マンドラゴラの夜
「嫌」
『嫌』
鋼よりも強い根を持ち、宿主に施した回復魔法を吸い取ってしまう厄介な寄生植物ヤドリギ、火に焚べてしまえば普通の植物と変わらずに燃え尽きてしまう性質を頼りに、内部だけを残さず燃やす方法として分子を振動させる方法の検討や、ヤドリギのDNAを解析した除草剤の現実性などの提案を、根底から覆すコペルニクス的転回をシンクロニシティさながらに、その場に居合わせた者達は全員同時に思い付いたが、早くも暗礁に乗り上げている状態であった。
「嫌」
『嫌』
この作業に絶対に不可欠な当事者二人が拒否しているのだ。
「ムサシはか弱い乙女なんだよ! 力仕事なんて無理なんだよ!」
「イタイノハ イヤ」
ムサシは怪力を披露するのを極端に嫌がり、マザーツリーはヤドリギを引き抜かれたのが余程痛かったのか、頑なに拒否を繰り返すばかりであった。
「ムサシ、みんな薄々気付いている事を拒否しても余計に目立つだけだよ?」
腫れ物に触るかの様に宥めすかす小次郎を尻目に、ムサシは横たわった亀吉の腕の中に閉じこもり、顔も出さない。
マザーツリーも姫巫女の説得に応じずに幹を横に振るばかりであった。
「そ、そうだムサシ! お兄ちゃんが身体強化魔法、いや、ムサシお得意の身体強化魔法を使ったらどうかな? それとほら、そうだ! エルフの里でしか作れない魔法武器なんかお願いしてみたらどうだろう? 魔法使い度がアップすると思うなあ、お兄ちゃんは」
「おお、それは良い! 魔法使いには我が里の魔法武器が人気ですからな! 里の職人一丸となって最高の物を作らせてもらいますぞ!」
エルフの研究者達も必死で調子を合わせて来る。
「世界で一つの! ムサシ様だけの魔法武器!」
顔色は判らないが亀吉の毛皮を握る手がピクリと動く。
「オーダーメイドの一品物ですな、王族でも持っている者はおりますまい」
にゅっと亀吉の腕の中からムサシが顔を出した。
「ほ、本当にオーダーメイド?」
横目でジロリと睨むムサシ。
「色形全てムサシ様のご希望通りに」
心の葛藤と戦いながらうんうんと唸るムサシは、いつもの考え事をする時の「何かを毟る」癖が出始める。
地球に居た時にはカーペットやタオル、ティッシュやノートであるが、こちらの世界に来てからはもっぱら亀吉の毛で代用していた。
亀吉が黙って抗議の視線を送るが小次郎は視線を逸らす。
「むぅ……お味噌とお醤油……それとお洋服」
味噌と醤油は言わずもがな、エルフの紡績技術はゲームでは御馴染みの物だった。ゲーム内最強の鎧を作成出来るのは、エルフの里に常駐しているアラクネの仕事である事を小次郎は思い出した。
「も、勿論! 全て用意いたします。その代わり是非ムサシ様の大魔法を見せて頂きたいのですが」
エルフ達もムサシの扱いがこなれてきた頃に、ようやくムサシも重い腰を上げる。
小次郎は亀吉の背中に出来上がった拳大の不毛地帯にヒールを掛けながら、内心では味噌と醤油の確保で小躍りして、ムサシの頭をいつもより余計に撫で回していた。
問題の半分が解決したところで小次郎がマザーツリーに視線を向けると、姫巫女が何やら小声でマザーツリーと話し込んでいるのが見える。
「あのー……こちらはムサシの了解が取れましたけど」
小次郎の声に焦って振り向いた姫巫女が目を逸らしながら頷いた。
「お、おう、そうかや、こっちも大丈夫じゃ、の、のう母上?」
『ガマンスル』
ほっと胸を撫で下ろし、小次郎が心配顔のエルフ達にこちらも大丈夫と手を振って応えていると、小声でボソボソと話している声が聞こえて来た。
「なので母上……妾に任せておくが良い……」
不穏な空気を察知した小次郎が振り返ると、姫巫女がソッポを向きながら口笛を吹きだした。
「何か隠してません?」
「何の話かの?」
惚けているのが見え見えなので、小次郎は油断をしない様に密かに心を引き締めた。
「それじゃあ皆さん、気が変わらないうちに早急に準備を始めましょう! 早急に!」
ぱんぱんと手をたたきエルフ達の準備を促して、次々と篝火が焚かれてヤドリギを燃やす準備が整い、空中を素早く動きまわる為に、風魔法の得意なイケメンエルフがムサシをお姫様抱っこする。
全ての準備が整い、ムサシが一際大きなヤドリギをむんずと掴み、力任せに引き抜いた瞬間からマザーツリーは、悲鳴を一晩中上げ続ける事になった。
後の世に語られる「マンドラゴラの夜」の始まりだった。