エルフの姫巫女
苦い顔をしたエルフの戦士達から快く招待を受けた小次郎達は、戦士達の案内によりエルフの里に辿り着いていた。
血泡を噴いて気絶していた戦士は、小次郎の手厚いヒールを施された後に亀吉の巨大な牙にベルトを引っ掛ける様に運搬されているので、半死半生ならば兎も角、完全回復して気絶しているだけの仲間を見捨てるのも偲び無い、その心中を察してか亀吉はまるでスズメを捕らえて主人に見せに来た飼い猫の様に、誇らし気に歩いている。
戦士達が断腸の思いで里の中心地に案内をすると、エルフ達の住居らしい独特なテントであるティピーテントの中から覗く視線や、里中のエルフが眉をひそめて小次郎達を見る目付きで、小次郎も空気の読み違いにうっすらと気付き始めた。
「あー、えーと……ムサシ、起きろ……」
小次郎は居心地の悪さに、僅か十歳の不登校気味である妹のコミュニケーション能力に助けを求めた。
「にゅ……」
亀吉の背中で優雅に昼寝を満喫していたムサシは、むずがる様に身体を捩り起きようとしない。
「ふぅ……」
亀吉が溜息を吐きながら、慣れた尻尾捌きでムサシの鼻先を尻尾でくすぐると、「へぶしっ!」およそ女の子らしくないクシャミと共にむっくりと起き出した。
寝ぼけ眼で亀吉の尻尾をむんずと掴み、クシャミの勢いで垂れてきた鼻水を亀吉の尻尾で拭い、辺りを見回した。
「ここどこ?」
ムサシの視界に入るのは決まって何かやらかした時に浮かべる兄小次郎の苦笑いと、不機嫌な様子で尻尾を地面に擦りつけている亀吉の姿、そして耳の尖ったネイティヴアメリカンぽい出で立ちの、その他大勢の皆さんだった。
「えーと……お兄ちゃん?」
小次郎がジト目で睨むムサシの視線を躱しながら、視線をあさっての方に向けて事情を説明していると、エルフ達の人垣が割れた。
「騒がしいの、人の童が迷い込んだ位で誇り高きエルフがおたついてどうする?」
人垣の向こうから現れた女性は、長い金髪をフワリと靡かせて、コットンで設えてあるアースカラーで統一された独特なデザインのワンピースを纏っている。ワンピースから覗くその細くしなやかな手足は彼女の上品さを一層際立たせていた。
パッチリと見開いた大きな目は挑戦的な釣り目気味であるが、バランスの良い鼻と口の配置が不思議と人懐っこい顔付きにしている。
十人が十人共彼女を形容するなら「可愛くて美人」と称するだろうが、いかんせん彼女の体躯はムサシの同級生程度の容姿であった。
「おい童よ、その残念そうな目付きについて詳しく聞かせてもらって良いかの?」
小次郎の心中を神秘の力で見抜いたその彼女は、早速小次郎に絡み始めた。
ツカツカと大股で歩み寄る彼女の前に立ちはだかるムサシが、兄を守るかの様に両手を広げた。
「いくらうちのお兄ちゃんが絡みやすそうだからって、ムサシの目の前で弄るのは許さないんだよ!」
鼻息荒くやる気満々のムサシに小次郎が力無く呟く。
「ムサシの中での俺の評価が解った気がするよ……」
エルフの戦士達も鼻息を荒くする彼女を宥め始める。
「姫巫女様、相手は知恵の足りぬ童故、何卒穏便に……」
「姫巫女様……」
「姫巫女様!」
「ぬううううう! ま、まあよかろ……道に迷った知恵の足りぬ童相手に、一々腹を立ててもしょうがあるまい」
姫巫女は怒りを収めやれやれと脱力する。
「森の中で警告も無しにいきなり矢を射かけてきた知恵の足り無い民族の親玉に言われたくないんだよ」
ムサシが舌を小さく出しながらソッポを向く。
「グギギギ……」
「しかも返り討ちとか……ぷひょっ……これをおかずに向こう三年はご飯が美味しく食べられますにゃあ」
コメカミに青筋を立てた姫巫女がエルフの戦士達にニッコリと微笑みかける。
「……」
「……」
戦士達は俯きながらプルプルと首を振る。
姫巫女は肩をガックリと落として溜息を吐き、近くに用意された椅子にドカリと座る。
