母なる木の条件
「して小僧よ、いや、里の恩人に対して小僧はよろしくないの、小次郎じゃったか、そのぴーてーえすでーと言うのはどの様なものなのじゃ?」
エルフの姫巫女が治療を終えて座り込んでいる小次郎に疑問を差し向ける。
「病気と言うか、心の病みたいなものですね、時間はかかるけどゆっくりと治して行く病です。心的外傷後ストレス障害って言うのが正しいらしいんですが、僕も良くわかってないです」
「まあ、時が全てを忘れさせてくれるというやつかの? 幸い我らには時間が沢山あるからの、まあ大丈夫じゃろ」
爽やかに笑った姫巫女の背後には、身体中のヤドリギを毟られて何度も回復魔法かけられ、身体中をくまなく洗浄されたマザーツリーが、小刻みに震えながらブツブツと小声で呟いている。
『ヤバンジン コワイ ヤバンジン コワイ ヤバンジン コワイ ヤバンジン コワイ ヤバンジン コワイ ヤバンジン コワイ』
マザーツリーが一晩中叫び声をあげて、里のエルフ達にも恐怖を植えこんでしまったので、里のエルフ達も小次郎達を遠巻きに見つめている。
「あー、里の者達よ! 喜べ、外から参られたこの二人がマザーツリーの病を治してくれたぞ! これで待望の赤子が産まれるぞ!」
集まったエルフ達の間にざわざわとざわめきが走り、ざわめきが歓声へと変わった。
「希望者は随時受け付けておるから、後ほど担当の者に予約を入れよ、ここに居るムサシ殿と小次郎殿は里の恩人なのでくれぐれも失礼の無いようにな、妾からは以上じゃ! 今日は宴じゃ!」
宴の開始と共にムサシはエルフの服飾担当に拉致され、身体中のサイズを測られて、魔法武器のデザインなどの打ち合わせが始まった。服飾の職人達も久しぶりの子供服と言う事で余計に気合が入っているらしく、さすがのムサシも些かゲンナリしている。
「まあ、これから子供服の需要が増えることだし、いい練習になるじゃろ、ほっておくが良い、それよりもじゃ、魔法武器はムサシ殿の玩具にするには惜しいのでな、いざと言う時にはお主が扱えるように魔力の登録をしておきたいのじゃ」
「それはかまいませんが、僕からのお願いも忘れないで下さいね」
「エルフの地下神殿かや? 丁度良いの、地下神殿入り口はマザーツリーの下じゃし魔力登録のついでに覗いてみようかの」
宴のさなかに散歩でも行くかのように、姫巫女が小次郎の手を引いてスタスタとマザーツリーの下に歩き出す。
「魔法武器の材料はマザーツリーの枯木なのじゃ、なかなか手に入らん希少価値のある素材じゃぞ」
姫巫女は自慢気に胸を張り、急かすように小次郎の手を引く。
「さあさあ、こっちじゃ、このままマザーツリーの幹に手を置いてくれれば魔力登録の完了じゃ、さあ早う! 早う!」
不自然に急かす姫巫女の様子に、小次郎はたじろぎながらもそっと幹に手を置いた。
『ぴんぽ~ん』
マザーツリーから気の抜けた様な音がする。
『デカシタ ヒメミコ』
「え? 一体何をしたんですか? 魔力登録ですよね?」
何か不穏な空気を察した小次郎が姫巫女に再度確認を取った。
「う、うむ、魔力登録じゃ、普通の魔力登録じゃ」
姫巫女の視線が百メートルバタフライ決勝戦も顔負けの泳ぎを見せる。
「お兄ちゃん! 人気の無いこんな場所で女と二人きりなんて、怪しいんだよ! しかもて……手なんか繋いじゃってどういう事かな? どういう事なのかな?」
「ちっ……」
服飾職人を振りきって全力疾走をしてきたムサシが、小次郎と姫巫女の繋いだ手を見て怒り心頭の表情でジタンダを踏み、姫巫女が気まずそうに舌打ちをした。
「今、チッ! って言ったんだよ! チッ! って、その手を離すんだよ!」
顔を真っ赤に染め上げたムサシが、無理矢理繋いだ手を解こうと掴みかかった。
「あ、阿呆、落ち着かんか、あ……」
ムサシが無理矢理振り解いた姫巫女の手を掴みあげたまま、バランスを崩してマザーツリーの幹に手をついた。
『ぴんぽ~ん』
「え?」
『コレハ メズラシイ フタゴ ナリ」
「え?」
静まり返ったマザーツリーの根本で、石像の様に固まったムサシと小次郎に姫巫女が渋々と語った内容はこうだった。
エルフの子供を産むのはマザーツリーだけであり、その妊娠方法とは、エルフ同士が手を繋いだ状態で魔力を流す事により、双方の魔力特性を引き継いだエルフの子供がマザーツリーに宿されるのが一般的な妊娠である。
よってエルフ同士の男同士や女同士の子供が産まれるのはよく見受けられる。
しかし人間の生殖でも言われる「血が濃くなりすぎる」のを防ぐために、エルフ以外の魔力特性を定期的に引き入れる必要があった。そこでエルフ以外の者と魔力の波長を合わせる事が出来る特殊な存在「ハイエルフ」と呼ばれる姫巫女が、多種族との橋渡しの役目をして、「祝福の子」を育てるのがエルフの里の習わしであった。
頑なにヤドリギの駆除で、苦痛を嫌がるマザーツリーを説き伏せるのに、マザーツリーが出して来た条件が、「久しぶりに産む子供は祝福の子が良い」と言う条件であったので小次郎に内緒でこっそりと子を宿す筈が、ムサシの乱入でとても珍しい双子が出来たしまったので、とても御目出度い事だと辿々しく姫巫女が語っていたが、当人達は真っ白に燃え尽きた灰の様になっていた。
「子持ち……子持ちですか、僕が……男としての責任が……養育費が……」
「ま……ママは小学四年生……」
ショックを受ける二人を尻目に亀吉が興味深そうにマザーツリーの幹をぺたぺたと触っていた。
「はっはっは、青目、否、亀吉よ流石にお主との子を作る気は無いぞ」
姫巫女の言葉に「当たり前だ!」と言わんばかりに亀吉が幹を引っ掻いた。
『ヒイイイ ツメトギ ゲンキン!』
姫巫女は脱力する二人に努めて明るい声で話しかける。
「まあまあ、気に病むでない、今から気にしても産まれて来るのは三十年後じゃ、その頃にはお主達にも子供が出来ておろうて、その時に考えれば良い、な? ほれそれよりも地下神殿に用があるのじゃろ? さあこっちじゃ、こっち」
姫巫女が話を逸らすように未だ呆然としているムサシ達を引き連れ、マザーツリーの根本にある神殿の入口に二人を案内した。