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里の奥地

「この辺はテントじゃなくて木のお家なんだね?」


 里の中央に向かい歩いて行くと外周付近のテントと違い、木で作られた集落が見えて来る。


「歳経たエルフは戦いに出ないからな、マザーツリーの側に寄り添って穏やかに暮らして欲しいのだ」


 嫌そうな顔をした亀吉の尻尾を握ったムサシが、エルフの男性と会話をしながら集落の中央に辿り着くと、不機嫌そうに不貞寝した亀吉を椅子代わりにしてちょこんと座った。


「それでは今から患者を連れて来るので、ここで待っていてくれるか?」


 エルフ達は言うが早いか一斉に散って行った。


 小次郎は手持ち無沙汰に亀吉に話しかける。


「亀吉さん俺も座って良いかな?」


 言葉が喋れる筈の亀吉が小次郎を振り返りもせずに「ぷしゅん」と鼻息を返したのを許可されたと見做して小次郎はムサシの隣に腰掛ける。


 緑の濃い森と沢山の鳥の鳴き声、里を柔らかに駆ける風の音にすっかり和んだ小次郎が欠伸を一つした時に、優しそうな女性の声に眠りかけた小次郎の意識が引き戻された。


「あらあら、可愛らしいお医者様ね」


 全く気付かない内にすぐ目の前に立っていた女性は、長い髪を片目に垂らし、まるで神官の様なあまり実用的では無さそうな服を綺麗に着こなしている。見た目は二十代だが恐らくは歳経たエルフなのだろう、その証拠に昨日出会ったエルフ達と違い、そのエルフは髪の毛と眉毛が真っ白に色が抜け落ちてた。


「ふわぁ……綺麗ぇ……」


 ムサシが溜息交じりに感想を漏らす。


「ん? 何がだい?」


 ポカンと口を開けているムサシに、目線を合わせる様にしゃがみ込んだ老エルフは首を傾げる。


「髪の毛の色がまるで銀色なんだよ! キラキラ光ってまるで妖精みたいなんだよ!」


 うっとりと見惚れるムサシに、老エルフはギョッと目を剥いた後に笑い出す。


「あっはっはは! そうかい? ありがとうね可愛らしいお医者様、綺麗かも知れないけどこの髪の色は森の中じゃあ目立ち過ぎちゃってねぇ、獲物も獲れやしないんだ。でもありがとうねお嬢ちゃん」


 老エルフは美しい容貌をくしゃりと歪めながら微笑んだ。


「あ! そだ! お仕事! お仕事! 本日はどこが痛みますか?」


 突然医者口調になったムサシは診療を始めた。


「ふふふ、そうさね、それじゃあ昔の傷跡を綺麗にしてもらおうかね」


 白く細い指先で片目にかかった白い髪をゆっくりと搔き上げると、美しい顔立ちには似合わない太く深い爪痕が二本縦に刻まれており、少し寂しそうに微笑むと直ぐに髪の毛で隠し直した。


「ふふ……ごめんよ、怖かったかい? 昔わたしが若かった頃にイタズラ猫ちゃんに引っ掻かれた跡なんだよ」


 亀吉の耳がピクピクと動く。


「だじょぶ! ムサシに任せておいて!」


 ムサシは老エルフの顔に手をかざし、眉間に皺を寄せながら念じる様に適当な呪文を唱えた。


「ぱ、ぱんぷる~ぴんぷる~びおらんて~」


 ムサシの呪文に合わせて小次郎が最近練習していた無詠唱魔法を発動させると、老エルフの身体が薄っすらと緑色の光に包まれる。


「ほほう……小僧、面白い事をやっておるな?」


 目の前の老エルフに集中していた為に全く気付かない内に、小次郎の隣にしゃがみ込んで左手を覗き込んでいる白髪の男性エルフが居た。


「あ……こ、こんにちわ……」


 イタズラがバレた子供の様に後頭部をポリポリと掻きながら小次郎が挨拶をする。


「魔力と覚えておる魔法はべらぼうじゃが、振り回されておるの……魔法はイメージじゃ、それに頼り過ぎぬ様にな」


 外国のファッション雑誌から抜け出て来た様な、白髪のイケメンエルフ〈爺〉は自らのこめかみを人差し指でトントンと叩き、ニヤリと笑った。


 実際小次郎の無詠唱魔法は不完全であり、ゲーム時代に培った経験から魔法を起動させるきっかけとして、目に見えないキーボードを想像してファンクションキーを押す事で無詠唱魔法としていたので、弊害として左手の指先がピクピクと動くのだ。


 老エルフ〈爺〉の指す「それ」とは「これ」の事だろうと小次郎は思い至り、恥ずかしさからほんの少し顔を赤らめた。


 ゲーム魔法の発動としては仕方の無い事かも知れないが、案外ムサシの偽魔法少女も小次郎の魔法修練の手助けになっているらしい。


「はっ、爺の小言なんぞより、注目すべきはこの童の魔法よ、老いたその目でしかと見やれ」


 今治療を受けたばかりの老エルフ〈婆〉が片目に垂らした髪の毛を掻き上げた。


「ほほう、見事なもんじゃの、傷の痕跡が見当たらぬわ、女っぷりが上がったのう」


 老エルフ〈婆〉はたっぷりと深い溜息を吐き、自分の目を指差した。


「耄碌が祟って目玉の代わりに路傍の石でも嵌め込んだかや? その節穴で良く見やれ」


 首を傾げつつジロリと観察をする老エルフ〈爺〉がぽんと両手を打ち鳴らす。


「そう言えばおんし、目玉は喰われたんじゃなかったかの?」


「ほうじゃ、魔法で生えてきおったわ」


 ゴニョゴニョと二人で会話をした後に意を決した様に老エルフ〈爺〉がムサシの前に座り込み頭を下げた。


「嬢ちゃんや、儂にも一つお願い出来るかの? 最近耄碌のせいか左手が動かんでな」


 老エルフ〈爺〉の左手には革手袋が嵌められているが、革手袋の表面には傷が一切ついていない、イタズラ小僧の様な笑いを小次郎に向けているのを見て、小次郎は力なく笑った。


「む~はっはっは! この魔法少女ムサシにおまかせなんだよ!」


 調子に乗ったムサシは、ゴロリと寝転んだままの亀吉の背中で仁王立ちをして、珍妙な振付までしながらインチキ呪文を唱えた。


「ピンキー ポング ミラクル ファッショ~ン」


 老エルフ〈爺〉の身体が光に包まれた瞬間、ボトリと音を立てて左手が抜け落ちた。


「のわあああああ! て、てててて、がああ! お兄ちゃんどうしよう! サイコガンとか持ってない?」


「落ち着けよ……」


 老エルフ〈爺〉の左袖からスルリと手が伸びて、光が収まって行く。


「はっはあ、これはたまげたな、欠損部位まで直してしまうとはな」


 右腕と比べると若干細い左腕の動きを確かめる様に、ゆっくりと可動範囲の確認をしている老エルフ〈爺〉を見てムサシも気を取り直す。


「義手だって事は解っていたんだよ! む、むーはっはっは!」


「むか~し昔にな、イタズラ猫に喰われてしまってのぅ、しかし大したもんだ」


 亀吉の耳がまたピクピクと動いた。


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