「して、童共、この様な人の通わぬ森の中にどの様な用事があったのじゃ?」
不機嫌且つ尊大な物言いで小次郎達の用件を聞き始めた。
「童って、大して年齢変わん無いじゃん……」
頬をプックリと膨らませたムサシが不満気に呟いた。
「プッ……あははは! そこからか? はははは! 良い良い、この童共には悪意は無さそうじゃ、わしらの事を何も解っておらんようじゃしの」
突然大笑いを始めた姫巫女は戦闘態勢を取る戦士達に武装解除を命じた。
「おい、そこの気弱そうな童よ、妾の歳はいくつに見えるかの?」
突然話を振られた小次郎はドギマギしながら、第一印象から思っていた年齢を答えた。
「え……と、十歳位ですか?」
小次郎達を取り囲む里のエルフも一斉に噴き出し笑い始めた。
「はっはっは! いや、すまんすまん、この里に来てこんなやり取りをするのも数百年振りじゃしの、いいか? 聞いて驚け、妾の歳は当年とって三百九歳じゃ!」
ささやかな胸を大きく張って、ここ数年目撃した事のない様なドヤ顔を浮かべる姫巫女にムサシは苦い顔でボソリと呟いた。
「うわ……定番のロリババアなんだよ……」
「ろりばばあの意味は解らんが、とてつもなく不穏当な響きがあるの」
ムサシの呟きに意味は解らずとも本能的にイラっとした姫巫女がムサシを睨む。
一触即発の雰囲気を察して小次郎がすかさず話を逸らす。
「あ、あの、僕らに敵意はありませんので、この里で野営をさせて欲しいのですが許可を頂けませんか?」
「あー良い良い、良きに計らえ」
姫巫女は手をヒラヒラと振ると、野次馬で集まったエルフ達に向き直り大声で指示を出した。
「この者らは客人扱いとする! 気に食わんからと言って手を出すと命の保証はせんぞ! 我が里を護る精鋭部隊が赤児扱いだったらしいからの!」
カラカラと高笑いをしながら里の奥へと引き返して行く姫巫女の後ろ姿を、ムサシと小次郎は見送るしか無かった。
里の片隅に居場所を借りた小次郎達は、土魔法による夜営ドームを作成して今夜の宿を確保して、森の中で亀吉が仕留めた野生動物の肉や山菜等の簡単な調理を始めた。
暗くなる前に調理を終えて配膳を始める頃には、里の好奇心旺盛な若者達が寄って来て小次郎達の晩餐を見学している。それを見越した小次郎は多めに焼いていた串焼き等を若者達に振るまい、コミュニケーションを取り始めた。
「子供の癖に料理が上手いな、どこで習った?」
「子供は珍しいの、もう五十年は見ていないわ、頭を撫でていい?」
エルフのお姉さんや、お兄さん達 (百歳越え)に囲まれ質問攻めに遭う内に自然と蟠りも消えて打ち解けていた。
小次郎はマウレツェッペでの経験を活かし、エルフ達の生傷や古傷の治療を始めた。エルフ達の使う精霊魔法では自然治癒力を飛躍的に上げる治療が一般的なので、人族の使う属性魔法が珍しく、自然治癒で治しきれなかった怪我や病気を持つ者達が大挙して押し寄せて来た。
最初は怪訝な顔付で見ていた年長者も、「大魔導師」の特性でもある人族には使えない筈の精霊魔法を幾つか披露し、精霊の祝福を受けている事を確認した年長者は掌を返した様にフレンドリーに接してくれた。
エルフの里に取り敢えずは受け入れてもらえ、夜も更けた頃には「子供は夜更かししてはいけない」との理由でエルフ達は自分のテントに戻って行く、明日は年寄りの家を回って治療して欲しいと懇願されたので、明朝早速つまみ出される事は無さそうな事に小次郎はほっと胸を撫で下ろした。
二人きりの野営ドームの中で、最近お気に入りの寝具である迷惑そうな顔をした亀吉の尻尾を握りしめたムサシが小声で囁いた。
「取り敢えずは侵入成功かな?」
隣でやや疲れた顔の小次郎が毛布に包まった状態で頷いた。
「なんとか精霊神殿に入れたらいいんだけどね……」
おしゃべりな風の精霊が、この会話を誰かの耳に入れるのを警戒して、二人は早々に会話を止めて眠りについた。