半身は人の姿、下半身は蜘蛛の姿を持つ半妖であった。


「あ、あの叩いたりしないでね? 私の脚って痛そうに見えるから……始めて見た人はみんな武器を構えるの、だから……私何もしないから……」


 蜘蛛姫はもじもじと上半身の人の指を絡め、ギョリギョリと下半身の脚を絡めながら、俯きながら全身をさらけ出した。


 こんなに怯える女の子相手に戦闘態勢を取ろうとした小次郎は、バツが悪そうに頭を掻いた。


「ごめんなさい蜘蛛姫さん」


 小次郎が手を合わせ頭を下げると、蜘蛛姫がふわりと笑った。


「珍しいのぅ、人見知りの激しい蜘蛛姫が笑うとは……」


 ちろりと横目で見る姫巫女に「ぽん!」と音が出る勢いで赤面する蜘蛛姫。


「だ、だって、仕草があの人そっくりで……召喚されて来たんでしょ? 懐かしいわあの人もケンカした後は手を合わせて謝って来たもの」


 少し寂しそうに微笑む蜘蛛姫は、場の雰囲気が少し沈んだ事に気付き、慌てて話題を変える。


「あ、それで今日はどうしたの? 可愛らしい女の子がいるからお洋服かしら?」


 可愛らしいと言われムサシがてれてれと照れながら蜘蛛姫ににじり寄り、「でへへ」とだらしなく笑った。


「蜘蛛姫ちゃんのお洋服もすっごい素敵なんだよ!」


 キラキラと目を輝かせムサシが蜘蛛姫に見惚れる。


「うふふ、ありがとうお嬢ちゃん、このお洋服は私達アラクネの糸を紡いで作ったのよ、私これしか取り柄が無いから」


「ははっ、大陸一の服飾職人が言うと何ともおかしなもんじゃの」


 姫巫女の言う事には蜘蛛姫はアラクネ一族の長であり、見た目に反して戦闘力の低い彼女らは、各国の王族や商人に森の中から乱獲されて、過酷な条件下で死ぬまで働かされ絶滅寸前であった所を数百年前に偶然召喚者に助けられ、以来エルフの里でひっそりと生き延びて来たらしい。ムサシ達が日本でやっていたゲーム内でも、アラクネはモンスター扱いでは無く生産系NPCとして登場していた。


「あの、僕達は神殿の奥にある……」


「ぱそこんかしら?」


 小次郎の言葉にかぶせる様に蜘蛛姫が言い当てる。


「多分あなた達の望む状態では無いと思うけど、がっかりしないでね……」


 蜘蛛姫が気まずそうに奥の衝立を指差し、小次郎がその衝立の裏側に回って見ると、パソコンの筐体が力任せに殴られひしゃげた状態で転がっていた。


「このぱそこんは、人を不幸にするって彼が壊してしまったの……彼も故郷に帰りたがっていたわ、これ以上同じ苦しみを背負う人を作らせないって壊してしまったの、大陸に散らばっているぱそこんを全部壊す! ってここを出て行ってまだ帰って来ないのよ、もう百年以上も経つのにね」


 蜘蛛姫が力無く「たはは」と笑う。


「君はぱそこんを使って何をしたかったの?」


 パソコンの残骸の前で呆然とする小次郎に蜘蛛姫は優しく問いかける。


「仲間を呼びたかった?」


 小次郎は首を振る。


「力を取り戻すあいてむを取り出したかった?」


 小次郎は首を振る。


「僕は……人を殺したくありません……妹にも人殺しをさせたくありません。人を、人を殺さなくても生きて行ける世界に戻りたかったから……」


 小次郎は上手くいけば、閉鎖的なエルフの里であれば、サーバーが完品の状態で手に入り、兄妹揃って日本に帰る事が出来るのではないかと期待を寄せていた。


 エルフの里で聞かされた百年以上前の召喚者の話と、サーバーの惨状を見て小次郎の心は、目の前の筐体の様にひしゃげて折れた。


 幼い妹を不安にさせない様に自分の心に嘘を吐き、出来るだけポジティブに、出来るだけ呑気に、出来るだけ明るく、自分を鼓舞して来たが自分でも驚く位あっさりと心が折れて、大粒の涙がとめど無く流れ出し止める事が出来なくなった。


「あれ? あ、あれ? おかしいな……あれ?」


 小次郎はボロボロとあふれてくる涙を必死で拭い、この涙は自分の物では無いと必死で自分に言い聞かせていた。


「お兄ちゃん……」


 ムサシもこの世界に来て面倒な日本の出来事を忘れ、憧れていた小説の世界に浸って小次郎の気持ちを蔑ろにしていた事に罪悪感を感じて、夢の世界から目が覚めつつあった。

 この二人にとっては何時かは見つめなければいけない世界であり、常に見ていなければいけない世界でもある。


 静まり返った地下神殿の中で頭上からマザーツリーの声が響いた。


『ヒメミコ スッパイモノガ ホシイ』


「台無しじゃ! 母上!」


 張り詰めていた緊張感がふにゃりと緩み、小次郎も涙で腫れた目を擦りながら笑い出す。


「ふふ……余計な気を使わせてしまってごめんなさい、今迄だって何とかして来たんです……きっとなんとかしてみせますよ、妹だって守って見せます」


「にひひ……そこまで言うなら守ってもらいますかにゃあ?」


 ムサシが小次郎に甘えるように抱きついた。


「あのね……ごめんなさい!」


 突然蜘蛛姫が手を合わせて謝りだす。


「彼の言いつけで、家に帰りたがっていて、私がこれをあげても良いって思った人に譲ってやってくれって言われてるの……彼が唯一遺した物よ、試すような事をしてごめんなさい!」


 蜘蛛姫が取り出したのは地味な色使いのウエストポーチだった。


「え……いらない、なんかかっこ悪いし」


 ムサシがいきなり難色を示した。


イクタラ編佳境なのに新キャラです。

さらりと流したかったけど、思ったよりかわいいので困りました。


アラクネかわいいよね……

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