エルフの子供
小次郎が亀吉の背中に乗り、エルフの里に向かっていると小次郎の背中にストンと荷重がかかり、シュルリと白く細い腕が小次郎の首に回された。
「で? 話は聞けたかや?」
姫巫女が小次郎の耳元で吐息混じりの囁き声を投げ掛けるが、背中に押し付けられた起伏の乏しい身体に、小次郎の意識はするりと現実に引き戻される。
「同郷の人だったんですけど、味方にはなってくれませんでした。しっかりと敵認定されました」
「みたいじゃの」
姫巫女はどうやら小次郎達の後をつけていて、一部始終を聞いていたらしい。
「どこかで感じた雰囲気じゃと思うておったが、召喚者だったとはのう……あの馬鹿げた魔法も納得じゃ」
姫巫女の言葉にポーカーフェイスを務めていた小次郎が、背中の姫巫女に心中を隠しきれない視線を送る。
相手の情報を開示させて、こちらの情報を隠蔽するやり取りをして、自分に都合の良い状況に事態を持って行く事を小説やドラマなどで学んでいた小次郎だが、やはりまだまだ高校生であり空想上の情報戦である。
見た目はまだ幼い小次郎程度であれば、素直に事情を説明した方が物事が順調に進む事もあるという事を、とくとくと姫巫女に説教を受けながらエルフの里に帰り着き、美男美女のエルフ達にデロデロに甘やかされて、ハーレム状態のムサシの前に辿り着いた頃には小次郎はすっかり憔悴しきっていた。
「ふむ……お主らは、ぱそこんに用事があってエルフの里にまで足を伸ばしたのだな?」
姫巫女が小次郎達の隠していた理由をズバリと切り込んで来た。
「はい……姑息な真似をしてすいませんでした」
道中すっかり精神的袋叩きになった小次郎は素直に謝罪した。
姫巫女の話では、数百年前に召喚された人間と面識があり、地下神殿内に鎮座するサーバーを「ぱそこん」と呼び、暫くエルフの里の地下神殿に滞在していたらしい。
姫巫女は里の中でも特殊なエルフであり、当時の記憶を持つ唯一の証言者だった。
「我は里で一人しか居らぬハイエルフじゃからのう、姫巫女の名は伊達では無いのじゃ」
小次郎がおずおずと地下神殿へ入り込みたい事を姫巫女に相談すると、姫巫女はニヤリと笑い条件を突き付けて来た。
「実は召喚者のデタラメな力を使って頼みたい事があるのじゃ」
姫巫女と小次郎を囲むエルフ達にどよめきが起きる。
「姫巫女様……もしや……」
「いや……それは我ら一族の存続に関わる問題であり、部外者には……」
「元老院の意見もありますし……」
オロオロと姫巫女を制止するエルフ達。
「黙らっしゃい! エルフの里に子が産まれなくなってもう六十年、このままだとエルフは滅びに向かうしか無うなるぞ、元老院が何をした? 他人の考えに横槍を入れて悦に入る事を至上の喜びに感じている連中ぞ? 芝刈りの役にも立ちゃあせん!」
反論する事も同意する事も出来ないエルフ達は、沈黙するしか無いらしく視線を逸らして黙り込む。
「そう言えば、子供を見るのは数十年ぶりだって言ってた人がいたんだよ?」
ムサシが美人エルフの膝に座りながら手を挙げた。
ムサシが現在ハーレムの主に居座る事が出来ているのは、エルフの里でレアな存在の子供だからである。
「うむ……今エルフは危機的状態にあるのじゃ、我らエルフは寿命の長い種族であるが、出生率が下がるどころかここ数十年一人のエルフも産まれておらぬのだ。その原因は解っておるのだが、いくら試してみても原因が取り除けぬのでな、召喚者の知恵に縋ろうと思っておるのじゃ、どうじゃ? やってみんか?」
姫巫女が挑発するように、嘲笑混じりの鼻息を漏らしながらムサシを睨めつけた。
カチンと音がする位に挑発に乗ったムサシが立ち上がり、わなわなと震えながら歩き出す。
「知恵の足りない姫巫女の為に、召喚者たる魔法少女ムサシがなんとかしてあげるんだよ! さああ案内をしてもらうんだよ!」
まんまと挑発に乗ったムサシを先頭に一行は歩き出す。
「先頭に立つのは良いが、場所は解っておるのかや?」
「案内する人が遅いのが悪いんだよ!」
この世界に来て人見知りが緩和して、人当たりの良くなって来たムサシが何故姫巫女に限ってこうも当たりが強いのか、小次郎は不思議に思いながらも黙って後を歩いている。
「ところでのう、お主ら、エルフの子供はどうやって生まれて来るのかは知っておるかの?」
不意打ちの様に姫巫女が小次郎に投げかけた言葉は、思春期の小次郎の顔面を朱に染めるには充分すぎる位直接的な言葉だった。
「赤面すると言う事は解っておらぬようだの」
「め、雌しべと雄しべがその、いや知ってはいるんですが、あの知識としてですがその、ここは幼い妹もいますのでほら」
しどろもどろになる小次郎の反応を見ながら含み笑いをする姫巫女が、小次郎の腕を抱き寄せてシナを作りながら甘い声を出す。
「お主にな、手伝って欲しいのじゃ……子作りをな……」
「えええええ!」
「不潔! 不潔なんだよ!」
「さああ! 急ぐぞお主ら!」
やいのやいのと賑やかな一行が長閑な森の中を進み、それぞれの思惑を乗せて里の中心の木、マザーツリーへと向かって行く。